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第11話
しおりを挟む「周辺を探ってみたが、この遺跡の建物から一定の距離を離れると、重い濃密な魔素に包まれて気持ち悪かった。なかなかこれはやっかいだ」
遺跡やその周辺を丁寧に探索し合った二人、冒険者セイと騎士レリアは、焚き火を挟んで向かい合っていた。
ぱちぱちと爆ぜる音を響かせながら焚き火は優しく辺りを照らしている。
貴重な遺跡の中で焚き火とかどうなのだろうと思うが、緊急事態ゆえに許して欲しいと思いながら火に当たるセイ。
遺跡の中といってもあちこち崩れていてディッテニィダンジョンの遺跡とあまり変わらない印象ではあるのだが。
「この遺跡があの魔素を取り込む機構を備えているなら、このセーフエリアは当分大丈夫だろうと思う。おそらくだが、魔物避けの結界の維持にもその魔素が利用されていると思われるから、継続的に結界は維持されていると考えていいと思う。でもまあ、それが解ったところでここから動けないことに変わりはないし、何の問題の解決にもならないのだけどな」
揺らぐ炎を見つめるセイ。
「まあ……それでも安全な場所があるってのはいいものだ」
食料はとりあえずおのおのが持っているものを手にしていた。
セイは干し肉を火で炙って固いパンとともに水で流し込んでいる。泊り込みの依頼ではありがちな食事だった。
初日だけの特別として、おやつ代わりの果物を手にしていたが、食事はおのおのと宣言したものの相方にもどうだと勧めてみるセイ。
痛みが早いので今日中に食べるつもりだったから遠慮せずにどうだと訊ねてみるが……。
「いや……その……」
が、そんな急に勧められてもレリアは素直にその果物を手に取ることが出来なかった。どうしても毒物とかを考えてしまうのだ。
「……警戒するのも無理はないな。すまない……余計なことだったな」
躊躇するレリアにセイは分けていた果物を引っ込める。レリアは一瞬、あっという表情で果物を目で追う。
「薬とか警戒してしかるべきだな……そういう話も聞いたこともあるし、信頼しろとは軽々しく口にするものでもないな」
「……」
セイの言葉に諦めを見せるレリア。
まだ信頼とかない段階で食べ物を分けるとか、変に警戒させてしまったかもしれないなとセイは反省する。
「……すまないな、そのせっかくの勧めを……」
「いや、こちらこそすまない。いらぬ気遣いをさせてしまって申し訳ない」
セイがあやまり頭を下げて食事を再開する。レリアもそれに続くように自分の食事に集中した。
沈黙が二人の間をしばらく支配する。
やがてセイは果物を平らげて、口を開いた。
「そっちはどうだった?」
セイがレリアに報告を促す。つい自分の考えを話してしまってそれで満足したのか、まだ彼女の報告を聞いてないことに食事を終えてから気付いたのだ。
「んっ……な、どうとは?」
考え事をしていたのだろうか、あたふたとするレリア。
二人きりということに何か思うことでもあったのだろうか、焚火の灯りだけでは説明できないくらい顔が赤くなっているようにセイには見えた。
が、彼はそれを指摘することなく言葉を続ける。
「この遺跡の入り口辺りの様子だが、何か帰れそうな手がかりとかありそうだったか、否か。この遺跡はダンジョン化してなさそうだが、内部をもっと詳しく調査すべきかどうか、レリアの判断を聞きたい」
剣を自分に向けてきたときは鋭く険しい顔つきで勇ましいと思っていたが、今の姿はまるで少女のようだ。さっきのマジックバッグで動揺した姿といいこちらが素なのだろう。
立場上、気を張り続けないといけないのだろうかとセイは考える。
一介の騎士というには装備が立派過ぎるので、それなりの立場と責任を負っているのだろう。
「あ、ああ……私の見た限り、今の私達の助けになりそうなものはなかった。詳しい者が見たら解るのかもしれないが、残念ながら私の見識ではそれらしいものは見つけられなかった」
「そうか、だったら明日は周辺の探索を中心に動くか。それでいいか?」
レリアの言葉にあっさりと方針を決めるセイ。自分が遺跡の内部を詳しく調べたところで彼女と違う見解が導き出されるとも思えないと彼は判断したようだった。
「……うむ、特に反対する理由もない」
「なら、交代で休むとしよう。先に休むか?」
「いや、それなんだが……正直なところ、まだこの状況を私はよく飲み込めなくてな、もう少し考える時間が欲しい。故に今日は私が先に見張りをしよう」
「ん……そうか、なら頼んだ」
あっさりと彼女に見張りを任せてセイは冒険者らしく素早く休みの態勢に入る。毛布を纏い目を閉じて、数分もすると寝息が聞こえてきた。
比較的安全が確保されている今だからきっちり休んで明日に備えるという心積もりなのだろう。
レリアはそんな彼をじっと眺めていた。随分と素直に素早く眠りについたものだと感心する。
「男と二人きりか……」
彼の方は極力冷静に努めてくれているようで非常に紳士的である。
それは非常に助かるのだが、あまりに紳士的過ぎるとそれはそれで自分に魅力がないのかなどと余計なことを考えてしまう。
別に襲って欲しいわけではないが、まったく見向きもされないのは女として悲しい。
いざとなったらこのマジックバッグの中にある妹の託してくれた下着を……って違うそうじゃない。レリアはその考えを振り払う。
「今は……ともかく生き延びて、皆の居るところまで戻らないと」
そう言ってレリアは焚き火を見つめる。本当に帰れるのだろうかとか渦巻く不安を抱えながら時間は過ぎていった。
***
「あまり休めていないようだが……大丈夫か?」
交代しながら睡眠を取って夜が明ける。慣れた感じのセイに対して、レリアはやや寝不足のように思える。
セイが心配して声を掛けるとレリアは大丈夫だと返した。
彼女は騎士として訓練を積んでいるし、野営も初めてという訳でもない。この異常状況から来る緊張で眠りが浅かったのは事実ではあるが、問題はないと答える。
「……そうか」
ここで言い争ったところでレリアは休もうとしないと判断したセイは深くは追求しないで今日の行動について話し合うことにした。
遺跡の内部は彼女の見立てではめぼしいものはないとのことだった。
もしかすると、セイが探索すれば新しい事実が判明するかもしれないが、彼はそれを選択しなかった。
彼としては、そうやって悪戯に時間を浪費するよりもこの大深林を何とか移動で抜けられないかということを考える方が確実だと思ったのだ。
というのは表向きの理由で本当は別の思惑が彼にはあった。
セイが見た光景からすると、あの転送はお二人でごゆっくり、いちゃいちゃスケベを堪能してください、的なものに思える。まあ遺跡ということで何処まで正しい機能が残っているのか疑問ではあるのだが、ともかく、その目的からすると、やる事やったら帰りましょうか的な機能もありそうだと考えていた。
セーフエリアとしての機能もまだ正常なようだし、帰りの機能についても正常に動くかもしれない。
けれど、それを推測とはいえ知っていることを含めて、彼女にどう説明すればいいのか。
転生して能力を隠しながら地味に堅実に過ごしていた日々を手放したくない故に、隠す素性。相手も高貴な身分であることは解っている。
もっと面倒なことに巻き込まれるに違いない、と考えるとセイはもう少し遺跡の内部を見てみようとは言い出せなかった。
彼にとっては大深林を探索することの方が面倒でないということなのかと言われると、そっちの方が面倒でかつ危険ではある。だが、それでも彼は遺跡を探索しようと言えなかった。
「今日は二人でこの周辺を探索することにしよう」
セイの提案に、レリアも異存はないと頷く。
このまま座していても事態は解決しないと彼女は動くことに賛成だった。難しいことを考えるよりも身体が先に動くタイプで、武官派には褒められて、文官派には窘められていた。
「二人で手分けして、という訳ではないのだな」
「ああ、昨日よりも遠くへ足を向けようと思って。魔物の気配は今のところないがもしかすると遭遇することだってあるだろうし、その時に頼りにしたいと思っている。けれど、ここは大深林だから、まったく歯が立たないことだってあるだろう。考えなしに突っ込むことは止めて欲しい。何としても生き延びて帰るためにも」
濃密な魔素の気配に、不穏な空気。セーフエリアを出ての簡単な探索でもそれだけ感じたのだ。何が出てくるのか、何が起こるか、まったく解らない。
セイの真剣な言葉にレリアも気を引き締めて頷く。
二人は朝食を終えると、焚き火の始末をして遺跡を後にした。
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