罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第175話 好きになってくれたから

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 遠くからでも観察できるように魔術で城の様子を映し出して魔族に見せた。
 僕も城の姿を間近で見ると、反射的に眉間にしわが寄る。

「これは…………肉だ……残っている壁に肉がまとわりついてる。脈打ってるのが解る」

 その肉は城の外側へ向かってジワジワと増えているようだった。目や口、手や足などがいくつもその肉から出てうごめいている。
 異界の過酷な環境でも、これまで醜悪な場所はないだろう。魔族たちもこれには表情を激しく歪める。

「ひでぇ……」

 クロエは嫌なことを思い出したのか、物凄く嫌そうな顔をした。
 肉の腕がうねうねと不気味に手招きするように動いている。

「なんだあれは……よもやどこが本体なのか解らないではないか」
「どんどん膨張してるみたいです……触れない方がいいでしょう」
「げぇっ……気持ち悪い。流石のあたしもドン引きだわ」

 アナベルは喜ぶかと思ったが、彼女にとってもこれは気持ち悪いようだ。これは誰が見ても気持ちが悪いだろう。

「……行こう」

 街の中もどこからか襲われないか警戒しながらも僕らは進んでいくと、そこかしこで強い死臭がした。あるのは死体ばかりだ。

「アナベル、ここの死体を全部操ったらすごいことになるんじゃない?」
「腐敗が進みすぎてるわね。動かす筋肉が残ってなさそう。保存状態が悪すぎるわ」

 確かに骨だけになっているものすらある。これでは流石に動かせないのだろう。
 生き残っている魔女や人間が少しはいるのかとは思っていたが、どこまで進んでも誰もいない。瓦礫の中に埋もれているものも含めたら相当な数になるだろう。
 慎重に城の前まで進んだが、特に何か仕掛けてくる訳でもなく、難なく城の前に到達した。
 何本かあった橋は一本を除き全て崩れ落ち、その残りの橋の一つも肉がまとわりついてドクンドクンと脈打っている。

 ――血が通ってるのか……

 迂闊にその肉塊に向かって攻撃もできない。
 攻撃した瞬間に肉が一斉に向かってくるかもしれない。
 そう考えていたが、橋の間近にきて解ったが魔術壁が張ってあり、その中から出られないようになっているようだ。魔術壁の内側になんとか肉が収まっている。

「これは……」
「あたしが作った術式よ。万が一のことを考えて、有事のときは内側から出られなくなるようにする自動発動型の魔術式が発動したみたい」
「……随分用意周到だね。アナベル」

 僕の怪訝な表情に気づいたアナベルは相変わらず軽く返事をする。

「当然でしょ? まぁ、これはゲルダ様の部屋にある処置をする為の魔道炉が破損したときに発動するの。襲撃に備えた魔術だったんだけど……」
「襲撃って、何からの?」
「あんたの」

 全く遠慮なく僕の方を横目で見ながらアナベルはそう言った。

「なるほどね……」

 ゲルダのものらしき肉が魔術壁に隔たれてかろうじて出てこられない様子だったが、いずれ魔術壁は壊れてしまいそうだ。

「魔術壁もそう長くは持たなそうね」
「これ、外からは入れるの?」
「入れるわよ。でも……魔女だけしか入れないのよね」
「なにっ!?」

 それを聞いたガーネットが、驚いたように声を上げる。リゾンもそれと同時にアナベルに抗議する。

「おい、それでは我々が入れないではないか」
「そんな怖い顔で見ないでよ。この魔術のこと忘れてたのよ。随分前に作った魔術式だし」
「なんで魔族は入れない仕様になっているの?」
「魔族の襲撃にも備えてるのよね。翼人と戦争してた頃に作ったものだから。だから有事のときに逃げ込めるようにもなってる。だから魔女は入れるけど魔族は入れない仕様にしたの。まぁ、とどのつまり、これを解除するにはあたしがその魔術式を変更する必要があるってこと。虎穴に入らずんば虎子を得ずって感じね」
「破壊したらいいだろう」
「おバカさんね。もうこの得体のしれない肉塊が勢いよく外に飛び出してごらんなさいよ。この世の崩壊が早まるわ」

 迂闊に壊したら得体のしれない肉が出てきてしまう。アナベルの言う通り壊すのは得策ではない。
 リゾンが魔術壁に触れるが、空気の壁に触れているように全く入れる気配がなかった。

「ちっ……これでは来た意味がないではないか」

 彼は悔しさを滲ませる。
 他の魔族も試してみるが、やはり入れない。魔族たちは狼狽を隠せない様子だった。

「リゾン、魔族たちはここで待っていてくれない? 僕とクロエ、アナベルで入る。ガーネットとシャーロットもここで待っていてほしい。アナベルが魔術式を変更して、入れるようになったら入ってきてほしい」
「納得できない。先に腐った魔女を行かせればいいだろう。お前ひとりを行かせるわけにはいかない」
「駄目だ。アナベルしか魔術式を変えられないなら、彼女を僕が守らなければならない」
「だが……」
「ガーネット……入れないんじゃ仕方ないよ」
「………………」

 ガーネットが意を決したようにその魔術壁へ手をかざす。
 当然のように魔術壁は彼を拒んだ――――かと思われた。

 彼はアナベルの言ったようにはならなかった。
 ガーネットの手は魔術壁を一度すり抜ける。彼自身も意外だったのか、すぐに手を引いた。
 僕とアナベルは驚いて目を見開いてガーネットの方を見た。

「え……」
「お前と契約している私は入れるようだな」

 僕と契約しているからだろうか。
 あるいは、同化が進んでいる僕らは魔族と魔女の境界が曖昧になっているのかもしれない。
 ガーネットの首の部分を確認しようとしたが、服と髪で隠れていて見えなかった。

「私はお前と共に行く。先に血を飲ませておけ。いつ傷を負うか解らない」
「そう、解ったよ……じゃあ他の魔族に詳細を説明してくれる?」
「あぁ」

 ガーネットがリゾンと共に他の魔族にそれを説明しているときに、僕はシャーロットに目配せした。
 シャーロットは暗い表情をしている。

「よいのですか……?」
「うん……やって」

 シャーロットは魔術式を構築して、ガーネットにかけた。
 身体の周りに複雑な式が浮かび、彼をぐるりと包み込む。

「なんだ!?」

 するとガーネットの口や目、皮膚から血が溢れて出てきた。
 それはあまりに痛々しい光景だったが、僕は目を逸らさずにその光景を見つめる。

「何……!?」
「ガーネット、動かないで」

 ガーネットは僕の命令通り動けず、ガーネットはひとしきり血を吐き、皮膚から出た血も口から出た血も空気に蒸発し、分解してなくなった。
 彼は息を切らしながら膝をつく。

「裏切る気か!? ノエル!!!」
「何やってんだお前!?」

 リゾンが僕に爪を向けた。他の魔族も僕に対して敵意を露わにする。
 クロエも驚いて僕の肩を乱暴に掴む。アナベルだけはシャーロットが展開した術式を見て「ふーん……」と声を漏らす。

「違うよ。ガーネットをよく見て」

 ガーネットは普通に立ち上がった。自分の手を確認したり、顔から出た血を確認するがもう残ってはいない。
 別段身体に変調がないようで、不思議そうにこちらを見ていた。
 ガーネットが何をされたか気づく前に、僕は魔術壁の中に入った。シャーロットとクロエ、アナベルも引っ張って肉を避けながら魔術壁の中へと引っ張りいれる。
 それを見てガーネットは恐る恐る、自分の首に手を当てて確認した。

「!」

 彼は勢いよく中に入ろうとしたときに、魔術壁で阻まれた。

「ノエル! どういうことだ!!?」

 ガーネットは魔術壁を力いっぱい叩いているようだった。
 しかし僕はその手の痛みを感じることはない。

 僕は彼に契約を強引に破棄させたのだから。

「契約はもう終わりだよ。ガーネット」

 できるだけ、軽く僕はそう言った。
 ガーネットはそれを聞いて何かの聞き間違いなのではないかという表情を一瞬した。
 その哀憐をまとう表情は一瞬にして僕の脳に焼き付く。
 自分がどれだけ彼を傷つけたのか、否応にも実感する。

「何故だ……!? 共に女王と戦い、お前といかなる命運を共にすると決めていたのに……!」

 必死にそう言うガーネットの姿を見て、僕はどう答えていいか解らず苦笑いをするしかなかった。

「…………僕のこと、好きになってくれたから」
「何を言っているんだ!? ふざけているのか!?」

 何度も何度も魔術壁を叩く。強く叩きすぎて彼の白い肌は赤くなってしまっていた。どれだけ強い力で叩いているのか、その姿を見れば痛いほど解った。

「僕と一緒に死んでほしくないんだ」
「死んだりしない! ふざけるな!! それでは……お前が死ぬようではないか!? そんな物言いはやめろ!!!」
「死ぬっていうのは、生命の死だけじゃない。自我を失うことも死と同じだよ」
「私もお前も自我を失ったりしない!! 何故だ……!? あと少しだと言うのに……!!!」

 泣きそうな声でガーネットは必死に僕に訴えてくる。
 シャーロットはいたたまれないようで顔を逸らし、クロエもアナベルもその姿を黙って見ていた。

「好きになってくれてありがとう。僕もね……ガーネットのこと大好きだよ」

 シャーロットに目配せし、僕はクロエとアナベルと共に中に入るように言った。
 僕が背を向けた後ろで、ガーネットが大声で魔術壁を叩きながら僕の名前を呼んでいるのが聞こえる。

「おい……いいのか?」

 珍しくクロエがガーネットの肩を持つようなことを言った。

「……いいの」
「ほんとあんた、めんどくさい性格してる」

 アナベルは呆れるように肩をすくめた。

 ――……それでも、自我を保って生きていてこそだ……

 やはり、僕はこれ以上契約によって同化が進行したら自我を保っていられる自信がない。
 目の前に広がっている肉を踏むと、ぐにゃりという感触が靴の上からでも伝わってきた。
 踏んだ脚に腕の形をした肉が波のように集まって、必死に僕を掴もうと襲ってくる。
 その肉を風の刃で切断すると真っ赤な血液が溢れ出た。肉片になったソレはバラバラとその辺に散らばり橋の下へ落ちていった。
 それと同時に城の中から叫び声のようなものがわずかに聞こえてくる。
 切り裂いた後、魔術壁の淵にまで広がっていた肉は城の中に吸い込まれるようにすごい速さで退いていった。

「いくよ」

 僕はゲルダと刺し違える覚悟はできていた。


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