罪状は【零】

毒の徒華

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第6章 収束する終焉

第179話 仲間

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 シャーロットをせめて扉の外へ移動させてからにしなければ巻き添えになってしまう。
 クロエを飲み込んだふくらみがまだ残っている。まだ生きているかもしれない。僕は意識を集中し、魔術式を展開する。
 襲ってこようとする肉塊を重力魔術で端から動きを封じて潰した。その潰した肉塊の上を僕はシャーロットを担いで懸命に歩く。
 一歩踏み出すごとに、激痛が走った。
 内臓が痛い。
 口の中から血の味がする。

 バリバリバリバリッ!!

 と雷の音が聞こえてきた。
 音のした方を見ると、肉塊のふくらみからクロエがずるりと肉の中から出てきたのが見えた。
 彼の身体はそこかしこが咬みちぎられたような痕がある。腹部の傷を押さえながらクロエは僕の方へ歩み寄ってきた。
 ゲルダはクロエの電撃で感電しているらしく、そこで再び動きを止めている。

「生きてたんだね」
「ほとんどくたばりかけてる……退くぞ……もう無理だ……」

 クロエは僕と共にシャーロットを担ぎ、扉の方へ向かうが、肉塊が行く手を阻んでくる。
 あと少しで扉から出られるのに、あと少しが物凄く遠い。

「ちっ……意地でも逃がす気はねぇようだな」

 煙が立ち上っていたゲルダの肉塊は再びクロエの足を弱々しく掴んだ。
 クロエがそれを魔術で焼き切ろうとするが、もうクロエには力は残っておらず、魔術は発動しなかった。

「はぁ……もう終わりだ。ノエル、こっち向け……」

 最後を覚悟したのか、クロエは僕の顔を手で触れた。
 そして僕に顔を近づけてくる。
 死ぬ間際、クロエは僕に口づけをしようとしているようだった。
 キスをするには互いに最悪の状態だ。
 僕は口の中が血まみれだし、クロエは肉片の粘液でそこら中ベタベタしている。

 ――こんなときに……いや、こんなときだからこそか……

 僕は抵抗する力もなく、目を閉じようとした。

 その瞬間、僕の頭を冷たい手で掴まれ、驚いた僕は閉じかけた目を開ける。
 そのまま僕は勢いよくクロエから引きはがされた。
 倒れ掛かった傷だらけの僕の身体を彼は抱える。突然のことで僕は何も言えないままだった。
 そこには相変わらず険しい表情をした金髪の吸血鬼がいた。

「ガーネット……」
「この馬鹿者が……文句は後でたっぷりきいてもらうからな」

 扉が勢いよく開き、魔族たちが入ってきた。
 僕らの血まみれの姿を見てリゾンも険しい表情をする。僕に声をかけるよりもまずゲルダの姿を正確にとらえ、攻撃の準備に入った。

「(距離……とる……攻撃!!)」

 魔族たちは得体のしれない肉塊に臆することなく魔術を放ち、近くの肉塊は剣で切り裂き、弓矢などの飛び道具でゲルダに対し攻撃をした。
 大きな網をゲルダに放ち、地面に網を固定する。
 網がぴったりゲルダの肉塊へと食い込んでいって動きを奪った。しなやかな金属のような網で、いくつもの銛のような返しの刃がついていた。
 それを何本もある腕で外そうともがくが、もがけばもがくほど肉塊へ網が奥へと食い込んでいき、血がにじんでいる。

「(炎……放て!)」

 龍族が炎の魔術式を発動すると、再びゲルダは業火に焼かれた。激しい熱気が部屋中を焼き尽くすが、水の魔術で魔族たちはその熱を回避した。

「死にぞこないが。まだ戦えるか?」

 ガーネットに支えられていた僕は、そのリゾンの言葉で自力で立ち上がる。

「……当たり前でしょ」
「ふん……精々死ぬなよ」

 リゾンは僕に背を向けて龍族の業火が止んだと同時にゲルダへ魔術を展開し、網を更に追加で放った。
 ゲルダへ絡んでいた網は龍族の業火にも燃え落ちずに尚更食い込んでいった。再生する度に更にその二重の網はゲルダの身体に食い込みきつくなっていく。
 それに伴ってゲルダの身体の動きはどんどん鈍って行った。

「ノエル、腐った魔女はどうした?」
「アナベルは飲み込まれちゃった……シャーロットは気絶してる。クロエも……もう魔術を使えない」
「お前は?」
「僕も打ち付けられて……背中と内臓が損傷してる」

 悠長に話をしている余裕もない。
 ゲルダの動きが止まりかけていたが、再び魔術式を構築し始める。
 それは一度はこの街を出ようとしたときに使用した高エネルギーレーザーの魔術式だ。まともに食らえば塵も残らない。

「(退け!)」

 リゾンの指示の通りに魔族が前衛を退こうとしたが、その前にゲルダの魔術式が発動した。
 部屋の中が眩い光で輪郭線までもすべてが飛ぶ。あまりの光量で何も見えない。
 徐々に見え始めると、魔族の前衛と、城の天井が消し飛んでいた。
 ガーネットも、リゾンも魔術の線上にいた。

「はぁ……はぁ……」

 間一髪だ。

 ゲルダのそのレーザーのエネルギーを上へ反射したから、僕らは消し飛ばずに済んだ。
 しかし肉塊は継続して動き、魔族全体に向かって網の隙間から勢いよくその触手を伸ばした。魔族たちは肉塊のお殴打によって壁に勢いよく打ち付けられ、そこから肉塊は魔族を食べようとする。
 そのゲルダから伸びている肉塊を、僕は全て切断した。
 魔族たちはその肉塊を慌てて振り払っていた。
 ゲルダは大分消耗してきたようで、動きが網に絡まっているのも相まって相当に鈍くなってきていた。
 ゲルダが翼をバタバタと羽ばたかせると、白い羽が何度も生え変わる。
 それほど苦しみ、消耗しているにも関わらず何度も何度も魔術を撃ってきた。しかし威力は弱く、鱗の堅い龍族が間に入りそれを防ぐ。

 ――まだそんなに動けるのか……

 ゲルダの魔術は次々と変化していった。
 針の魔術から氷の魔術と変わり、次いで炎の魔術となった。
 急激に冷やされ、熱せられた龍族の鱗はひびが入る。

「グァアアアァアアア!」

 痛むのか、龍族は咆哮をあげた。
 尚もゲルダは肉塊からいくつもの腕を伸ばし、魔族を取り込もうとしている。

「僕が翼をむしり取る……」
「……では私が抱えよう」

 ガーネットが僕の身体を抱き上げる。内臓が痛くてまともに動けない僕には、そうしてもらう他なかった。
 いつまでも守られている訳にはいかない。

「……ガーネット、ごめんね」
「そんな謝罪では済まないぞ」
「うん……そうだね……」

 僕らは龍族の陰から横に走り抜け、ゲルダの姿を捕える。
 網が絡まっているが、僕の姿を捕えたと同時にその網を力任せに床から引きちぎった。

「なにっ……特殊合金の網だぞ……」
「ギャアァアアアァアアアアッ!!!!」

 最早その得体のしれないものは、元々なんだったのか全く分からない。
 翼の部分以外はもう原型をとどめていない。
 腕のようなものができたり、顔のようなものができては崩れていく。
 網が絡まっていたが、ゲルダは高速に崩壊と再生を繰り返すことによって網を外側に排出した。

「網が……!」

 その網を魔族たちに向けて魔術を使って投げつけ、魔族たちが網に絡めとられてしまった。


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