そのシスターは 丘の上の教会にいる

丸山 令

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街で起こった、凶悪な事件

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 昼過ぎのこと。

 その報道がなされると、普段静かなこの街は、事件の噂で持ちきりとなった。

 繁華街から少し外れた 人通りの少ない路地裏で、若い女性の惨殺遺体が発見されたのである。

 この街でも、殺人事件が全く無いわけではないのだが、今回の事件は他の事件とは一線を画すものだった。

 というのも……。
 


「はーっ。これで、三件目になりますね」


 会議室の机に突っ伏して、自らの柔らかくカールした栗色の頭をかき混ぜながら、若い刑事はため息を吐き出した。


「全くっ!こんな可愛い娘ばかり、三人も殺しやがって! なんつー勿体無いことを。全然足取りもつかめないし、やっぱり通り魔の線なんでしょうかね? どう思いますか? ヴィクトー係長」

 
  チラリと隣の席に視線を向けると、そこに座っていた銀髪の男、ヴィクトー警部補は、それまで食い入るように眺めていた書類から顔を上げた。
 銀縁眼鏡ごしに、鋭いアイスブルーの視線が飛んできて、刑事はなんとなく姿勢を正す。


「何とも申し上げにくいです。ただ、通り魔だとしたら、目撃情報がここまで無いのは、逆に不自然な気がしますがね?」


 至って落ち着いた口調で返された上司の返事に、年若い部下は引き攣り笑いを浮かべた。


「びっくりした。怒られるかと思いましたよ」

「何か、私に怒られるようなことをしたのですか? 」

「いや。態度とか姿勢とか?」


 ヴィクトーは薄く笑う。


「自覚があるのなら、私が注意するまでも無いでしょう。そんなことより、ニコラ君。君の意見を伺いたいのですが?」

「ああ、はい。何についてですか?」

 
 年若い刑事、ニコラ巡査は、手元の書類に視線を落とす。


「本部は、犯行の手口が共通していることから、この三件が同一犯の犯行と考えています。
 私も概ね同意見ですが、この三件目の刺し傷が、少々気になりましてね」

「ああ。これまでのものより、少し浅いんでしたっけ?」

「ええ。浅いのに、傷が僅か大きいのですよ」

「どういうことですかね? 今回の被害者は殺したくなかった、とか?」

「絶命するまで何度も突き刺しているのですから、それはないです。心理的なものが原因なのだとしたら、『絶命するまでの時間が長くなることを、楽しんだ』の方が、しっくりくる気がしますが……」

「その顔で、その発想は怖すぎます」

「冗談にしても失礼ですよ?」

「すみませんでした」

 ヴィクトーの冷笑に、ニコラは引き攣りながら謝罪の言葉を述べた。

「恐らく、別の凶器を使ったのでしょうが……」

「単純に、これまで使っていた凶器が、壊れたってのは?」

「無いことはないですね。二度目までに、一人当たり十数回は切り付けていますから」

「通り魔なら、凶器なんて何でも良いでしょうから、手近なものを買ったのでは?」

「なるほど。では、我々は市内にある刃物を扱っている店舗を、しらみ潰しする必要がありますね。探すのは、ここ二週間の間に、刃渡り十センチほどの刃物を買った、背の高い人物。骨が折れそうです」


 ニコラは、引き攣り笑いのまま青ざめた。


「まじか。ええと、でも、家にもう一本持っていたかも?」

「それでも、可能性があるならば、潰すべきでしょう。あとで、課長に話しておきます」


 頭を抱える部下を放置したまま、ヴィクトーは一人で頷きつつ、資料のページを捲る。


「ところで、ここからが本題なのですがね。ニコラ君」

「まだ有るんですか?」

「被害者の共通点についてです。
 我々のような壮年の世代から見ると、『十代後半から二十代前半までの若い女性』であること以外、共通点が見当たらないのですがね? 同じ世代の君から見て、どう思いますか?」


 ニコラは一瞬呆けたあと、真剣な顔で、被害者の情報と資料写真に目を落とした。

 有能だと名高いこの上司から頼られるのは、彼にとって嬉しいことだった。


(背格好は、バラバラだな。髪の色? これも全員違う。出身の学校……違うな。住んでいる場所も、結構離れている。職業も、保育士、学生、トリマーって、何の共通点もない)


 このことが、この連続殺人が通り魔の犯行であると本部が考えている理由だから、出てこないのが当たり前とも言えるのだが……。


(何かないのか? 若者ならではの……考えろ)


 データ、写真、双方を数分の間凝視したが、結局ニコラは、両手をあげて降参した。


「いや。今のところ、特にはないですね。ま、強いて言うなら、どのご遺体も綺麗に化粧してるなってくらいで。また何か気付いたら、言いますね」


 苦笑いで言うニコラ。
 しかし、それを聞いたヴィクトーは、すぐさま写真に目を落とし頷いた。


「案外、良い観点かもしれませんよ。ニコラ君」


 
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