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捜査は難航していた⑴
しおりを挟む「そうですか。また、何か思い出したことがありましたら、ご連絡ください」
「あったらな。まぁ~何でも良いから、早く捕まえてくれよ。こんなに捕まらないなんて、ちょっとお粗末なんじゃないか?」
不満げにクレームをつけるアウトドア用品店の頑固そうな主人に対し、ニコラ刑事は引き攣り笑いを浮かべた。
(こっちだって、早く捕まえたいに決まっている!)
ニコラが、喉から出かかった言葉を必死に飲み込んでいると、横から顔を出した上司が、似たような言葉をあっさり宣った。
「こちらも、毎日足を棒にして聴き込みに回ってるのですがね。どうしたことか、一向に情報が上がってこないのですよ。皆さんの記憶が頼りです。ほんの些細なことでも結構ですので、何か思い出したら、是非」
(丁寧なお願いでも、そんな怖い目で言われたら、脅されてると思うんじゃないかな?)
苦笑いを深めるニコラ。
しかし、店主の反応は意外なものだった。
ふいに立ち上がって、ガハハっと笑うと、親しげにヴィクトーの肩をバシバシと叩く。
「なんだ。ヴィクトーさんじゃないか。こないだは助かったよ。なんだ? 今度は、こんな若僧と組まされているのか」
「後進の育成は、大切なことですから」
「はぁー。なんだ。そういうことならなぁ。ちょっと待ってろ? 些細なことなぁ。えーと」
(いや、俺が尋ねた時も、同様にしっかり考えてくれよ。全員が、こう、協力的じゃない感じだから、全然情報が上がってこないんじゃないのか?)
ニコラは、わなわなと拳を震わせるが、振り上げることは辛うじて堪えた。
ちなみに、店主とヴィクトーは、憤るニコラの横で平然と話を続けている。
「差し口から見る限りだと、刃の長さや形状は、丁度このキャンプナイフのようなものでして」
「ナイフを取り扱ってる店を虱潰しか。そら、ご苦労さんなことだ。だがなぁ……キャンプ用品は、この時期シーズンオフだろう? 一応置いてはいるが、滅多には出ない。買う人間がいれば、記憶に残ってると思うんだよなぁ」
「なるほど」
「ああ。そういや、中心街に新しいアウトドアショップ出来たの、知っているかい?」
「初耳です」
「少し前にオープンしてな。小洒落た作りで、若者に結構人気らしくてな。うちは客層被るから、ここのところ苦労している」
「それは大変ですね。因みに、どの辺りになりますか?」
ヴィクトーが手持ちの地図を拡げると、店主は店の場所を指さした。
「元々鞄屋だったところの、居抜き物件だ」
「ああ。あそこですか。分かりました。どうも有難うございます」
丁寧に礼を言うと、ヴィクトーはニコラを伴って、店を後にした。
「今の店主なんて、容疑者に入ってもおかしくないですよね? 身長、俺と同じくらい有りましたし、こういった店を経営しているのなら、凶器の入手は簡単だ」
「そうですねぇ。でも、ご主人は違うと思いますよ?」
「何故です?」
「まず、あの存在感です。あの様な方が後ろから近づいてきたら、途中で気付いて、逃げるなり叫ぶなりするでしょう」
「ああ。熊みたいですもんね」
「そして、彼は五十代ですから、被害者の女性との接点も見えません。既婚者ですしね」
「被害者がキャンプマニアとか?」
「なるほど。詳しく道具を教えて貰ううちに仲良くなり、不倫関係になったとでも? 若い女性四人ともと?」
「あー。違うと思います。少なくとも、バッチリメイクで着飾って会う相手じゃないです。罷り間違って不倫してたとしても、もう少しカジュアルな感じで会うでしょうね」
「君の言う通りだと思いますよ」
(どうやら正解を引き当てられたみたいだ)
ニコラは、ほっと胸を撫で下ろす。
「もし、君の言うストーリーが真実味を帯びるとしたら、先ほど伺った、こちらの若者向けのショップ店員の方が……」
次いで、ぽそりとこぼされたヴィクトーの言葉に、ニコラは顔を上げる。
そこで、丁度彼を見ていた上司と目が合った。
「行ってみましょう」
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