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昨日忘れ物
しおりを挟むもしかしたら、明日はここにいないかもしれない。
何となく漠然とそう思うことがある。前触れもなくただ、そう思うのではある。そう思うと次の日には全く知らない場所にいるのだ。朝起きて、いきなり知らない場所にいたら誰であれ多少は狼狽えるであろう。しかしながら私は知らない場所で目覚め、知らない場所で朝食を取り、知らない場所で労働をするのだ。漏れなくそこで出会う人間はすべて初対面であるが、周囲の人間は、私をはっきりと認識しており、当たり前のように会うと声をかけてくれる。不思議なもので、こういった生活も慣れてしまうと違和感なく過ごせてしまう。普通であれば、出会った人間に会えなくなってしまうことに寂しさや感傷に浸ることがあるかもしれない。しかしながら、私は覚えることが不得手であるのか、そもそも覚える気が無いのか、はたまた人間に興味がないのか。とにかく生きていく上で支障がないのだ。
今朝も、知らない場所で目を覚ました。私は、簡単な朝食を摂った後、労働に出かけた。今日の仕事は小さな部屋の清掃業務であった。労働は、私の生き甲斐でもある。私は、一生懸命働いた。小さな汚れ一つ見逃さなかった。しかし周りの奴らは、どうもいい加減で掃除をしようとしない。全くけしからん奴らだ。仕方ない。私が何倍も働けば良いのだ。そう思い精を出した。そんな私も疲労には勝てない。少し休もうと休憩場所を探した。周りの奴らと一緒にされたくない私は、人目のつかない場所を求めた。労働中に職場を離れるのは私の主義に反するが、どうせ私は明日ここにはいないのだ。たまには、羽を伸ばすことも必要。そう言い聞かして、私は部屋を飛び出した。近くに軽自動車トラックがあるのを見つけ、そこで一休みすることとした。
今朝は、オフィスビルが立ち並ぶ都会で目覚めた。腹が減っていた。それもそのはず。普段であれば、決まって朝食を食べるが、今日は朝食抜きという訳だ。仕方ない。労働しなければ。私は慣れない仕事であったが、街中を歩き回った。気づくと夕方になっていた。腹も減ったが、何よりも足が疲れた。私は思わずその場に座り込み、一休みした。そういえば、今日はやたらと人に声を掛けられる日であった。もちろん私は忙しい身だ。相手にすることは無かった。労働とは脇目も振らず遂行するものだ。
しかし、今日は特に疲れた。ここで少し休ませて貰おう。気づくと私はひと眠りしていた。
今朝は、目が覚めると、私は、真っ白な部屋に寝転んでいた。私は困惑した。手足は何かで固定されているのか、あるいは麻酔がされているのか、動かない。早く労働しなければ、そう思っても体が動かない。これは何か検査なのか。治療なのか。全く見当つかない。私は力の限り叫んだ。
「助けてくれ。早くしないと」
しかし、周りの人間は煩そうに耳を塞ぐ仕草をした。一人の人間がもう一人の人間に指示し、注射器を持ってきた。どうやらまた、麻酔をかけられるようだ。私は喉が潰れるのではないかというほど叫んだが、その声は届かず、意識が遠のいていくのを感じた。
今朝、目が覚めると私は、逆さまに宙づりに縛られた状態になっていた。周囲は血まみれで、あちらこちらで叫び声が聞こえた。逆さつりのせいか。血生臭さ、耳をつんざくような悲鳴のせいか。頭がクラクラした。すると刃物を持った人間が近づいてくるのが分かった。その人間は、次々と仲間の首をはねていった。その表情はまるで感情がなかった。徐々に近づいてくる人間に、私は恐怖した。羽をばたつかせ、嘴が震えるのを感じた。喉をからし、力の限り助けを求めた。しかし、人間に私の言葉は伝わらなかった。目の前の仲間の首がはねられ、その血飛沫が顔面に掛かった。
人間は私の首をはねながら吐き捨てるようにこう言った。
「俺も、鶏みたいに色々忘れられたらなあ」
どうやら私は、大事なことを忘れていたようだ。
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