189 / 191
最終章 来ない明日を乞い願う
第188話 抗い
しおりを挟むまるで夢の中にいるかのような感覚だ。
自分の持てる魔力のほぼすべてをつぎ込んでも、片翼だった頃のように痛みやだるさを感じることはなかった。
妙に自分と、自分以外との境目が曖昧に感じる。
世界と一体となるような、人間の言うところの“神”になったかのような感覚だ。
「成功したのか?」
辺りの光がなくなり日が沈んだ頃、闇が辺りを包み始めていた。
星がやけに明るく、銀河の瞬きが地上に儚く降り続いている。
「成功したよ」
空間に大きな歪みができており、そこから“向こうの世界”が見えた。木々が生い茂り、川のせせらぎが静かに向こうから聞こえてくる。
こちらで枯れ果てている大地が、こうなってしまう前の景色と同じだ。まだ大陸が大幅に海に沈む前、大地が枯れ果てて砂漠が多くなる前の景色。
僅かな木々が懸命に残っているこちらとは違う。
取り切れないほどの緑が生い茂っている。
世界の創造に成功した達成感が遅れてやってきた。
疲れが僕から滲む。
しかし、のんびりはしていられない。
この歪みが消える前に僕は魔女の心臓でこの世界の全ての魔女を縛って“向こうの世界”に送らなければならない。
「みんな、本当にありがとう。あとは僕の心臓を使うだけだ」
クロエが僕を止めようとするのを、リゾンが力づくで止めた。そう止められると僕も負い目を感じてしまう。
「笑って……送ってくれないかな、クロエ」
「っ……めちゃくちゃ言うんじゃねぇよ……これ以上無理なことを言うな」
そうは言いながらも、クロエは僕の方を見て泣きながらも無理に笑顔を作って見せる。
僕はひとりひとりの顔をよく見つめた。
もう言葉はいらない。
口を開いても後ろ髪ひかれるような別れの言葉が出てくるだけだ。
これが最期だと思うと、本当に様々なことが頭をめぐる。ほんの些細なことも、僕はいくつも今までの出来事を思い出した。
僕は初めの魔女、イヴリーンと同じことをするのだと思い起こす。
存在するだけで罪と人間咎められたけれど、人間の為に命を賭して自分の命を差し出した。それが結果としてよかったのか、悪かったのかは僕には判断ができない。
その中で、僕はアナベルと話したことを思い出す。
――過去―――――――――――――――――
「魔女というだけで、人間にとっては罪なの」
「罪名を与えられるとき、魔女は讃えられるのよ」
「人間が罪と定めたもの全て捨てて、楽しく生きられる?」
「あんたの罪は“傲慢”と“強欲”かしら」
「罪と咎められたって、生きる権利はあるわ」
――現在―――――――――――――――――
ふと、自分の罪はなんだったのだろうかを考える。
僕は魔女として、魔女から讃えられるほどの大罪を犯していたのだろうか。
――そんなこと、もう、どうでもいいか……
頭の中に響くアナベルの過去の声を僕は振り払った。
「それじゃ、みんな。後は頼んだよ」
僕は最期の魔術式を構築した。
その魔術式は構築し終えると僕の胸の中へと入って行った。
その魔術式に意識も、魔力も、何もかもを持っていかれるような感覚がした。
――イヴリーンもこんな風に見守られて逝ったのかな……
残る最後の意識でそう考えている間に、馬の走る音が聞こえた。
それと同時に僕の名前を呼ぶ声が聞こえて、僕の意識は引き戻されることとなる。
「ノエル!!」
僕が目を開くと、そこにはご主人様がいた。
――どうしてここに……なんでここが……?
その疑問が湧き上がりながらも、それよりも僕は驚きが先行して声が出てこない。
馬から飛び降りるように降りて僕に近づこうとする彼は、すぐさまリゾンとクロエに抑えられて膝をつく。
――なんで……
それは愚問だ。
理由は嫌という程僕にはわかる。
「やめろ! 今からでも遅くない! やめるんだ!!」
「この人間……この期に及んで……!」
「てめぇらもなに静観決め込んでんだよ!? てめぇらはこいつが死んでもなんとも思わねぇかもしれないけどな、俺にとっては大事な女なんだよ!!」
ご主人様がそう叫ぶと、リゾンとクロエが一気に険しさを増して殺意となった。
「殺してくれる……!」
リゾンの鋭い爪が彼の喉を切り裂こうとした。
クロエは魔術でご主人様の身体を焼き切ろうとした。
しかし、僕が咄嗟に拘束魔術をかけてリゾンとクロエの動きを封じると、彼らは指一本動かすことができない程に拘束された。
「やめて、2人とも。お願い……」
僕は2人にそうお願いをした。
動かない身体で、顔だけは悔しさを滲ませている。
「拘束を解くけど……お願い、殺さないで。悪気はないの。ごめん」
拘束魔術を解くと、リゾンとクロエは乱暴にご主人様を乱暴に放した。
「この男を殺す!」
「そうだ! ふざけたことぬかしやがって!!!」
「お願い、2人とも。そんな表情で僕を送り出すつもり? 落ち着いて」
僕がそう言うと、ギリッとリゾンは自分の歯を食いしばる。
クロエもけして穏やかではない剣幕でバチバチと身体から電撃がほとばしっていた。
「これだけは言わせてもらうぞ、人間……いいか? お前が知らないだけで、私たちは死線を潜り抜け戦った。これからの生き方や、生きてきた今までの価値観も変わるほど、ノエルに助けられた。死んでもなんとも思わない者などここにはいない!!」
リゾンにそう怒鳴られると、罰の悪そうな顔をしたご主人様は立ち上がる。
それでもご主人様はリゾンやクロエに食って掛かった。
「だったらなんで……こいつを死なせようとするんだよ!?」
「ノエルの覚悟がてめぇには解らねぇのかよ!」
クロエは怒りが抑えられないようで、ご主人様の胸ぐらを掴み上げた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる