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第6章 収束する終焉
第176話 読めない手紙
しおりを挟む【ガーネット 現在】
魔術壁を拳で打ち付けすぎた私は、当然手に痛みを感じていた。
その痛みを、もうノエルは感じることはない。
それは安堵する事柄のはずであるはずなのに、言葉では言い表せられない激しい喪失感を感じた。
「何故だ、白魔女! 何故私とノエルの契約を破棄させた!?」
半ば崩落している城の中へノエルは消えていってしまった。
まるでその華奢な背中は、私が最期に見るノエルの姿のように焼き付いている。
まとめた赤い髪が揺れている姿も、白い肌が眩しく映る姿も、悲し気にしていた赤い眼も、何もかもを秘めて死んでいく姿のように感じた。
――冗談ではない……!
私は半狂乱で白魔女に対して怒声を発した。
「何故だ、何故ノエルを行かせた!? 私は最後まであいつと生死を共にすると決めていた。なのに、なのに……!!」
「ノエルは……ゲルダと刺し違える覚悟で来ました」
刺し違える覚悟などと言う言葉を聞いて、私は腸が煮えくり返るような思いだった。
「それは私も一緒だ!! 元に戻せ! 今からでもノエルを追いかける!!」
白魔女は私の怒声に、相も変わらず暗い顔で話し始めた。
「ノエルもあなたと最後を迎えることは勿論覚悟していました」
「ならばなぜだ!?」
「しかし、あなたが……ノエルに想いを伝え、あなたが出会った頃と随分変わったことを私に話してくれました。ノエルは、あなたまで殺してしまうのが惜しくなったのです」
その言葉を聞いて、私は言葉に詰まった。
――私が“好きだ”などと言ったから、契約を破棄することを決めたというのか……
「異界に初めて行く前に、ノエルはすでに契約を解く魔術式を作れないかと私に相談を持ち掛けてきました。不可能ではないと答えると、ノエルは魔術を作ってほしいと言っていました。随分前からノエルは契約を解く方法を探していたんです」
私は、共に異界に行ったときのノエルの言葉を思い出す。
必ず契約を解く方法を見つけると言っていた。後に「契約はこのままでいい」と話をしたが、それでも切り札として白魔女に契約破棄の魔術を作らせていたということだ。
本当に、わけが解らない。
私の気持ちなど、まったくノエルは考えていない。
「ノエルはあなたを……いえ、あなただけではありません。魔族たちを大切に思う気持ちが増したノエルは、戦いには巻き込みたくないと考えていたのです。生きていてほしいと願っていました」
――生きていればいいなどという問題では……
そこまで考えて、私は思い出す。
以前、まだノエルに出逢ったばかりの頃、ノエルに生きる意味を問われたことがあった。
「生きる意味などない」と私は言った。ノエルがあの時言っていた言葉の意味が、今更解った。
これが“生きたいと思う意味”だということを。
どこまでもノエルは私の感情を激しく揺さぶってくる。言葉では表現できない激しい感情が私の中で爆発寸前になっていた。
「お前はあいつを死なせてもいいのか!? 私を元に戻せ!!」
「それは無理です。あなたから摘出したノエルの血液は完全に蒸発させましたから。私が戻すことは出来ません」
「ならばここであの腐った魔女が魔術を変化させるまで待っていろと言うのか!!?」
「………………」
私がそう訴えると、白魔女は泣きそうな顔をして、目を背けた。
「この魔術壁はノエルが作り出したものです」
次から次へと白魔女が訳の分からないことを言うので、私は更に混乱した。
何故? いつの間にこんなものを作った? そんな隙はあったのか?
考えることは沢山あるが、飛び出しそうな心臓の鼓動を感じながら私は白魔女に問う。
「何を言っている……あの腐った魔女が作ったものだと言っていただろう!?」
「先ほどのアナベルとの会話は、あなたたち魔族を一時的に欺くための演技でした……」
「演技だと……?」
「致し方ない理由でもなければ、あなたたちは諦めなかったでしょう。ガーネットがすり抜けてしまったのはノエルとアナベルには意外なようでしたが……契約を破棄するのはノエルは決めていました」
「くっ……あの馬鹿者……!!」
ガンッ……!
やはり拳で殴っても防御壁はびくともしない。
「…………ノエルはギリギリまで迷っていたようでした。この戦いが終わるまでは維持していようとも考えていたようです。しかし意識の混濁が激しくなり、身体の著しい変化に対してこれ以上は危険と判断したのでしょう」
「……御託はいい。お前ならこの魔術壁に小さな穴をあけることができるだろう」
「できません。一応、ゲルダを外に出さないようにと張ったものですから」
「壊してでも入る。こんな争いをしていること自体が無意味だ」
「…………ノエルから伝言を預かっています」
白魔女が一枚の紙を私に見えるように地面に置いた。何か書いてある。
しかしこちらの文字は私には読めなかった。
文章というほど長くはない。たった一行、何かが書いてあるだけなのに私は解らなかった。
「……読めない。お前が読め」
「この戦いに勝ったら、ノエルの口から直接聞けるでしょう」
「こざかしい魔女風情が……!!」
――こんなところで待っていられるか……あいつが……ノエルが中にいるというのに……
私が白魔女に怒号を飛ばしている最中に、中からなにかの悲鳴や雷鳴の音、爆発音、何か崩れるような音が何度もけたたましく響いた。
それを白魔女は振り返って冷や汗を出し、声や指を震わせながら話を続ける。
「私はノエルと合流して共に戦います。大人しくしていてください……それが彼女の願いです」
白魔女は私に背を向けて城の中へと消えていった。
「…………してやられたな。ガーネット」
「うるさい! おいリゾン!! 魔術でこれに穴をあけろ!」
「……無理だと思うが?」
「何を諦めている!? ふざけるな!!」
「ここで全力で魔術を終結させてこれに穴をあけてどうする? その後戦えないだろう。どの程度の可能性か解らないが、ノエルが負けた後に弱った女王を仕留められるようにここで待っているのが賢明な判断だ」
「あいつを見殺しにするつもりか!?」
私はリゾンの襟首を掴み上げた。
掴みあげた手が震えてしまい、私の手の震えをリゾンは感じ取ったようで、呆れた表情でため息をつく。
「…………落ち着け。よほど傷ついたようだが、あの魔女は冷静な判断をした」
「あいつは正気じゃない……!」
これほどまでに納得できないことがあるだろうか。
契約の破棄については話し合いをした。ノエル本人も納得していた。にも拘わらずこんな選択をされたことに対して、悔しさと悲しさと怒りが入り混じる。
「ちっ……!」
私は何度も何度もその防御壁を拳で殴った。
殴ったところで、壊れないと解っていたのに。
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