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第三章
早起きは三文の徳
翌朝。
わたしは、早くに目を覚ました。
朝起きるのはちょっと得意なの。
『早起きは三文の徳!』
前世のお母さんが、毎朝そう言いながら病室に来てくれた事が影響しているのかな。
多分わたしのせいで、経済的に苦しかったのだと思う。
正社員でバリバリ働いていたお母さんは、出勤前に必ずわたしの病室により、頭を撫でながら言っていた。
『おかげで今日もあなたに会えた』と。
とても嬉しかったことを、心が覚えている。
顔とかは大分忘れてしまっているけれど、今でもわたしの大好きな人だ。
子どもの時から、何となく早く起きる習慣がついたのは、お父様とお兄様が朝鍛錬を行っていた影響だと思う。
十歳になるまでは、わたしも一緒になって護身術なんかを習ったりもしていた。
十歳を超えてからは、お母様と朝のお散歩をするのが日課になった。
その後、強烈なダンスレッスンが始まるのだけど、それも今となっては良い思い出……よね?
旅の最中はしていなかったけど、それまでは毎日の習慣になっていたし、朝の散歩は頭がすっきりするので大好き。
せっかくだから散策も兼ねて、今日は寮の周りを歩いてみようかしら。
その後、聖女候補のお仕事である「聖堂の清掃」があるので、服も神官服に着替えておけば良いわね。
服を着替えて部屋を出ると、廊下の窓から聖騎士さんの寮と、芝生の生えた広場が見える。
あれ?
視界の隅に、何か動くものを捉えて、そちらを見下ろすと、広場の中で人影が動いているのが見えた。
こんなに早い時間に?
まだ、日が出たばかりの時間。
ちょっとだけ、負けた気がする。
見覚えのある細身の人影。
うん。
っていうか、レンさんだわ。
ストレッチをしているのかな?
サラサラの黒髪が揺れている。
個人的な朝鍛錬?
それとも、この後、他の聖騎士さんたちも来るのかしら?
そんなことを思いながら眺めていると、レンさんが、突如、バッ!と、顔を上げてこちらを見た。
え?
もしかして、視線に気付いた?
どういう察知能力しているんだろう。
結構離れているし、こっちは建物の中なのに。
薄暗いし遠いから、はっきりと見えない。
でも多分だけど、視線が合っている気がするので、頭を下げる。
レンさんも頭を下げたので、見えているのだとわかる。
目がとってもいいのね!
このままでは、覗き見をしていたみたいで、なんとなく気まずい。
わたしは急いで階段を降り、寮から出た。
レンさんは広場の隅で、黙々とストレッチをしていた。
うん。
アキレス腱。
大事ですよね!
「おはようございます!早いんですね!」
張り気味に声をかけると、彼はこちらを向いて、頭を下げた。
「おはようございます。旅の疲れは、とれましたか?」
いつもと同じ無表情だけど、口調はとても柔らかい。
アンバランスだけど、そこも素敵!
「はい!早く起きたので、お散歩をしようと。レンさんは鍛錬ですか?」
「はい。毎朝ここで、聖騎士の鍛錬があります」
なるほど。
この広場は、聖騎士さんの鍛錬場だったのね!
他の聖騎士さんは、まだ来ていないみたいだけど……。
先に個人で、鍛錬するつもりなのかな?
レンさんは、表情は変えず、しかし声音だけはやや申し訳なさそうに続ける。
「……騒がしくて、ご迷惑かと思いますが」
「そんなことないです。朝から大変ですね」
「いえ。強制では無いですし、全体の鍛錬の有無に関わらず、どうせやることですので」
「……そうですか!さすがですね」
もう。
さすがとしか言いようがない。
でも、騎士って、そういうものかもね。
お父様やお兄様も、そういう感じだもの。
鍛錬の邪魔になってはいけないので、そろそろお暇した方が良いかしら?
「では、わたしは少し散歩して来ます」
「はい。……その、どちらを歩く予定ですか?」
少し考えるように間を空けた後、レンさんが尋ねてきたので、取り敢えず考えていたことを答える。
「今日は寮の周りを歩いてみようかと」
「それでしたら……。聖騎士寮と塀の間の通路に、花畑がありますよ。北側で日照条件が悪いので、時期がずれて、今、丁度満開です」
それ、なんて素敵情報!?
嬉しくて、頬が緩んでしまう。
「ありがとうございます!早速行ってみます!」
レンさんは目元を少し和らげた。
出会った当初は、変化したかどうかはっきり分からなかったけど、旅の間で大分わかるようになった……気がする。
……確実かどうかは、ちょっと自信ないけど。
「一度ロータリーに出て、裏門へ行くと分かると思います」
「分かりました」
丁寧に道順を教えてくれたので、笑顔で頷く。
ついでに、考えていたことを聞いてみようかな。
「戻って来たら、見学させて頂いても?」
レンさんは、一瞬止まった。
そして、少し考えてから、答える。
「お目にかけるほど、大したものでは」
ご謙遜をーっ‼︎
レンさん、そういう人だよね?
にこにこしながら顔を見つめると、やや視線を逸らしながら、
「興味が有るようでしたら、どうぞ」
と、許可をくれた。
わーい!
あとで見に来よう!
レンさんと別れると、言われた通り、一度ロータリーへ出て、門まで進む。
左手を見ると、聖騎士さんの寮と塀の間に、思っていたよりずっと広い通路があった。
塀沿いには、スミレのような小さなお花が咲いていて可愛いらしい。
でも、お花畑と言っていたから、これのことではないよね?
もう少し進んでみよう。
のんびり歩を進めるうちに、辺りはだいぶ明るくなって来た。
寮の中程まで進んで、はっと息を飲む。
あぁ。
ここのことだ!!
花畑と言っていたので、花壇のような物を想像していたのだけど、全く違った。
それは、まごう事なき、お花畑だった。
塀伝いに、寮の真北から西側一面、鮮やかな黄色で埋め尽くされている。
水仙の花だった。
誰かが植えたのが、増えてしまったのかしら?
それとも、誰かが少しづつ増やしているのかな?
しっかり手入れがされている様なので、後者かも知れない。
レンさんに聞けばわかるかな?
あまりの絶景に、テンションが上がる。
何より、この景色を見せてあげようと思ってくれた、その心遣いが嬉しい。
早起きは三文の徳。
本当よね。
朝からなんだか、とても幸福な気分だ。
良い一日になりそう!
スキップしたい気分で、右手に広がる水仙畑を見ながら、散歩を続けた。
◆
ぐるっと一周して、鍛錬場に戻って来ると、レンさんは、今度は走り込みをしていた。
準備にしっかり時間をかけている。
きっと怪我とか少ないんだろうな。
鍛錬場の周辺には、いくつか木製のベンチが置かれていたので、わたしは一番隅にあるものに座って、静かに見学させて頂くことにした。
先程、あの距離で、わたしが見ていることに気づいたくらいだから、きっと戻って来たことも、レンさんは気付いているだろうけど、見学すると言ってあるので、邪魔にはならないと思う。
前方向への走り込みが済むと、今度は後ろ方向。
部活動ってこんな感じかしら?
かっこいい先輩いると、つい眺めちゃうって、わかるわ!
「レン先輩、早いっすよ~!」
あ!
ラルフさんが来た。
寮から、小走りで出てくるラルフさん。
あ、寝癖が!
そんなところも、なんだかお茶目だ。
レンさんは、丁度逆走が終わったようで、立ち止まってラルフさんに挨拶している。
「おはよう。ゆっくり休めたか?」
「はい。お陰様で、あの後ゆっくり……って、そうじゃ無かった!昨日、夕飯の時、ニコさんから聞いたんすけど、あの後、書類仕事やらなんやら、全部終わらせたって、マジすか?」
「ああ。もう提出した」
「マジか。えっ、昨日午後休ですよね?」
「……そうだな。他に仕事が無かったから捗った」
「規定では、一週間以内の提出でいい書類ですよね?」
「神官長が可及的速かに、と言っていたから」
「その日のうちにやるなら、せめて声かけて下さいよ。オレ。明後日勤務の時に、手伝おうと思ってたのに」
「…………。それは悪かった」
「いや、先輩が謝るところじゃないと思うんですけど……むしろ」
「いや。今後、書類を任される事も有るだろうから、説明すべきだった。書類が戻って来たらやり方の説明をする」
「……そう言う意味で言ったんじゃ無いんすけど。……じゃあ。お願いします」
「ああ」
話の方向性が、若干噛み合って無いな~。
などと、眺めながら考える。
ラルフさんは、多分、レンさんのことを心配している。
本来分担すべき仕事を、一人で終わらせてしまったのね。
二人とも休みだったのに、レンさんだけに働かせてしまったことを、申し訳なく思っているのかもしれない。
レンさんは、昨日神官長に嫌味ったらしく言われていたから、文字通り、可及的速やかに(可能な限り速く)書類を出した。
ただ、それにより、後輩から『書類の作り方を習う機会』を奪ってしまった事を、悪かったと思っている。
お互いを思いやってのすれ違いだから、問題は無さそうだけど……。
「あれ~っ⁈ローズマリーさんがいる‼︎」
「ラルフさん、おはようございます!」
なんとなく声をかけそびれていたので、挨拶をする良い機会になった。
話も変わったし、少しだけひりついていた雰囲気もガラッと変わって、いつもの後輩キャラのラルフさんに戻った。
ラルフさん、切り替えが上手そうだから、大丈夫かな?
レンさんは、相変わらず、いつも通りの無表情。
ラルフさんは、こちらまで走ってくるようだ。
レンさんも、なんとなく歩いてついてきている。
「ローズマリーさん、おはようございます!早いですね‼︎ 見学ですか⁈」
「長いので、ローズでいいですよ?朝の散歩に出て、帰って来たので、見学させて頂いてました」
「そうでしたか~。早起きですね。って、え?ホントに?愛称で呼んでいいんですか?まじか~!」
「どうぞどうぞ」
嬉しそうに言ってくれると、なんだかこそばゆい。
でも、こっちも嬉しいので、笑いながら答える。
丁度レンさんが追いついて来たので、お花畑を教えてくれたお礼を言おうと、口を開きかけたけど、ラルフさんが話す方が、秒で早かった。
「レン先輩!ローズさんって呼んで良いらしいですよ!」
「……いや、私は」
一瞬、言葉に詰まるレンさん。
そう言えば、名前を呼ばれた記憶がない。
出来たら、そう呼んでくれれば嬉しいけど。
「是非。そう呼んでいただけたら、嬉しいです」
表情は変わらないけど、少しだけ、たじろいだ雰囲気が伝わって来た。迷惑だったかな。
レンさんは暫く沈黙した後、
「……はい」
やや俯き加減で目を伏せながら、いつもより気持ち小さな声で返事をくれた。
ラルフさんは、満足そうにレンさんを横目にみて、一度顔をこちらに戻した後、驚いたように再度レンさんを見た。
「……え?」
その後、じわじわと頬を緩め、レンさんの顔を覗き込む。
「先輩……もしかして、ちょっと照れてます?」
レンさんは、ラルフさんの顔を、手の甲で退けている。
じゃれあっているみたいで、ちょっとかわいいな。
「からかうな」
体の大きいラルフさんを、最後には両手で押しのけて、顔を背けると、レンさんは踵を返した。
一歩進み、俯きながらその場に一時停止。
一瞬考えるような間があり、
「戻ります」
顔だけ僅か振りむきながら、言うレンさん。
「あ、はい」
何だろう。
余計なことで悩ませてしまったかな?
ちょっと申し訳無かったな。
あ。
お礼言いそびれた!
「じゃ、ローズさん。また後で!っちょ。先輩まって!」
軽く頭を下げながら、ラルフさんは、足早に歩いて行くレンさんの後を、小走りで追った。
レンさんは、練習用の木剣をとりに行ったみたい。
さて。
そろそろ他の聖騎士さんたちも集まって来そうだし、わたしも聖堂の掃除に行かなくちゃ。
立ち上がって、お尻についた埃を払う。
明日も見にきてもいいかな?
お礼はその時にでも。
ハンカチも、洗って返さなきゃだし。
レンさんに目線を移すと、視線に気づいたのか、こちらを向いてくれた。
笑顔で頭を下げると、同じように挨拶を返してくれた。
表情はいつも通りだ。
ラルフさんが、ニコニコしながら手を振っているので、彼にも笑顔で頭を下げる。
それでは、少し早いけど聖堂に行こう。
明日は、剣をふっているところを見れるといいな。
そんなことを考えながら、わたしはその場を後にした。
わたしは、早くに目を覚ました。
朝起きるのはちょっと得意なの。
『早起きは三文の徳!』
前世のお母さんが、毎朝そう言いながら病室に来てくれた事が影響しているのかな。
多分わたしのせいで、経済的に苦しかったのだと思う。
正社員でバリバリ働いていたお母さんは、出勤前に必ずわたしの病室により、頭を撫でながら言っていた。
『おかげで今日もあなたに会えた』と。
とても嬉しかったことを、心が覚えている。
顔とかは大分忘れてしまっているけれど、今でもわたしの大好きな人だ。
子どもの時から、何となく早く起きる習慣がついたのは、お父様とお兄様が朝鍛錬を行っていた影響だと思う。
十歳になるまでは、わたしも一緒になって護身術なんかを習ったりもしていた。
十歳を超えてからは、お母様と朝のお散歩をするのが日課になった。
その後、強烈なダンスレッスンが始まるのだけど、それも今となっては良い思い出……よね?
旅の最中はしていなかったけど、それまでは毎日の習慣になっていたし、朝の散歩は頭がすっきりするので大好き。
せっかくだから散策も兼ねて、今日は寮の周りを歩いてみようかしら。
その後、聖女候補のお仕事である「聖堂の清掃」があるので、服も神官服に着替えておけば良いわね。
服を着替えて部屋を出ると、廊下の窓から聖騎士さんの寮と、芝生の生えた広場が見える。
あれ?
視界の隅に、何か動くものを捉えて、そちらを見下ろすと、広場の中で人影が動いているのが見えた。
こんなに早い時間に?
まだ、日が出たばかりの時間。
ちょっとだけ、負けた気がする。
見覚えのある細身の人影。
うん。
っていうか、レンさんだわ。
ストレッチをしているのかな?
サラサラの黒髪が揺れている。
個人的な朝鍛錬?
それとも、この後、他の聖騎士さんたちも来るのかしら?
そんなことを思いながら眺めていると、レンさんが、突如、バッ!と、顔を上げてこちらを見た。
え?
もしかして、視線に気付いた?
どういう察知能力しているんだろう。
結構離れているし、こっちは建物の中なのに。
薄暗いし遠いから、はっきりと見えない。
でも多分だけど、視線が合っている気がするので、頭を下げる。
レンさんも頭を下げたので、見えているのだとわかる。
目がとってもいいのね!
このままでは、覗き見をしていたみたいで、なんとなく気まずい。
わたしは急いで階段を降り、寮から出た。
レンさんは広場の隅で、黙々とストレッチをしていた。
うん。
アキレス腱。
大事ですよね!
「おはようございます!早いんですね!」
張り気味に声をかけると、彼はこちらを向いて、頭を下げた。
「おはようございます。旅の疲れは、とれましたか?」
いつもと同じ無表情だけど、口調はとても柔らかい。
アンバランスだけど、そこも素敵!
「はい!早く起きたので、お散歩をしようと。レンさんは鍛錬ですか?」
「はい。毎朝ここで、聖騎士の鍛錬があります」
なるほど。
この広場は、聖騎士さんの鍛錬場だったのね!
他の聖騎士さんは、まだ来ていないみたいだけど……。
先に個人で、鍛錬するつもりなのかな?
レンさんは、表情は変えず、しかし声音だけはやや申し訳なさそうに続ける。
「……騒がしくて、ご迷惑かと思いますが」
「そんなことないです。朝から大変ですね」
「いえ。強制では無いですし、全体の鍛錬の有無に関わらず、どうせやることですので」
「……そうですか!さすがですね」
もう。
さすがとしか言いようがない。
でも、騎士って、そういうものかもね。
お父様やお兄様も、そういう感じだもの。
鍛錬の邪魔になってはいけないので、そろそろお暇した方が良いかしら?
「では、わたしは少し散歩して来ます」
「はい。……その、どちらを歩く予定ですか?」
少し考えるように間を空けた後、レンさんが尋ねてきたので、取り敢えず考えていたことを答える。
「今日は寮の周りを歩いてみようかと」
「それでしたら……。聖騎士寮と塀の間の通路に、花畑がありますよ。北側で日照条件が悪いので、時期がずれて、今、丁度満開です」
それ、なんて素敵情報!?
嬉しくて、頬が緩んでしまう。
「ありがとうございます!早速行ってみます!」
レンさんは目元を少し和らげた。
出会った当初は、変化したかどうかはっきり分からなかったけど、旅の間で大分わかるようになった……気がする。
……確実かどうかは、ちょっと自信ないけど。
「一度ロータリーに出て、裏門へ行くと分かると思います」
「分かりました」
丁寧に道順を教えてくれたので、笑顔で頷く。
ついでに、考えていたことを聞いてみようかな。
「戻って来たら、見学させて頂いても?」
レンさんは、一瞬止まった。
そして、少し考えてから、答える。
「お目にかけるほど、大したものでは」
ご謙遜をーっ‼︎
レンさん、そういう人だよね?
にこにこしながら顔を見つめると、やや視線を逸らしながら、
「興味が有るようでしたら、どうぞ」
と、許可をくれた。
わーい!
あとで見に来よう!
レンさんと別れると、言われた通り、一度ロータリーへ出て、門まで進む。
左手を見ると、聖騎士さんの寮と塀の間に、思っていたよりずっと広い通路があった。
塀沿いには、スミレのような小さなお花が咲いていて可愛いらしい。
でも、お花畑と言っていたから、これのことではないよね?
もう少し進んでみよう。
のんびり歩を進めるうちに、辺りはだいぶ明るくなって来た。
寮の中程まで進んで、はっと息を飲む。
あぁ。
ここのことだ!!
花畑と言っていたので、花壇のような物を想像していたのだけど、全く違った。
それは、まごう事なき、お花畑だった。
塀伝いに、寮の真北から西側一面、鮮やかな黄色で埋め尽くされている。
水仙の花だった。
誰かが植えたのが、増えてしまったのかしら?
それとも、誰かが少しづつ増やしているのかな?
しっかり手入れがされている様なので、後者かも知れない。
レンさんに聞けばわかるかな?
あまりの絶景に、テンションが上がる。
何より、この景色を見せてあげようと思ってくれた、その心遣いが嬉しい。
早起きは三文の徳。
本当よね。
朝からなんだか、とても幸福な気分だ。
良い一日になりそう!
スキップしたい気分で、右手に広がる水仙畑を見ながら、散歩を続けた。
◆
ぐるっと一周して、鍛錬場に戻って来ると、レンさんは、今度は走り込みをしていた。
準備にしっかり時間をかけている。
きっと怪我とか少ないんだろうな。
鍛錬場の周辺には、いくつか木製のベンチが置かれていたので、わたしは一番隅にあるものに座って、静かに見学させて頂くことにした。
先程、あの距離で、わたしが見ていることに気づいたくらいだから、きっと戻って来たことも、レンさんは気付いているだろうけど、見学すると言ってあるので、邪魔にはならないと思う。
前方向への走り込みが済むと、今度は後ろ方向。
部活動ってこんな感じかしら?
かっこいい先輩いると、つい眺めちゃうって、わかるわ!
「レン先輩、早いっすよ~!」
あ!
ラルフさんが来た。
寮から、小走りで出てくるラルフさん。
あ、寝癖が!
そんなところも、なんだかお茶目だ。
レンさんは、丁度逆走が終わったようで、立ち止まってラルフさんに挨拶している。
「おはよう。ゆっくり休めたか?」
「はい。お陰様で、あの後ゆっくり……って、そうじゃ無かった!昨日、夕飯の時、ニコさんから聞いたんすけど、あの後、書類仕事やらなんやら、全部終わらせたって、マジすか?」
「ああ。もう提出した」
「マジか。えっ、昨日午後休ですよね?」
「……そうだな。他に仕事が無かったから捗った」
「規定では、一週間以内の提出でいい書類ですよね?」
「神官長が可及的速かに、と言っていたから」
「その日のうちにやるなら、せめて声かけて下さいよ。オレ。明後日勤務の時に、手伝おうと思ってたのに」
「…………。それは悪かった」
「いや、先輩が謝るところじゃないと思うんですけど……むしろ」
「いや。今後、書類を任される事も有るだろうから、説明すべきだった。書類が戻って来たらやり方の説明をする」
「……そう言う意味で言ったんじゃ無いんすけど。……じゃあ。お願いします」
「ああ」
話の方向性が、若干噛み合って無いな~。
などと、眺めながら考える。
ラルフさんは、多分、レンさんのことを心配している。
本来分担すべき仕事を、一人で終わらせてしまったのね。
二人とも休みだったのに、レンさんだけに働かせてしまったことを、申し訳なく思っているのかもしれない。
レンさんは、昨日神官長に嫌味ったらしく言われていたから、文字通り、可及的速やかに(可能な限り速く)書類を出した。
ただ、それにより、後輩から『書類の作り方を習う機会』を奪ってしまった事を、悪かったと思っている。
お互いを思いやってのすれ違いだから、問題は無さそうだけど……。
「あれ~っ⁈ローズマリーさんがいる‼︎」
「ラルフさん、おはようございます!」
なんとなく声をかけそびれていたので、挨拶をする良い機会になった。
話も変わったし、少しだけひりついていた雰囲気もガラッと変わって、いつもの後輩キャラのラルフさんに戻った。
ラルフさん、切り替えが上手そうだから、大丈夫かな?
レンさんは、相変わらず、いつも通りの無表情。
ラルフさんは、こちらまで走ってくるようだ。
レンさんも、なんとなく歩いてついてきている。
「ローズマリーさん、おはようございます!早いですね‼︎ 見学ですか⁈」
「長いので、ローズでいいですよ?朝の散歩に出て、帰って来たので、見学させて頂いてました」
「そうでしたか~。早起きですね。って、え?ホントに?愛称で呼んでいいんですか?まじか~!」
「どうぞどうぞ」
嬉しそうに言ってくれると、なんだかこそばゆい。
でも、こっちも嬉しいので、笑いながら答える。
丁度レンさんが追いついて来たので、お花畑を教えてくれたお礼を言おうと、口を開きかけたけど、ラルフさんが話す方が、秒で早かった。
「レン先輩!ローズさんって呼んで良いらしいですよ!」
「……いや、私は」
一瞬、言葉に詰まるレンさん。
そう言えば、名前を呼ばれた記憶がない。
出来たら、そう呼んでくれれば嬉しいけど。
「是非。そう呼んでいただけたら、嬉しいです」
表情は変わらないけど、少しだけ、たじろいだ雰囲気が伝わって来た。迷惑だったかな。
レンさんは暫く沈黙した後、
「……はい」
やや俯き加減で目を伏せながら、いつもより気持ち小さな声で返事をくれた。
ラルフさんは、満足そうにレンさんを横目にみて、一度顔をこちらに戻した後、驚いたように再度レンさんを見た。
「……え?」
その後、じわじわと頬を緩め、レンさんの顔を覗き込む。
「先輩……もしかして、ちょっと照れてます?」
レンさんは、ラルフさんの顔を、手の甲で退けている。
じゃれあっているみたいで、ちょっとかわいいな。
「からかうな」
体の大きいラルフさんを、最後には両手で押しのけて、顔を背けると、レンさんは踵を返した。
一歩進み、俯きながらその場に一時停止。
一瞬考えるような間があり、
「戻ります」
顔だけ僅か振りむきながら、言うレンさん。
「あ、はい」
何だろう。
余計なことで悩ませてしまったかな?
ちょっと申し訳無かったな。
あ。
お礼言いそびれた!
「じゃ、ローズさん。また後で!っちょ。先輩まって!」
軽く頭を下げながら、ラルフさんは、足早に歩いて行くレンさんの後を、小走りで追った。
レンさんは、練習用の木剣をとりに行ったみたい。
さて。
そろそろ他の聖騎士さんたちも集まって来そうだし、わたしも聖堂の掃除に行かなくちゃ。
立ち上がって、お尻についた埃を払う。
明日も見にきてもいいかな?
お礼はその時にでも。
ハンカチも、洗って返さなきゃだし。
レンさんに目線を移すと、視線に気づいたのか、こちらを向いてくれた。
笑顔で頭を下げると、同じように挨拶を返してくれた。
表情はいつも通りだ。
ラルフさんが、ニコニコしながら手を振っているので、彼にも笑顔で頭を下げる。
それでは、少し早いけど聖堂に行こう。
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そんなことを考えながら、わたしはその場を後にした。
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魔物が棲む森に捨てられた私を拾ったのは、私を捨てた王子がいる国の騎士様だった件について。
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病院の帰り道、歩くのもやっとな状態の私、花宮 凛羽 21歳。
今にも倒れそうな体に鞭を打ち、家まで15分の道を歩いていた。
あぁ、タクシーにすればよかったと、後悔し始めた時。
「—っ⁉︎」
私の体は、眩い光に包まれた。
次に目覚めた時、そこは、
「どこ…、ここ……。」
何故かずぶ濡れな私と、きらびやかな人達がいる世界でした。