ちぃちゃんと僕

みやぢ

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ちとせ、21歳<4>

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ちとせの出産予定日が近づいてきて僕を含めてまわりの人たちがそわそわし始めていた。

ちとせ本人は大きくなったお腹に苦労しながら今日も「さんらいず」でお客さんの相手をしている。

「無理しなくっていいのに、ゆっくり休んでなよ」
「うん、でもじっとしてるのも逆に辛いし気晴らしになるからね」

そう言ってちとせは笑っていた。

僕もいつ産まれるか分からないのに仕事を休むわけにもいかないので普段通りの生活を送っていた。

そして予定日を1週間過ぎたある日、仕事中に電話がかかってきて事務所に呼び出された。

お義母さんからだった。

「けんごくん、陣痛がきていよいよ生まれるみたい、今から病院へ連れていくから」
「わかりました、すぐに向かいます」

そう言って電話を切った僕は上司に早退を告げて職場を離れた。

出がけにカワムラさんが、
「けんごくん気をつけてな、慌てて事故でも起こしたら笑えないぜ、無事に生まれるの祈ってるよ」

そう言って送り出してくれた。

バスが来るまでの時間がものすごく長く感じた…

やがてバスがやってきた、一旦家に帰って車に乗り換える。

そして僕は島で一番大きな病院へ向かった。

病院へ着くとはるかさんとたけしさんも農作業を途中で切り上げて来てくれていた。

「遅くなってすみません、まだ生まれてないですか」
「まだね、看護師さんに言って分娩室に入ってあげて」

僕は通りがかった看護師さんに声をかけて分娩室に入れてもらった。

中に入るとちとせが苦しそうな顔をしていた、近寄って手を握ると安心したような表情で言った、
「けんごさん、間に合ってよかった」
「ちとせ、がんばるんだよ…」

僕はちとせの手を握って無事に生まれるのを祈りつづけていた。

どのくらい時間が経ったのか分からないけど突然泣き声が聞こえて僕はハッと顔を上げた。

「生まれました!おめでとうございます!」

看護師さんが声をかけてくれた。

「女の子です!」

僕はホッとしてちとせの顔を見ると疲れ果てた顔をしていた。

看護師さんに促されて一旦分娩室を出た僕はご両親に伝えた。

「無事に生まれました、女の子です」

はるかさんは嬉しさのあまり涙を浮かべていた。

たけしさんは、はるかさんの肩を抱いてうなずきながら「よかった…」と繰り返している。

そして看護師さんに声をかけられて新生児室へ赤ちゃんを見に行った。

「ちとせの生まれた時にそっくりだわ」

開口一番にはるかさんがそう言って笑うとたけしさんも「ほんとだ」と言ってみんなで笑った。

そしてたけしさんが「けんごくんありがとう、孫の顔が見れて俺は最高に嬉しいよ」と言ってくれた。

そしてちとせが病室に移ったことを看護師さんが知らせに来てくれ、僕たちはちとせの病室へ行った。

ベッドの上でちとせは疲れ果てたような、それでいてホッとしたような表情をしていた。

「けんごさん…」
「ちとせ、今は休んで」
「うん…」

僕はちとせを抱きしめてそう言った。

僕は会社に無事に生まれた報告と休暇の申請をするために電話すると、たまたまヤマネさんが電話にでてくれて「おめでとう、今は奥さんのそばにいてあげて」と言ってくれた。

次の日からちとせの同級生たちが赤ちゃんを見に来たのを皮切りに、「はるかぜ光画部」のみんなが続々と来てくれた。

1週間ほどしてちとせは退院してきた。

子供の名前は「みこと」と名付けた、この島には神話の伝承が数多くあり、その登場人物から取った名前だ。

ちとせと初めて行った「アイランドフェスタ」の会場でも神話をテーマにした映像作品の展示があり、そこからヒントを得た。

こうしてみことを加えた三人での生活が始まった。

日中ちとせはみことを連れて「さんらいず」を手伝っている。

みことはお客さんたちにもかわいがられているそうだ。

島の自然に触れ、ちとせ同様に元気でまっすぐな子に育ってほしい、そう願うばかりだ。


ちとせ、21歳 <了>

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