罪状は【零】

毒の徒華

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最終章 来ない明日を乞い願う

第187話 約束

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 魔王城のひたすらに長い階段を、下から見上げた。
 一歩ずつ歩んでいけば何十分もかかると、ガーネットが運んでくれたあの階段だ。それを見ていたら僕は再び目頭が熱くなる。
 僕の背にはガーネットの冷たくなった遺体が背負われていた。一度ガーネットを背負い直すと、彼の重みが身体全体に伝わってくる。
 想いを振り払うように僕は力強く羽ばたいて上昇した。
 僕の肩に掴まっているレインは、元気がなく何も言わない。久しぶりに異界にきたのに、レインは悲し気な表情で大人しくしている。
 それに対して僕は何を言うこともできなかった。
 飛ぶとすぐに頂上にたどり着き、瞬く間に魔王城の目の前までたどり着いてしまった。

 ――もう半翼なんていらなかった

 飛べないことをずっと悩んでいた時期もあったけれど、飛べる事と引き換えに僕はかけがえのないものを支払った。

 ――ガーネットがいてくれたら、翼なんてなくても良かったのに……

 入口にいた小鬼は、僕とレインの姿を見るなり会釈して扉を開けた。
 感情を抑え、息を整えて、脚を前に運ぶ。
 初めてきたときに酷い目に遭わされたことも、もはや遠い昔に感じる。
 大広間の魔王様がいる部屋の扉を小鬼に開けてもらうと、大きな魔王様の姿が見えた。
 魔王様は僕とレインの訪問に、わざわざ座っていたのを立ち上がり、僕に対して頭を下げた。

「ノエル……」
「……頭を上げてください……。女王を仕留めました。これからもう1つ世界を創り、魔女を縛ります。魔族の助力を得る為に伺いました」
「…………覚悟はできているということか」
「はい…………」

 僕がなんと言わずとも、魔王様は何もかもを解っている様子だった。
 魔王様が小鬼に合図すると、小鬼は部屋から出て行く。

「そうか……残念だ」
「…………ええ……本当に……。それから……ずっと預かっておりましたレインを送りに来ました」
「本当に助かった。いくら感謝をしてもしきれないほどだ」
「いえ……当然のことをしたまでです」
「ガーネットも運んでくれたようだな。我々で彼を埋葬しよう」
「僕が埋葬します。手向ける花も持ってきていますし……」

 僕が戦いで死ぬことは考えていたけれど、ガーネットが死ぬことは考えていなかった。
 どうしてもそれを回避したいと願っていたのに。
 何をどうしたら良かったのか、考えればいくらでも出てくるのに時を戻すことは出来ない。

「またあの蝶を使うか……?」
「…………僕もすぐに後を追いかけますから」
「そうか……」

 小鬼が戻ってくると、大きな黒い龍が同じくして入ってきた。

「(レイン!)」
「(お父さん!)」

 久々の親との再会に、レインは曇らせていた表情を漸く晴らす。
 僕はしゃがみこんでレインを降ろした。レインは不安げな表情で僕を見上げる。

「いいよ、お父さんのところへ行って」
「……ノエルはいつこっちにくるの?」

 命を引き換えにすることなど、レインは知らない。
 なんと答えていいか解らず言葉を濁す。

「そうだね……思っているより時間がかかるかもしれない」
「ぼく、待ってるからね」
「レイン」

 レインの小さな身体に僕は触れた。

「いい? 僕と再会するまで、魔族をよろしくね。リゾンも頑張ってるから、レインもリゾンに負けないように強くなるんだよ?」
「うん。ぼく、すぐ大きくなってノエルをお嫁さんにするからね」
「そうだね。ほら、お父さんが待ってるよ」

 何度も僕の方を振り返りながらも、レインは父の方へと飛んでいった。
 レインと父は魔王城正面から出て行った。
 レインの父は「ありがとう」と言っていた。
 それを見送っている最中、バタンと扉の一つが開き銀色の髪の吸血鬼が血相を変えてとんできた。

「遅いぞ!!」

 再会と同時にリゾンは僕を責める。
 彼は僕の方へ怒っている様子で近づいてきた。

「本当に! お前には色々言いたいことがある! そこに座れ!!」

 何に対して怒っているのか、僕には想像ができた。
 それに付き合っているといつ解放されるか解らない。

「…………リゾン、世界を創るから魔族の魔力を貸してほしい」
「はぁ!? ずっと待たせておいて図々しいと思わないのか!?」
「……ごめん。でも、お手柔らかに頼むよ。ガーネットが死んで……かなりまいってるんだ」

 素直にそう言うと、リゾンは僕の背追っているガーネットに目をやる。
 先ほどまでの怒りがまだ収まらないようだったが、僕に返す言葉を失い、なんとも言えない苛立ちが表情に出ている。

「……リゾン、更に怒らせるようなことを言って申し訳ないけど……僕は、自分の心臓で残っている魔女を全員縛る。だから、これでお別れだよ」
「やはりな。そう言いだすと思っていた」

 もっと怒るだろうと考えていた僕は、罵倒されずに少し安堵する。

「なんだ、知ってたの」
「女王の心臓が消し飛んだからな。お前は自分を犠牲にしてでもそうするかもしれないと、戦いの後にあの髪の白い魔女が言っていた」
「そう……まさにその通りだよ」
「お前が死に急がなければ、心臓は手に入ったかもしれないのだぞ。自業自得だ」
「……それは違うと思う」

 それだけははっきりと言える。
 僕とクロエとアナベルで体力をあれだけ削った後だったから良かったと僕は確信していた。

「でも、リゾンやガーネットがいなかったら勝てなかったのは事実だよ。本当にありがとう」
「当然だ」
「最後に顔が見られて良かった……色々、僕らには問題があったけど、こうやって和解することが――――」
「よせ、鬱陶しい。遺言の挨拶など聞きたくない」
「ははは……そっか」

 辛辣なことを口では言うリゾンだが、どこか哀愁を漂わせた表情をしている。

「僕は……これからガーネットを埋葬しに行くから、悪いけど、魔族を集めておいてくれないかな」
「……本当に、いいのか?」
「いいって、何が?」
「…………自分の命を差し出してまで、世界を変える必要があるのかと聞いている」
「うーん……逆説的に考えて、自分が生きていてまで変えたくない世界じゃないってだけだよ」
「はぁ……お前の考えは逐一理解できない。さっさと行け」

 リゾンはそう言って僕を自分の前から追い払った。

 ――リゾンらしいな

 魔王様に深々と一礼し、ガーネットを背負い直して僕はリゾンと魔王様に背を向けて城を後にした。
 僕が去った後、魔王様はリゾンに対して心配そうに声をかける。

「お前こそ、本当にいいのか?」
「何の話だ」
「ノエルを引き留めなくていいのかと聞いている」
「…………ふん、私を選ばずにガーネットを選んだあんな見る目のない女、引き留めるものか。それに、私が引き留めたところであれは辞めたりしない」
「ほう。よくノエルのことを解っているようだな」
「……もういい。魔族を集める」

 リゾンは魔王様にそう言い残し、正面の大扉から出て行った。



 ◆◆◆



 ガーネットをラブラドライトの隣に埋葬しようと、僕は穴を掘り始めた。柔らかい土を丁寧に手で掘って行く。
 懸命に土を掘り返し、ガーネットが埋葬できる程度の穴を掘り終えた。

「ふぅ……」

 ガーネットの身体をゆっくり担ぎ、掘った穴の中に横たえる。
 後は土をかけるだけだ。
 しかし、気持ちの面でなかなかその作業が進まない。
 脚の方からゆっくりと土をかぶせていくが、度々僕は手が止まった。

 ――弟を埋葬したとき、ガーネットはこんな気持ちだったのかな……

 胸の手前まで土をかぶせた後、僕は一度手を止める。
 鞄の中から僕は手向ける為に持ってきた彼岸花を取り出し、ガーネットの胸の辺りに置いた。

「…………ガーネット、今まで本当にありがとう」

 気が進まないながらも、ガーネットの顔を目に焼き付けて彼を丁寧に全て埋葬する。
 ラブラドライトの胸の辺りに植えた青い彼岸花と、新たに植えたガーネットの赤い彼岸花が美しく揺れているのを見ると、僕は弱く笑った。

「じゃあね。“あの世”で会おう」

 手についた土を水の魔術で洗い、僕はその彼岸花を記憶に焼き付けて再び魔王城へ飛び立った。



 ◆◆◆



 リゾンと、リゾンが集めてくれた魔族たちと共に僕は元の世界へ戻ってきた。
 僕が戻ると、もう夕方になっている。
 シャーロットたちは魔族を連れた僕の姿に、尚更悲しげな表情をしていた。

「やろうか」
「……はい。この一帯に巨大な魔術式を刻印おきました。あとは魔族の力を借り、我々でその魔力を調整するだけです」
「解った。リゾン、僕らに魔力を貸して。今からする」
「あぁ、しくじるなよ」
「うん、大丈夫」

 僕は大きく両手と翼を広げ、世界を創る魔術式へ魔力を送った。
 地面に敷かれている見えない魔術式が徐々に僕らを中心に光り出す。
 そこにクロエとシャーロット、アビゲイルが続いて手をかざした。
 魔族たちも僕らに同調するように僕らへ魔力を送る。
 僕の翼が魔力を収束させる役割を果たし、効率よく魔力を魔術式へと伝わって行く。自分でも計り知れないほどの力が自分の翼を通じて感じた。
 辺り一面が魔術式の光で明るく光る。
 これまでの出来事が色々と頭を駆け巡ってきた。

 ――水や空気の綺麗な場所、こっちの世界と同じような空気環境、沢山の命の息吹が感じられる場所……山や川、湖、海、大陸……星、太陽、宇宙……

 創造するには余りある、途方もない果ての果てまで僕は魔術式に織り込んだ。
 そうして魔術式へすべての魔力がいきわたったとき、より一層眩い光が立ち上る。
 魔族たちが送ってくれる全ての魔力を僕は最大限使用した。

 ――これで何もかもが終わる……

 その気持ちは、やけに安らかな気持ちだった。

 図書館で苦労して異界の言葉を解読していたときのガーネットを思い出す。
「少し、休んだらどうだ?」と聞いてきた彼の姿を思い出す。
 僕のことを「ノエル」と呼ぶ彼の姿を思い出す。

 ――もう、休ませてもらうよ……

 辺り一面が真っ白に輝き、爆発するように世界創造の魔術が発動した。


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