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コクホウの祭り 2
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例えば、通貨単位やちょっとした日用品の使い方など、生活に必要な知識すらゴッソリ抜け落ちているレベルの記憶喪失者が、社会に適応しようとするかのような……。
あるいは、タイムトラベルで未来……にきたというのが実情に近いんだけど、これは、タイムトラベルで江戸時代辺りにポンと放り込まれたようだというのが、実態には近しいだろう。
ともかく、今の俺はこの新しい環境で生きていくために必要な何もかもが欠落してしまっている状態であり、補うための情報収集は急務であるといえる。
そのため、コクホウの人たちが酒を飲み、音楽を鳴らし、踊る様を見ながらの語らいは、そこそこの長時間に及んだのだが……。
「失礼します。
お父様、あまり難しい話をされてばかりいるのは、いかがなものかと。
現に、テツスケ様の盃が乾いてしまっております」
これを中断させたのは、背後から声をかけてきたサクヤであった。
「む、いかん……。
そのようなつもりでは、なかったのだが」
娘の言葉に、ヤスヒサが苦笑いを浮かべる。
主に、俺が質問して彼が答える感じ――ヤスヒサとの会話は、おおむねいつもその形だ――だったのだが、この場では泥を被ってくれた形である。
ちなみに、この山車は結構な大きさがあり、下部分から階段で上がってこられる仕様となっているため、女子の上、和服とスカートを組み合わせたような装束のサクヤにも安心な造りとなっていた。
そもそも、そうじゃないと酒や料理ここまで運べないしな。
「考えてもみれば、せっかくの料理に口を付けず、ずいぶんと語り合ってしまいました。
ささ、テツスケ殿。
ご一献を……」
「こいつは、ありがたい」
陶器製のピッチャーを持ち上げたヤスヒサに合わせ、俺の方も陶器製のコップを掲げる。
そして、互いにこれをよく見えるように掲げて、おかわりのビールを注いでもらった。
これは、いわゆるひとつのアピールだ。
オデッセイの分身にして心臓にして頭脳たるこの俺と、コクホウ当主であるヤスヒサが仲良くやっているということを、ことに領民に対して分かりやすく喧伝しているのである。
なお、俺はわざわざオデッセイのコックピットから直接にこの山車へ降り立っているため、領外から来た人たちにも、"巨神様"となんらかの関係があるやけに耳が短いエルフであることは、丸分かりとなっていた。
当然、わざとだ。
一見すれば、オデッセイを運用する上で致命的な弱点となりかねない、俺以外には動かすことができないという事実。
この情報は、是非、広く知らせてほしいし持ち帰ってほしいのである。
これから俺は、人と人とが争う戦乱世界に介入していかなければならないわけで、オデッセイと合わせ、一切の共存も対話も不可能な怪獣めいた存在となっているわけにはいかないのであった。
戦争とは、交渉のイチ形態でなければならず、怪獣に起こせるのは災害だけなのだ。
「では、あらためて……。
この煮付けも、サクヤが作ってくれたのか?
よーく味が染みていて、美味そうだぜ」
そんなことを思いつつ、ビールにちびりと口を付け、眼前の皿に供された鶏ももとかぶの煮付けも味わう。
やはり……絶品。
やや濃い目ですらある甘辛い味付けは、俺みたいな肉体職の人間にはかえって嬉しいし、アルコールが回り始めて繊細さを失っている舌にもありがたい。
それに、この肉は下処理がよいのか、そもそも上等な鶏を使っているのか、安物の鳥肉にありがちな肉繊維が固く残る感じは一切なかった。
ただ、歯を立てればぷりっとした食感の後に、ほろりと崩れ去って肉と脂の旨味で口内に多幸感をもたらしてくれるのだ。
そして、なんといっても主役は――かぶ。
しっかりと煮付けられた結果、ほくほくとしてやわらかなこれには、煮汁の味と旨味が染み込んでいるのだが、その奥底にあるのはかすかな……そして確実に存在する甘み。
かぶって、旬はいつだったか?
シティボーイの俺には分からないが、なんとなくこれは、旬の味という感じがする。
ここまで加工調理されていてなお、生鮮食品としての味わいが消え去ってはいないのだ。
「うん……今日の煮付けも、本当に美味い。
なんというか、ありがたい味だ」
「まあ……光栄です」
もじもじとしながら、嬉しそうにするサクヤ。
そんな俺と彼女の様子に、ヤスヒサは目を細めていたが……。
「む、どうやら始まりますか」
不意に、彼がそんなことを言い出し始めた。
つられて眼下の広場を見ると、なるほど、何かが始まるということだろう……。
これまで踊っていた皆さんが、一斉にはけ始めたのである。
あるいは、タイムトラベルで未来……にきたというのが実情に近いんだけど、これは、タイムトラベルで江戸時代辺りにポンと放り込まれたようだというのが、実態には近しいだろう。
ともかく、今の俺はこの新しい環境で生きていくために必要な何もかもが欠落してしまっている状態であり、補うための情報収集は急務であるといえる。
そのため、コクホウの人たちが酒を飲み、音楽を鳴らし、踊る様を見ながらの語らいは、そこそこの長時間に及んだのだが……。
「失礼します。
お父様、あまり難しい話をされてばかりいるのは、いかがなものかと。
現に、テツスケ様の盃が乾いてしまっております」
これを中断させたのは、背後から声をかけてきたサクヤであった。
「む、いかん……。
そのようなつもりでは、なかったのだが」
娘の言葉に、ヤスヒサが苦笑いを浮かべる。
主に、俺が質問して彼が答える感じ――ヤスヒサとの会話は、おおむねいつもその形だ――だったのだが、この場では泥を被ってくれた形である。
ちなみに、この山車は結構な大きさがあり、下部分から階段で上がってこられる仕様となっているため、女子の上、和服とスカートを組み合わせたような装束のサクヤにも安心な造りとなっていた。
そもそも、そうじゃないと酒や料理ここまで運べないしな。
「考えてもみれば、せっかくの料理に口を付けず、ずいぶんと語り合ってしまいました。
ささ、テツスケ殿。
ご一献を……」
「こいつは、ありがたい」
陶器製のピッチャーを持ち上げたヤスヒサに合わせ、俺の方も陶器製のコップを掲げる。
そして、互いにこれをよく見えるように掲げて、おかわりのビールを注いでもらった。
これは、いわゆるひとつのアピールだ。
オデッセイの分身にして心臓にして頭脳たるこの俺と、コクホウ当主であるヤスヒサが仲良くやっているということを、ことに領民に対して分かりやすく喧伝しているのである。
なお、俺はわざわざオデッセイのコックピットから直接にこの山車へ降り立っているため、領外から来た人たちにも、"巨神様"となんらかの関係があるやけに耳が短いエルフであることは、丸分かりとなっていた。
当然、わざとだ。
一見すれば、オデッセイを運用する上で致命的な弱点となりかねない、俺以外には動かすことができないという事実。
この情報は、是非、広く知らせてほしいし持ち帰ってほしいのである。
これから俺は、人と人とが争う戦乱世界に介入していかなければならないわけで、オデッセイと合わせ、一切の共存も対話も不可能な怪獣めいた存在となっているわけにはいかないのであった。
戦争とは、交渉のイチ形態でなければならず、怪獣に起こせるのは災害だけなのだ。
「では、あらためて……。
この煮付けも、サクヤが作ってくれたのか?
よーく味が染みていて、美味そうだぜ」
そんなことを思いつつ、ビールにちびりと口を付け、眼前の皿に供された鶏ももとかぶの煮付けも味わう。
やはり……絶品。
やや濃い目ですらある甘辛い味付けは、俺みたいな肉体職の人間にはかえって嬉しいし、アルコールが回り始めて繊細さを失っている舌にもありがたい。
それに、この肉は下処理がよいのか、そもそも上等な鶏を使っているのか、安物の鳥肉にありがちな肉繊維が固く残る感じは一切なかった。
ただ、歯を立てればぷりっとした食感の後に、ほろりと崩れ去って肉と脂の旨味で口内に多幸感をもたらしてくれるのだ。
そして、なんといっても主役は――かぶ。
しっかりと煮付けられた結果、ほくほくとしてやわらかなこれには、煮汁の味と旨味が染み込んでいるのだが、その奥底にあるのはかすかな……そして確実に存在する甘み。
かぶって、旬はいつだったか?
シティボーイの俺には分からないが、なんとなくこれは、旬の味という感じがする。
ここまで加工調理されていてなお、生鮮食品としての味わいが消え去ってはいないのだ。
「うん……今日の煮付けも、本当に美味い。
なんというか、ありがたい味だ」
「まあ……光栄です」
もじもじとしながら、嬉しそうにするサクヤ。
そんな俺と彼女の様子に、ヤスヒサは目を細めていたが……。
「む、どうやら始まりますか」
不意に、彼がそんなことを言い出し始めた。
つられて眼下の広場を見ると、なるほど、何かが始まるということだろう……。
これまで踊っていた皆さんが、一斉にはけ始めたのである。
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