罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第178話 意識の断片

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「ノエル! 早くしろ……っ……ぐぁっ……!」

 クロエはもう限界まで来ている。
 アナベルもシャーロットも持続的に魔術を使い続け、かなり疲弊が見えていた。

「これで……!」

 身体に切り傷、火傷、凍傷、様々な傷を受け、痛みも相当の物であったが僕は狙いを外さなかった。
 三度目、ゲルダの翼を破壊した。
 すると絶え間ない魔術の雨が一度止まり、叫び声を上げながらグネグネもがき苦しみながら悶えている。翼の再生速度が明らかに遅くなった。

 ――今だ!

 後ろの扉の肉塊を部屋ごと切り裂いて、脱出する道を作る。叫び声を上げながらゲルダのいくつもある腕は空をかいて苦しんでいた。

「引くぞノエル!」
「クロエとアナベルは行って! 僕はゲルダを仕留める!」
「何言ってんだ!? ここで粘る必要はないだろ!?」

 言い争っている間にも、ゲルダはもがき苦しみながら魔術を使ってくる。
 ゲルダの周りの鉱物を鋭い棘にしてゲルダに無数に突き刺すと、無限に出てくるかのように血が噴き出した。
 それでもまだ彼女は死ぬことはない。

「また回復されたら勝機はない!」

 無数の鉱物の棘に突き刺されているゲルダごと、僕は業火の魔術で焼き尽くした。
 炎の中から叫び声のような声が聞こえてくるが、もう声帯すらも焼き尽くされて声はやんだ。部屋の肉も相当に暴れ狂っていたがやがて動きを止める。
 その肉塊の動きを確認し、僕は魔術を一度止めた。
 過剰に燃やし尽くすと自分の翼も全てやきつくしてしまうという不安があった為だ。
 業火が途絶えると、中心で炭になっているゲルダの姿があった。それでもまだ動いている。翼も焼けてしまっているが、それでもゆっくりと再生をしている。
 魔術を使うよりも身体の再生の方でエネルギーを使っているようで攻撃してこなかった。

「…………翼の再生がある程度進んだら、あんたの血で反応させてみて剥がすわよ」
「近づいて大丈夫か……?」
「近づかないと剥がせないからね」

 僕は再びゲルダに鉱物の棘を無数に突き刺し、更にそれを凍らせた。先ほどまで喉が切れんばかりの大声で叫び散していたゲルダは、もう悲鳴を上げることはなかった。
 ゆっくりと僕とアナベルはゲルダに近づく。
 クロエはシャーロットの近くで息を切らして膝をついた。体力のある彼も緊張も相まって相当にこたえたらしい。
 凍らせたにも関わらず、内側の熱量で氷はどんどん溶け続ける。僕は不安があった為ゲルダに氷結の魔術を使い、凍らせ続けた。
 僕とクロエの傷は徐々にシャーロットの治癒魔術で再生し続けている。
 徐々に僕の身体の痛みは取れて行っている。

「翼の部分、回復力は落ちていると言ってもすごい再生力……あと数分したら元に戻るでしょうね。そうしたらすぐにあんたの血で分離させるわよ」
「うまくいくの?」
「やってみないと解らないでしょ?」

 自分の背中に生えていたであろう翼は、しっかりとゲルダだったものに食い込んでいる。
 息を切らしていたクロエも、徐々に息が整ってきて炭になってぐったりしているゲルダをまっすぐに見据えた。

「ったくよぉ……一時はどうなるかと思ったぜ」
「まだ、翼を剥がすまでは油断できません」
「そうだな……シャーロット、お前も根性見せたじゃねぇか」

 魔術壁の中のシャーロットは、クロエのその言葉で微笑んだ。

「ありがとうございます。クロエ」

 翼の再生もほぼ終わり、ゲルダの本体の再生が始まったころに僕は自分の手の平を傷つける為に風の魔術を展開した。
 そのとき異変が起きる。

「ク…………ロ……エ……」

 黒こげの炭になっているゲルダがゆっくりと動き始めた。ドキリとして僕は一層ゲルダへの氷の魔術を強めた。しかしゲルダは物凄い熱量でみるみるうちに溶けていく。

「クろ……エ…………」

 部屋中の動いていなかった肉塊が急に動き始めた。その肉塊は素早く無数の腕でクロエの腕や脚を掴む。
 クロエは咄嗟のことで反応ができなかった。

「なっ――――――」

 声をあげる間もなく、クロエは肉塊の中に飲み込まれて行った。
 飲み込まれた後にクロエの叫び声が鈍く響いてくる。

「クロエ!」

 クロエを飲み込んだ肉塊の、盛り上がった部分に対して僕は魔術式を構築した。
 クロエを切断しないように魔術で切り開こうとするが、肉塊はクロエを執拗に飲み込み、なかなか剥がすことができない。

「きゃっ……!」

 僕がアナベルから離れると、アナベルにも肉塊がまとわりついた。彼女を飲み込もうとしている。
 アナベルは魔術で何とか逃れようともがいているが、肉塊は着実にアナベルの身体を蝕んだ。
 クロエを引きずり出すことに専念していた僕は、自分に肉塊が迫ってきていることに気づかなかった。
 肉塊に脚を掴まれ、クロエのいる部分から引きはがされる。

 ――しまった……

 そう思った矢先、物凄い力で僕は壁に打ち付けられた。
 背中に感じた事のない痛みを感じ、肩甲骨や背骨が粉砕したかと思った。内臓がぐちゃぐちゃになったような痛みを感じる。

「がぁっ……が……ぁあぁ……」
「ノエル!」

 僕が翼を隠すためにずっと発動していた魔術が解けた。
 背中に激痛が走る中、翼が解放され尚更痛みを感じる。シャーロットにかけていた魔術壁の魔術も解けてしまった。
 僕が痛みにもがき苦しんでいる中、アナベルも肉塊に飲み込まれて行った。それを見ていたけれど、痛みに視界が霞み、どうすることもできない。
 シャーロットは慌てて僕に治癒魔術をかけた。

「ノエル……持ちこたえてください」
「はぁ……はぁ……」

 口から血の混じった唾液が垂れてくるが、それに構ってる余裕すらない。

「ツばサ……つ……バさ……!!!」

 ゲルダは僕の翼に激しく反応し、グネグネと激しく動き回っている。周りの肉塊も再び活発に動き始めた。
 少しずつ息が普通にできるようになるが、その間もゲルダは僕らを放っておかない。
 肉塊が僕の翼目がけて沢山の腕を伸ばしてくるのを、僕は激痛に耐えながらも魔術でそれを薙ぎ払う。

「がはっ……はぁ……ぁあぁああっ……」
「頑張ってください……!」

 シャーロットのおかげで大分楽になった頃、ゲルダの再生は大方済んでいた。

「アァアアアアアアアァアアアッ!!!!」

 ドンッ!!

 とシャーロットも肉塊に投げ飛ばされ、壁に激しく打ち付けられる。

「シャーロット!」

 彼女は頭から血を流し倒れている。
 気絶したのか、それとも即死したのかピクリとも動かない。

 ――マズイ……

 僕はなんとか動けるようにはなっていた。まだ内臓が痛いが、シャーロットに駆け寄って脈を確認した。
 どうやらまだ生きている。
 しかし、頭からの出血が激しい。彼女の頭に僕は自分の服を切断し、簡易的に止血した。
 一度冷静に辺りを見渡す。逃げる為の扉は開いていた。
 逃げるかと考えたが、しかしシャーロットを担いで逃げきれることは出来ないだろう。いくら動きが鈍っているからといっても、この再生能力で追いかけられたら逃げられるわけがない。

 ――ここでなんとしてでも仕留めるしかない……


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