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ニコラ、邪推する
しおりを挟む「待って下さいよ、ヴィクトー係長」
礼拝堂を出て、足早に帰路につこうとしている上司を、ニコラは追いかける。
ヴィクトーは僅かに振り返り、幾分歩調を緩めた。
「もう、用事は済んだんですか?」
「ええ。とりあえずのところは。時間もないことですから、聞き込みに戻りましょう」
「時間ないって……そりゃぁ、一昨日の晩 四件目の事件が起きたばかりですから? でも、それなら、何でこんなところに……」
そこまで言って、ニコラは口を噤む。
(……って。『注意喚起に来た』って、本人が言ってたわ。あぶない。また、イヤミを言われるところだった。
確か、この協会の司祭は、周辺の幾つかの教会を掛け持ちで回っていて、普段は街の中にある教会に住んでいるって言ってたしな。つまり、普段ここには隣の修道院に住んでいる女性しかいないわけで。
今まさに起きているのが、若い女性を狙った連続殺人事件なわけだから、警戒に回る必要が無いことはない。でも、気をつけるように声をかけたのは、二人だけで……)
一瞬、頬を染めた修道院長のキス顔をイメージしてしまい、ニコラは慌てて頭を振った。
(いやいや、分かってるって。そっちじゃないわな。わざわざ礼拝堂で、あのシスターが来るのを待っていたわけだから……)
ニコラは、シスターブロンシュと呼ばれた修道女の姿を思い出す。
日の光に透き通るような白い肌。
ウサギの目のように赤くつぶらな瞳。
清らかで何処かあどけない表情。
(にも関わらず、たわわだったっ‼︎)
目を閉じて、鼻息荒く両手をわきわきさせているニコラを見て、ヴィクトーは怪訝そうに眉を寄せる。
「何ですか? 不気味な。同僚でなければ職質をかけているところです」
体感温度氷点下の眼差しを受けるも、今のニコラは気にしなかった。
何せ、上司の弱点を掴んだと思ったから。
「彼女が心配で、気をつけるよう注意しに来たんですか? こんなところまで? 随分と、ご執心のようですね」
半眼のニヤニヤ笑いで、本来のそれなりに整った顔を残念なほど崩しているニコラ。
ヴィクトーは、残念な子を見ているような 冷めた目をする。
「想像は自由ですが、思考が少々低俗すぎるのではありませんかね? 君は折角目が良いのですから、その長所を生かし、もっと色々な観点から物事を捉えられるようになって欲しいものです」
「だって、わざわざこんな辺鄙な場所まで、猫の手も借りたいほどの忙しさの中?
シスターブロンシュでしたっけ? 確かに、びっくりするほど可憐な方でしたね?」
「なるほど。確かに、多くの人の目から見て、シスターブロンシュは美しいのでしょう。が、私たちがここに来たこととそれは、関わりのないことです」
「ふーん」
「何です?」
「それなら、俺、狙っちゃおうかな?」
「……聖職者ですよ?」
「関係あります?」
「関係ないとでも思っているのですか? 神に全てを捧げている女性ですよ?」
「ほら~。やっぱり、俺がちょっかいかけるの嫌なんじゃないですか。つまり、気があるんでしょう?」
ヴィクトーは深くため息を落とし、右手の人差し指と中指で眼鏡のブリッジを押し上げて、位置を直した。
「いえ、君の女性関係に、口出しする気はないですがね。
彼女には、あまり近付かない方が良いですよ」
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