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考察
しおりを挟む「昨日の朝、起きたら、私、また血まみれだったんですから……」
その場で泣き崩れたロラ。
シスターは、一瞬の沈黙の後、告解窓の下のスペースから そっと手を差し出した。
ロラは、その真っ白な手に縋って啜り泣く。
ロラの嗚咽が落ち着くまで、シスターは言葉を発することなく見守っていた。
ひとしきり泣いた後、ロラはゆっくりと手を離す。
シスターは一度手を戻すと、真っ白な木綿のハンカチを差し出した。
泣き腫らした目で驚いたように瞬きした後、ロラはハンカチを受け取り、口元に微かな笑みを浮かべた。
「あ……りがとう……ございます。こんな、殺人鬼かもしれない私に、優しくして下さって……」
「そんな風に仰らないで。だってそれは、貴方にとって、身に覚えのないことなのでしょう?」
「はい。でも、状況を見ると……」
「それでも、少なくとも今の貴女は殺していない。ですよね?」
「……え?」
涙を拭いながら、ロラは聞き返した。
「或いは、貴女に別人格が存在し、眠りについた時に入れ替わって、殺人を繰り返していたのだとします。
でもそれは、『貴女が殺人鬼である』ことと同義でしょうか?
今、目の前にいる貴女は、私には、とても誠実な人間であるように思えます」
「でもっ」
「まずは、落ち着きましょう。ゆっくりと息を吸って、しっかり吐き出して下さい。すって……はいて……すって……」
言われるままに、ロラは深い呼吸を繰り返した。
何度も続けているうちに、次第に気持ちが落ち着いていく。
その間シスターは、ロラの手を握ってくれていた。
(言えずにいたことを全て吐き出して、思い切り泣いたからかしら……。随分とすっきりした気分だわ)
ふと、そんなことを考えて、その罪深さに、ロラは頭を振る。
(何て罪深い!人を殺した私に安息など、許されるわけがない。……でも)
ロラは、ぼんやりと自らの手の上に置かれた真っ白な手を見つめた。
(シスターは、私が誠実だと……私を、認めて下さっている)
ロラは、目を閉じてゆっくりと呼吸を吐き出した。
「少し、落ち着かれたようですね。では、もう少しだけ、私とお話しをいたしましょう」
優しい声音で言われて、ロラは頷いた。
「まず、ここでお聞きしたことを外部に漏らすことはありませんので、ご安心下さいね?」
「あ……はい」
(そう言えばそうだわ。今日、礼拝堂に、警察の方が警戒に来ていたっけ。その時に、情報提供も呼びかけていた。私、自分のことで一杯一杯だったけど、ここでの話を、もしシスターが警察にしたら……‼︎)
ロラが青ざめると、シスターは優しく手を撫でてくれる。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
「は……はい」
(そうよ。大丈夫。シスターは、誰にも言わないと約束してくれた。今日初めてお会いしたけど、この人は、信用できる気がする……)
ロラが再び呼吸を整えると、シスターは優しく語り出した。
「貴女は、ご自身が『ここのところの連続殺人事件の犯人ではないか』と、心配されているのですよね?」
核心をついた問いに、ロラは頷く。
「私がここで、いくら『違う』と言っても、貴方は納得できないでしょう。自身が血に濡れていたという事実は、大層な驚きだったでしょうから……」
「ああ。シスター。そうなんです。私、とても怖くて……!とても……」
「とても、大変な思いをされましたね……」
「はい……はい!」
シスターの労わるような囁きに、ロラは涙を落とした。
「前回の時と、昨日の朝。同じタイミングでご自身が血で汚れていたので、自分が犯人ではないか?と考えてしまうお気持ちは、分かります。
ですが、連続殺人は、これで四回目。二週間前の朝も、汚れていたのですか?」
一瞬呆けたあと、ロラは首を振る。
「いいえ。その頃は、本当に怖くて、明け方まで起きているようにしていたので……」
「一度目の犯行は、一月ほど前だったと思いますが、その時は?」
「……あっ!」
ロラは、目を見開く。
「一度目……そうでした。あの時は、まだ連続殺人と関連付けられてなくて……手帳をっ!」
鞄の中をガサガサと漁って手帳を取り出すと、ロラは前月のページを開く。
シスターは、思い出すように首を傾げる。
「確か、月初めの金曜日だったと思います」
「はい。ええと!普通に仕事があって……確か、この日の夜は、家にいたと思います。汚れてもいませんでした」
「そうですか。でしたら、可能性は随分減ったのではないですか?」
「ああっ……ああっ。はい。本当だわっ!」
ロラの瞳に、今度は嬉し涙が光る。
「血で汚れていた原因は分かりませんが、これから少しずつ探っていきましょう。私もお手伝いしますので」
「はいっ!お願いします」
立ち上がってロラが頭を下げると、シスターは優し気に微笑んだ。
「ところで、お時間の都合が良ければ、もう少しだけ雑談に付き合って下さいませんか?」
帰ろうと思っていたロラは、首を傾げる。
シスターは、イタズラっぽく告げた。
「実は、この後五時まで暇なんです」
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