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歩き巫女の誘惑 4
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確かに……。
確かに、たらふく酒を飲ませたはずだ。
それが証拠に、このテツスケという妙に耳が短な男は、いまだ頬を軽く赤らめている。
だが、こちらを見据える眼差しに、もはや酔いの色はなく……。
その動きが、酒気によって惑わされはしないだろうことを、チヨはこれまでの経験から直感していた。
ならばと、体で隠すようにして用意した火球の魔術も、たやすく見抜かれており……。
その上、使ったところで無駄だと警告までしてきている。
ハッタリではない。
少なくとも、このテツスケという男から見て、それが真実であることはたやすく察することができた。
実際に、この男はチヨの隠しに隠した殺意を見抜き、密かに取り出した暗器も腕ごと捻り上げているのだ。
失敗だった、という他にない。
いつも通り酒で潰す……というのはこの男に対して難しいようだが、ならば、これもいつも通り次善の策として、抱こうとするところをヒラリとかわせばよかったのである。
身内で知られるチヨの二つ名は、抱かれずの巫女。
同じ歩き巫女の中で――男衆にも漏れているのはご愛嬌だろう――チヨは、情報を抜いた男に抱かれたことはないと公言していた。
それは、チヨという娘が守りに徹したならば、男からの間をたやすく外せるということである。
おそらく、抱こうとした側からすれば、狐につままれたか、あるいは狸に化かされたような気分であるに違いない。
が、そんな手管が通じるのは、当然、こちらが敵意を表す前の話だ。
実際に凶器を取り出し、それが取り上げられたならば魔術を発動しているこの現状で、警戒を解く愚か者などいようはずがない。
よって、もはやこれまで。
チヨが頭の中で組み立てているのは、どうにかこの場から逃れる方法……。
それがかなわなかったのならば、どうやって速やかに自害するか、だ。
ゆえに、テツスケからの提案には、驚く他なかったのである。
「情報を持ち帰れ……?
もしやとは思いますが、ここであたしを見逃がそうというのですか……?」
探るようにしながら、上目遣いで問いかけた。
どこか媚を売るような表情と視線であるのは、チヨ自身、自然と行なっていることだ。
売り得とはまさにこのことで、それで少しでも相手の警戒がやわらぐならば、儲けものなのである。
それが、通じたというわけでもないだろうが……。
「その通りだ。
俺としては、君を全く無事に送り返したいと思っている」
テツスケは……巨神の分身を標榜する男は、涼やかな顔でそう答えたのであった。
「意味が、分かりませぬ」
混乱する頭で、どうにか絞り出せたのはその言葉。
「草――※スパイのこと――が入っていると分かっていて、それを刈り取ることもせず、放逐しようというのですか?
あたしは、そちらの秘密をずいぶんと聞かせて頂いたと、そう認識しておりますが?」
続いて、そう問いかける。
せっかく逃がそうと提案してくれているのに、それを拒否するかのごとき言霊の数々……。
そんなものを吐き出したのは、決してやけっぱちになっているからではない。
純粋に――掴んだ情報が正しいかを確かめるため。
せっかく掌中に収めた草を逃がそうなどというのは、あえて偽りの情報を持たせた場合以外に考えられなかった。
「その通り、あえて聞かせた。
君が、その草とやらであると、見抜いた上でな。
心配するな。虚偽の情報は含んでいない。
どれも気持ちよく吐いた、真実の情報だ。
幸い、美女に酌してもらえたんでな。
舌も滑らかになろうというものだったさ。
ふ、ふふ……」
薄い笑みと共に、テツスケが告げる。
それは、あるいは、冗談めかしたような口調であったが……。
次の瞬間、彼はきりりとした顔になったのだ。
そうすることで姿を現すのは、いかにも戦闘経験豊富で分厚い……百戦錬磨の強者であった。
「この場合、真実を伝えるというのが重要だ。
君の仕えるお家に対してだけじゃない。
このコクホウにとっても、そうすることで得られるメリットが大きい。
だから、君にはメッセンジャーとなってもらう」
と、そこで……。
不意に、テツスケが顔を緩めた。
「もちろん、こちらにとっても大事な大事な伝言人だ。
安心安全、確実にガルゼ方までお届けしてしんぜよう」
次に、そう言いながら浮かべた表情は、なんともイタズラっぽく、茶目っ気に満ちたものだったのである。
確かに、たらふく酒を飲ませたはずだ。
それが証拠に、このテツスケという妙に耳が短な男は、いまだ頬を軽く赤らめている。
だが、こちらを見据える眼差しに、もはや酔いの色はなく……。
その動きが、酒気によって惑わされはしないだろうことを、チヨはこれまでの経験から直感していた。
ならばと、体で隠すようにして用意した火球の魔術も、たやすく見抜かれており……。
その上、使ったところで無駄だと警告までしてきている。
ハッタリではない。
少なくとも、このテツスケという男から見て、それが真実であることはたやすく察することができた。
実際に、この男はチヨの隠しに隠した殺意を見抜き、密かに取り出した暗器も腕ごと捻り上げているのだ。
失敗だった、という他にない。
いつも通り酒で潰す……というのはこの男に対して難しいようだが、ならば、これもいつも通り次善の策として、抱こうとするところをヒラリとかわせばよかったのである。
身内で知られるチヨの二つ名は、抱かれずの巫女。
同じ歩き巫女の中で――男衆にも漏れているのはご愛嬌だろう――チヨは、情報を抜いた男に抱かれたことはないと公言していた。
それは、チヨという娘が守りに徹したならば、男からの間をたやすく外せるということである。
おそらく、抱こうとした側からすれば、狐につままれたか、あるいは狸に化かされたような気分であるに違いない。
が、そんな手管が通じるのは、当然、こちらが敵意を表す前の話だ。
実際に凶器を取り出し、それが取り上げられたならば魔術を発動しているこの現状で、警戒を解く愚か者などいようはずがない。
よって、もはやこれまで。
チヨが頭の中で組み立てているのは、どうにかこの場から逃れる方法……。
それがかなわなかったのならば、どうやって速やかに自害するか、だ。
ゆえに、テツスケからの提案には、驚く他なかったのである。
「情報を持ち帰れ……?
もしやとは思いますが、ここであたしを見逃がそうというのですか……?」
探るようにしながら、上目遣いで問いかけた。
どこか媚を売るような表情と視線であるのは、チヨ自身、自然と行なっていることだ。
売り得とはまさにこのことで、それで少しでも相手の警戒がやわらぐならば、儲けものなのである。
それが、通じたというわけでもないだろうが……。
「その通りだ。
俺としては、君を全く無事に送り返したいと思っている」
テツスケは……巨神の分身を標榜する男は、涼やかな顔でそう答えたのであった。
「意味が、分かりませぬ」
混乱する頭で、どうにか絞り出せたのはその言葉。
「草――※スパイのこと――が入っていると分かっていて、それを刈り取ることもせず、放逐しようというのですか?
あたしは、そちらの秘密をずいぶんと聞かせて頂いたと、そう認識しておりますが?」
続いて、そう問いかける。
せっかく逃がそうと提案してくれているのに、それを拒否するかのごとき言霊の数々……。
そんなものを吐き出したのは、決してやけっぱちになっているからではない。
純粋に――掴んだ情報が正しいかを確かめるため。
せっかく掌中に収めた草を逃がそうなどというのは、あえて偽りの情報を持たせた場合以外に考えられなかった。
「その通り、あえて聞かせた。
君が、その草とやらであると、見抜いた上でな。
心配するな。虚偽の情報は含んでいない。
どれも気持ちよく吐いた、真実の情報だ。
幸い、美女に酌してもらえたんでな。
舌も滑らかになろうというものだったさ。
ふ、ふふ……」
薄い笑みと共に、テツスケが告げる。
それは、あるいは、冗談めかしたような口調であったが……。
次の瞬間、彼はきりりとした顔になったのだ。
そうすることで姿を現すのは、いかにも戦闘経験豊富で分厚い……百戦錬磨の強者であった。
「この場合、真実を伝えるというのが重要だ。
君の仕えるお家に対してだけじゃない。
このコクホウにとっても、そうすることで得られるメリットが大きい。
だから、君にはメッセンジャーとなってもらう」
と、そこで……。
不意に、テツスケが顔を緩めた。
「もちろん、こちらにとっても大事な大事な伝言人だ。
安心安全、確実にガルゼ方までお届けしてしんぜよう」
次に、そう言いながら浮かべた表情は、なんともイタズラっぽく、茶目っ気に満ちたものだったのである。
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