罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第173話 僕が隣にいない人生

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【ノエル 現在】

 不思議な感覚がする。
 もうこれで、僕の苦しみの何もかもが終わるかもしれない。
 それは、負けて僕が死んだ場合だ。
 勝ったとしても、実際にどうなるのかは解らない。僕の苦しみは死ぬ意外の方法で終わらせる方法は存在しない。

 ――いや、違う

 僕以外の生き物すべて、苦しみもがきながら、それでも幸せになることを願って前に進み続けている。
 僕は死ぬのなら、諦めて悲しみの淵で絶望しながら死ぬのではなく、沢山の大切な者たちに囲まれて笑って逝きたい。

 死ぬための生ではない。
 生きる為の死だ。

 僕はなんだか眠れずに自分の部屋の天井を見上げて、息をゆっくり吐き出した。

 ――息……してる……

 僕は生きていた。
 魔女に拘束されて死んだように、死ぬことを許されずに生きていたころとは違う。
 僕は自分の選択で生きている。
 目を閉じると今まであった色々なことが思い浮かぶ。
 一番に思い出すのはご主人様のことだ。身体のことをずっと気にかけていたけれど、僕が傍に居なければずっと生き続けられると知って、物凄く悲しい反面、自暴自棄になっていた彼の人生がこれから始まるのだと思った。

 ――僕が隣にいない人生……

 思い起こすと、ご主人様は僕を探してくれていた。
 彼の意思などくみ取る隙は少しもなかった。ガーネットの気持ちを汲み取れなかったのと同じように。
 僕は、僕が傍にいない方が幸せだと決めつけているのではないか。

 ――でも、命をなげうってまで……僕がいた方が幸せだなんて……

 生きていてこそだ。
 生きているからこそ、苦しみも感じるけれど、それ以上に幸せを感じることができる。
 セージが僕を殺さなかったことで幸せだったと言ってくれたことも
 アビゲイルが元の身体に戻って、姉のシャーロットと笑いながら食事をしていることも
 レインが元気になって、楽しそうに未来を語ることも
 リゾンを何度も死に損なって、死んだような目から生き生きした目になってくれたことも
 ガーネットが生きて、“好き”という感情を解ってくれたことも
 全て生きていてくれたからこそだ。

 ――だからやっぱり、生きていてくれた方がいい……

 本人がどれだけ死に急ぐ結論を求めていたとしても、生き続けていればこそいいことがある。

「………………そう、信じなきゃ……」

 ご主人様のいないこの先の未来に、本当に僕の幸せはあるのだろうか。
 堂々巡りのその考えに、僕は結局眠れなかった。その間僕は手の鎖や枷をずっと触ってその硬さを確かめていた。



 ◆◆◆



 僕の杞憂も知らずにいつものように日が昇る。
 しかし朝日の眩しい日差しを受けることなかった。分厚い雲の曇天だ。
 眠れなかったが、それ以外にもなんだか意識がはっきりしない。どこか夢の中にいるような感じだ。

 ――なんだか……ぼーっとする……

 頭を押さえる為に、自分の腕をあげて手を顔の前に持ってきたときにその違和感に気づく。
 慌てて飛び起きて自分の爪を確認すると、僕は絶句した。
 爪はガーネットの爪の鋭さと変わらない程に鋭くなっており、牙も触ってみると前より圧倒的に鋭くなっていた。

 ――これは……

 ガーネットの首の羽の部分を確認しようとしたが、ガーネットやクロエは食事を獲りに行って留守にしていた。
 首の羽を確認する間でもない。相当に同化が進んでしまっている。意識がはっきりしないのも、自我を失いかけている兆候なのではないかと僕は青ざめる。

 ――ゲルダのところへ行くのを遅くするか……いや、駄目だ。いつアレが街からでてご主人様の命が危ぶまれるか解らない……

 僕がなんとか落ち着きを取り戻すと、意識も徐々にしっかりとしてきた。

 ――うん……大丈夫。大丈夫だ……

 自分に言い聞かせながら、息を吐き出す。
 一階に降りるとキャンゼルは相変わらず眠ったままだった。決戦に連れていくことはできないだろう。そんな彼女の傍らで、アナベルはつまらなそうに飴を舐めている。アビゲイルもキャンゼルの看病をしている。彼女もまだ幼く、連れていくことは出来ない。

「シャーロット、いいかな」

 僕はシャーロットを呼び出して、彼女の部屋で話を始める。
 シャーロットのと僕の部屋の違う点は、窓がついていて外の光が入ってくることと、花が花瓶にいけてあることくらいだろうか。

「僕がゲルダに勝てなかったら、レインをお願いね」
「…………はい」

 長めの沈黙の中には、彼女の言いたいことが全て含まれているようだった。

「そんな顔をしなくても、僕は大丈夫だよ。シャーロットがいなかったらここまで来られなかった。ありがとう」
「そんな……別れの言葉のようなこと、言わないでください」

 泣きそうな顔をしているシャーロットに僕は苦笑いを向ける。

「レインと顔を合せなくてもよいのですか?」
「…………そうしたいけど、そうしたら、僕は戦いに行けなくなっちゃうかもしれないから。泣いてるレインの姿はいたたまれないからね」
「なら、泣かせないようにしてください」
「うん。シャーロット……解ってるね?」
「ええ……解っています」

 もしものとき、有事のときはすべて彼女に託してしまっている。その「解っています」は僕が求める全ての意味を含んでいた。
 その言葉を聞いて安心した僕は、安堵の笑みを浮かべた。

「雨が……降りそうですね……」

 シャーロットが窓の外を見ながらつぶやく。確かに分厚い雲が空を覆っているようだ。

「そうだね……。僕はリゾンと話をするから。行く準備をしておいて」
「はい」

 彼女の背中には哀愁が漂っていた。
 彼女も僕と同じでずっと虐げられていた魔女だ。その決着を今日つけることになるのだろう。
 僕は彼女を見送った後に自分の部屋へ足を運び、異界にある自分の羽を通して魔術で繋げた。部屋一面に僕の羽を中心に四方八方の映像が映し出された。

 僕の部屋と同じ暗い部屋だ。
 蝋燭の炎の心許ない明かりでかろうじてどこなのかが解った。
 僕の羽はリゾンの手首に装飾品としてつけられているようで、リゾンの腕を中心に周りが見える。どうやら魔王城の書斎のような場所で書類を作成している様だった。

「リゾン、今いいかな?」
「貴様か……いきなり魔術を発動させるな。私が入浴中だったらどうするつもりだ? それよりも遅いぞ。何をしていたらそう遅くなるのだ」

 今いいか聞いただけなのにもかかわらず、2つの文句がリゾンから浴びせられる。
「リゾンの入浴の予定なんて知らないよ……」と口に出す寸前だったが、その言葉を飲み込み本題に入る。

「実は予定が変わったんだ。これから女王を討ちに行く」
「はぁ? なんだそれは、いつ決まったんだ?」
「昨日」

 リゾンは頭を指で軽く押さえる。明らかに呆れているような仕草だ。

「馬鹿なのか貴様。変化があったら逐一連絡しろ」
「女王と戦うのは僕なんだから、別にいいでしょう」
「馬鹿者。私が頭の足りないお前の代わりに計画を立てたのだ。勝手に1人で死にに行くな」

「死にに行くわけではない」と内心思ったが、反論する気力がない。それよりも、変化があったら連絡しろなどといって、そちらの変化の様子は全く伝わっていないという点が一番腑に落ちない。
 リゾンなら僕に連絡をする為の魔術もできるはずなのに。

「……その計画、いつ立ったの?」
「昨日だ」

 その真面目な言いぐさに僕は思わず笑ってしまった。
 僕が失笑したのと同時にリゾンもニヤリと笑う。

「もしかして、からかってる?」
「あぁ。やっといい面構えになったな。先ほどまで目が死んでいたぞ」

 自覚はなかったが、どうやら目が死んでいたらしい。鏡がないので自分の顔を見る機会がなかったが、寝不足も相まって相当酷い顔をしていたようだ。
 リゾンが気遣って僕を笑わせてくれたのだと思うと、僕は苦笑いをした。

「ごめんごめん。独りでいると色々考えちゃってさ……」

 いつもそうだ。独りでずっと考え事をしていると、どうしても暗い方向に考えてしまう。


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