罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第174話 死臭

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「湿気た面をするな。それで計画だが、やはり満場一致で魔族もお前に加勢することにした。魔女の女王に力は及ばずともお前の援護くらいはできる。他の魔女が行く手を阻んだ時にお前の体力を温存しながら進行できるだろう?」
「でも……魔術は数で押せば勝てるって相手でもないよ」
「魔術をある程度使える者や、少しの魔術では生命を脅かせない者を連れていく。それに、お前が途中で戦えなくなったら誰が助けに入るのだ。お前と同等か、あるいはそれ以上の力を持つ魔女など私たちだけでは手に負えない。お前に倒れられては困るのだ」

 なんとかして断ろうと色々を思考を巡らせて言葉を考えたが、そう考えている内にもリゾンは様々な提案を次々としてくる。
 これでは僕の言い分を聞き入れてくれないと、僕は早々に諦めた。

「お前の眷属の吸血鬼に行っておけ。魔族が役立たずかどうかよく見ておけと」
「わかったよ……ありがとう。それで、いつ頃こっちに来られそうなの?」
「すぐだ」

 リゾンが書類をその辺に放り出し、魔王城の中を移動する。リゾンが扉をあけると、僕と各種族長たちが会議をした部屋に、同じように各種族長たちがいた。
 扉が開いたと同時に「いつまで待たせるつもりだ、リゾン」という趣旨の種族長の文句が入る。

「(むこう……世界……行く……)」

 そう言うと各種族長が「やっとか」と次々と立ち上がった。どうやら準備は万端という様子だった。それぞれが分厚いローブのようなものを纏って肌を出さないようにしているようだ。

「ずっと待たせていたの?」
「そうだ」

 ずっと待機させていたなんて、滅茶苦茶だと感じた。
 頭はいいが、他者の苦労を慮《おもんばか》るのは苦手ならしい。しかし、魔族の変革のときだ。そのくらいの緊張感があってしかるべきだとも考える。
 いつも緊張感がないとガーネットに罵倒されている僕ですら、かなり緊張しているのだから。
 各種族長を連れて、先頭を歩くリゾンは魔王様のいる大広間に足を踏み入れた。魔王様と映像の僕は一瞬目が合い、会釈する。

「リゾン、行くのか?」

 魔王様は心なしか不安げな声をリゾンへかける。

「あぁ」
「必ず勝ってきなさい」
「無論だ」

 そう言って正面扉を開けるリゾンは、以前よりも姿勢が伸びていて胸を張っているように見える。
 扉が開くと、大勢の魔族が魔王城の前の広間に集まっていた。数は僕が演説したときよりも少ないが、百以上はいる。
 扉が大きく開くと、一斉に彼らはリゾンの方を向いた。

「(向こうの世界……行く……立て!)」

 リゾンの掛け声と同時に、座っていたものも全員立ち上がった。龍族や吸血鬼族も何人もいる。中にはエルベラやヴェルナンド、レインの父の姿もあった。

「空間移動の負荷に耐えられる屈強な種族と精鋭のみ召集している。あと紫外線とやらの対策も十分だ。移動手段も馬車というものを模倣した。これによって俊敏な移動が可能だ」

 魔王城の階段の下にスレイプニルという馬のようなものを待機させていると言う。流石の用意周到ぶりだ。それならこちらでの移動手段も万全だ。

「そう。幸いにこっちは天気が悪いから、そう紫外線は強くないよ」
「なら好都合だ。もう間もなくしてそちらへ移動する。少しばかり待っていろ。ノエル」
「あ……名前……」
「私に名前で呼ばれたからと言って、自惚れるな」

 そう言っているリゾンに笑いかけると、なんだか彼は照れているようだった。
 微笑ましい気分で僕は通信を切る。

 ――名前、やっと呼んでくれた……

 そう考えた矢先、ご主人様のことをすぐさま思い出す。
 僕は彼の名前を知らない。
 それに、彼は誰の名前も呼ばない。
 誰も彼の名前を知らない。

 ――ずっと聞けなかったけど……異界に行く前にせめて、名前だけでも知りたい……それくらい、いいよね……

 最後のお別れだけはしよう。こんな気持ちのまま、異界に行けない。

 ――大丈夫、ほんの少し会うだけ……最後の別れを言わないと……

 戦いの後ご主人様に会うと決めた瞬間、僕の喉元につかえていたものが取れた気がした。
 すると途端に気持ちが軽くなる。

 名前を聞くまでは死ぬわけにはいかない。

 そう決意を新たにしていると下から僕を呼ぶ声が聞こえた。
 どうやらガーネットとクロエが帰ってきたようだ。先ほどリゾンと話していたことも説明しなければならない。

「はーい」

 さきほどまで不安に包まれていた僕は、明るい気持ちになってきた。
 大丈夫だ。僕には心強い仲間がいる。意識も今ははっきりしてる。もう少し、ゲルダを倒すまでは大丈夫なはずだ。

 ――もう1人じゃない

 僕は暗い自分の部屋を出た。



 ◆◆◆



【ノエル主 現在】

 馬に乗って魔女の女王がいる街へ俺は移動していた。
 道はあっているようだ。そこかしこに途中で息絶えた人間や魔女の屍が転がっている。
 医者が言っていたよりも早くその場所へ到着しそうだ。天気が悪いのが気にはなっているが、いまのところまだ雨が降り出す気配はない。
 途中で水飲み場を見つけた俺は、馬を少し休ませるために休憩をしていた。
 俺もずっと馬に乗っていると流石に疲れる。普段は運動など全くしないため、不慣れなことをすると尚更疲れてしまう。

「!」

 水飲み場で急に水浴びをしていた龍が、首をもたげてある方向を見つめる。

「どうした?」
「魔族の気配がする……それも大勢。移動しているみたい」
「なんだと?」
「ノエルの気配もする! まだ遠いけど……あっちの方」

 俺が馬で向かっていた方向よりも若干西側を指す。
 辺りに目印になるような物もないため、林や森、砂漠の砂の山などの僅かな情報を頼りに進んでいたせいか、少し方向がずれていたらしい。

「やっぱり女王と戦うんだ……ノエル……」
「女王の街まであとどのくらいだ?」
「この馬だと……日が落ちる前くらいじゃないかな」

 馬に無理を強いることになるが、俺は休ませている馬に再び跨り、龍も肩に乗せた。

「行くぞ。方向を案内しろ」

 俺は再び馬を走らせ始めた。妙な緊張感が走る。
 馬を調達してからすぐに出発したが、もしかしたら間に合わないかもしれないという焦りが俺の中で膨らんでいった。

 ――魔族と魔女の対戦なんて、歴史上の話かと思ってたぜ……

 馬は必死に足場の悪い砂を蹴り上げ、前へ進んでいった。



 ◆◆◆



【ノエル 現在】

 僕、ガーネット、シャーロット、アナベル、クロエを先頭に、後ろを魔族が続く形で僕らは移動していた。
 僕とガーネットがキナに乗って移動し、他はリゾンが連れてきた馬車で移動している。
 異界に生息する馬の代わりの生き物は、馬には似ているが通常の馬よりも屈強な対骨格をしていた。
 一番の違う点は足の数だ。
 普通の馬が四足だとしたら、スレイプニルという種族は足が八足だ。改造されたわけではないだろうが、キナのような移動に特化したような体格をしている。
 移動速度も思っていたよりも速く、女王の街に予想していたよりも早くつきそうだ。

 ――妙に緊張する……

 こちらに初めてきたリゾンや魔族たちは、こちらの風景を物珍しそうに見ていた。
 若干息苦しそうにしていたが、リゾンが選んだ精鋭たちはそれほど苦にしている様子はない。
 反射している紫外線も今日はそれほど多くなく、対策もしっかりしている彼らの肌は腫れている様子もなかった。
 リゾンもしっかりと肌を隠すような服を着て、顔には見慣れない仮面を被っている。もはや髪の毛の色でしか判別ができない。
 キナは見慣れない魔族に怯えながらも僕らを乗せて懸命に走ってくれていた。

「見えてきたな……」

 ガーネットはそうつぶやいた。
 キナに気を取られていた僕が前方を見ると確かに女王のいる街が見えてきた。視界に街が入ると、僕は更に緊張が走る。

「………………なんだか、酷い匂いがする……」
「あぁ……死臭だ……」

 間もなくして街につくと酷い有り様だった。
 ゲルダがあのときに滅茶苦茶に壊したからだろうが、もう建物という建物が形を残していなかった。
 ただ唯一存在しているのは本拠地の魔女の城だけだ。

 それもかなり様子がおかしい。
 遠巻きに見て、城の原型はギリギリ保たれている程度だ。それよりもおかしいのは、僕が初めて入ったときは青を基調としている美しい城であったはずなのに、今やその姿はなくおどろおどろしいどす黒い赤色をしていた。


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