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第三章
『聖女』候補の顔合わせ
夕刻、新しく支給された服に袖を通す。
新しい服って、着ると気分が引き締まるよね!
服は、立ち襟の神官服のようなデザインで、下はロングスカート。
色は紺。
着る色は、階級によって変わるみたい。
ミゲルさんから頂いた資料に書いてあった。
金と紫は聖女様。
神官長と聖女候補は紺色。
聖騎士は、便宜上、この階級らしく、制服の色は紺色。
聖女直属の扱い、ということになるらしい。
例え実質、神官に顎で使われていたとしても!
白は、神官長補佐。
ミゲルさんやマルコさんは、この階級なのね。
神官長がいるのは中央聖堂だけで、各都市にある聖堂のトップは、この階級の人たちがなる。
一般の神官は、淡い灰色。
神官見習いは黒になるかと思いきや、濃い灰色なのですって。
何か理由がありそうだけど、おいおい学んでいけば良いかな?
定刻より少し早めに、身嗜みを整えて、女子寮の食堂へ。
朝と夜は、寮の食堂で毎日食事が頂ける。
昼は、仕事がある日は事務局にある食堂で、無い日は各自自由に、となっている。
寮のキッチンは、許可を取れば自由に使うことができるそう。
せっかくだから料理の勉強を本気で検討しようかな?
今度、使用人さんに、調理器具の使い方を聞いてみよう。
他にもわからないことが、いくつかある。
例えば、食材の調達とかは、どうするのかしら?
王都に買い物とか、行けるのかな?
作る余裕がない時に、すぐ食べられるようなものを買えるお店とか、近くにあるのかしら?
聖騎士や神官は、お休みが不定期らしいけど、聖女候補は基本、週の頭二日がお休み。
みんなで出かけたりとかも、しているのかな?
実はわたし、前世も今世も、一人でお店に行って、お買い物とか食事って、した経験がない。
そういうことも出来る様にならないと。
期待半分、不安半分。
色々分からないことが出てきたので、メモ書きしておこう。
後で女性神官さんやリリアさん、ミゲルさん、仲良くなれそうなら聖女候補の先輩に聞いてみなければ。
◆
食堂は一階。
今日は聖女候補と女性神官、女性の神官見習い全員が、一堂に集まるそう。
この食堂は、それなりの大きさがあるので、狭くは感じないけれど。
さて、現在の食堂。
来ている人は、まだそれほど多くない。
神官さんと見習いの方が、数人といったところかな?
食堂に入る時に会釈すると、にこやかに迎え入れてくれ、席を教えてくださった。
対応してくれたのは、高齢の女性神官さんで、カタリナさんと仰る方。
背が高く痩せていて、黒縁の細い眼鏡をかけている。
眼鏡のせいで、小さく見える瞳は灰色っぽく、ロマンスグレーの髪を、後ろで一纏めに束ねている。
とても親切に対応してくださったけど、何処と無く厳格な雰囲気。
女史って感じね。
お話しさせて頂くと、背筋が伸びる。
カッコいい女性だなぁ。
ちょっと憧れる。
教えて頂いたテーブルに向かうと、席に名札が付けられていたので、そこに座って待つことに。
今日はそれぞれ、役職ごとに席が分けられているみたい。
カタリナさんの説明によると、普段は決められた時間の範囲内であれば、いつ来ても良いし、座る場所も適当で良いらしい。
このカタリナさん。
神官歴も長そうだし、聖堂のあらゆることに精通していそう。
タイミングが合えば、色々教えて頂きたいな。
ちょっと近寄りがたい雰囲気を醸し出しているけど、わたしは結構好きなタイプだ。
定刻になると、食堂内は一気に賑やかになった。
続々と人が入ってきては、各々の席へ着席していく。
わたしの席の隣はリリアさんで、お向かいに三人、紺色の神官服の女性が座った。
聖女候補の先輩方だ。
とりあえず、顔を合わせた段階で、一度立ち上がり挨拶をした。先輩たちは座ったままだったけど、会釈してくれた。
うー。
緊張する!
全員が席に着くと、使用人の方が、テーブルに料理を用意してくれた。
宗教施設だから、肉類はでないのかな?
……何て思うのは、前世での常識のせいだったと気づいたよね。
並べられた料理は、定食風で、メインディッシュは、しっかりステーキだった。
『生き物に苦痛を与えて、それを食べるのは悪だ』という考え方は、この世界には存在しない。
動物が可哀想?
草や花、野菜だって生き物でしょう。
可哀想だと言うのなら、いっそ食べること自体をお辞めなさい。
頂く?
そうですか。
命を頂戴するのだから、残さず全部頂きなさい。
という、前世で言うところのヴィーガン真っ青な教えが、まかり通っている。
ついでに、生臭は不浄という考え方も無い。
でも、魔物(獣型)は不浄だから食べちゃダメ!なのだそうだ。
あまり見かける機会も無いので、一生食べることは無いと思うけど。
カタリナさんが立ち上がり、挨拶をしたので、そちらへ目線を送る。
やはりと言うべきか、女性神官のトップはカタリナさんだった。
「本日より新しく加わる、聖女候補の方をご紹介致します」
目線を向けられたので、立ち上がり、一礼する。
カーテシーと言われる淑女の礼ではなく、いわゆるお辞儀の方。
「ローズマリーです。今日からお世話になります」
皆さんが拍手をしてくれたので、微笑んで、もう一度頭を下げる。
その後、カタリナさんが座るよう勧めてくれたので、腰を下ろした。
「皆さん。親切にしてあげてください。では神の恵みに感謝を」
全員目を閉じ、胸の前で手を組んで、今日の恵みを女神に感謝する。
祈る時って、なんとなく、こういう動作になるのかな?
ここは、この世界も、それほど変わらない。
カタリナさんが席に座り、食事が始まった。
さて。
食事が始まったからと言って、いきなり食べ始められるほど、わたしは図太くできていない。
目の前に座る、初対面の御令嬢三人の様子を、伏し目がちに探っていると、
「緊張なさらず、召し上がって?私たちも、食事を頂きながら自己紹介させて頂きますわ」
三人の中央に座る候補の女性が話し始めることにより、場の空気は少しだけ和らいだ。
スラリとした痩身で、亜麻色のゆるいウェーブがかかった長い髪に、ディープブルーの瞳。
そして、口調から察するに、おそらく貴族の御令嬢。
「はい!お気遣い頂き嬉しいです」
笑顔でお礼を言うと、彼女は余裕のある笑みを浮かべた。
「よろしくてよ。私は、プリシラ=オルセーですわ。宜しく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
オルセー様。
由緒正しき伯爵様のお名前だわ。
歴史が古く、高名な伯爵。
ただ、最近、経済状況が思わしく無いという、ややナーバスな噂も耳にする。
家柄については、本人から言われない限り、話題に出さない方が良さそうね。
「私はマデリーンよ」
次に自己紹介してくれたのは、プリシラさんの右隣に座る女性。
やや赤みのある鳶色の髪は、セミロング。
つぶらな瞳の色も似たような色合い。
体型がふくよかで、話し方もゆっくりで、何処かおっとりとした印象。
「リッチ財団の娘さんですのよ」
プリシラさんが、補足してくれた。
リッチ財団は、地方都市と王都を繋ぐ物流で財をなした財団で、王国屈指の大商人。
「そうなんですか。よろしくお願いします」
「困ったことがあったら言ってね?」
「はい。ありがとうございます」
生まれながらのお金持ちって、こんなにも穏やかな感じなのね。
ほわほわしていて、話しかけやすそう。
ここで、何故か会話が一度途切れた。
もう1人の女性をみると、どこかおどおどとして、小さくなっている。
「タチアナさん?あなたの番ですわよ?」
呆れた顔で言うプリシラさん。
うん。
力関係を理解したわ。
「……タチアナ=ライトです。よろしく」
ぼそぼそと、小さな声で呟くタチアナさん。
「よろしくお願いします」
可能な限り、人好きのする笑顔を向けてみる。
怖く無いですよ~。
大丈夫!
タチアナさんは、少し表情を綻ばせてくれた。
良かった。
彼女は、濃茶色の髪を後ろで束ねている。
瞳の色も深い茶色で、頬にそばかす。
そばかす仲間だわ。
身長は小柄で、わたしよりも小さいかも?
全員の紹介が済むと、プリシラさんが会話を引き取った。
「私たちは、聖女候補。同胞であるけれども、ライバルですわ。だから、馴れ合いは致しませんことよ」
ビシッと人差し指を立てて、仰った。
「でも、先輩でもあるから、何でも聞いていただいて結構ですわ」
「よろしくお願いします」
「では、美味しく頂きましょう」
そんなわけで、ようやく食事ですよ!
お昼を抜いたから、お腹すいたー!
「マリーさん。あの後、お昼食べたの?夕食に差し支えそう」
となりで、既に半分食べ終わっているリリアさんが、尋ねてきた。
あの状況で、しっかり食べてたのね?
その、神経の図太さ。
侮れないわ!
「実は、あの後寝てしまって。食べていないから大丈夫よ。とても美味しいわ」
コーンスープを飲みこんでから答えると、周りの空気が凍る。
え?
何か不味いこと言っちゃったかしら。
「昼食が出なかったと、言うことですの?」
プリシラさんの言葉は、氷にように冷たい。
それを聞いて、食堂内の空気が凍る。
「配膳を担当したのはだれ?」
カタリナさんが立ち上がった。
先程は穏やかだった声が、厳しいものに変わる。
カタカタと、椅子ごと全身を震わせている少女に視線が集まる。
「ヨハンナ」
「すみません!すみません!!」
まだ成人していないだろう少女が、震えながら立ち上がり、カタリナさんに向かって謝罪を始めた。
顔色は真っ青で目線も定まらず、目元は涙が膜を張っている。
思ったより大事になってしまった。
迂闊なことを口にしてしまったことを悔いる。
「あ、すみません!彼女は持ってきてくれていたと思います」
差し出がましいとは思ったけど、口を挟む。
今にも気絶してしまいそうなほど、少女は怯えていた。
「わたしが寝ていて、気付かなかったのだと思います。少し疲れていたので、深く入ってしまっていたのかも!」
これは嘘。
確かに仕事を怠ったことを叱られるのは当然ではあるけれど、時間を考えれば、彼女だけに非がある訳ではない。
どっちかと言うと、悪いのは神官ちょ……こほん。
「本当ですか?ヨハンナ」
カタリナさんの声は、まだ厳しい。
ヨハンナは、ただ震えるだけで、意識が朦朧としている感じだ。
これ以上責めたら、泡を拭いて倒れてしまいそう。
カタリナさんも分かっているのか、追求はそこで終わった。
「ローズマリーさんに、後でお詫びをしておくように。掛けなさい」
「……はい」
放心状態で、ヨハンナは椅子に掛けた。
思った以上に、職務の不備には厳しいのかもしれない。
わたしも気をつけよう。
その後も、なんとなくピリピリした空気で、その晩の食事は終わった。
席を立つ直前、プリシラ様がわたしに目線をむけた。
「甘やかすのは良くなくてよ。立場を忘れ、直ぐにつけ上がるのですから」
「肝に命じます」
『立場を忘れ、つけあがる』と言うのは、よく分からないけど、『一人に甘くすると集団全体の規律が乱れる』ということは理解出来る。
真摯な視線をプリシラさんへ向けて、頭を下げると、彼女は『わかればいいのですわ』と口に笑みを浮かべた。
流石は伯爵令嬢だわ。
わたしも、広い視野を持てるよう注意しよう。
さて、使った食器を食器返却台へ運んだら、次はお風呂かな。
通路へ出ると、
「ローズマリーさまぁ!」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、先程の少女。
ええと。
ヨハンナ?
慌ててこちらにかけよろうとして、何も無いところで躓き、顔からべしょっと転んだ。
……ドジっ子なの?
「大丈夫?」
顔を抑えてしゃがみ込んでいる少女の元へいき、顔の様子を見る。
おでこが赤くなって腫れている。
少しこぶになっているかな?
「夜、吐き気がしたら、念のため医務室に行ったほうがいいわ」
痛くないよう、そっとおでこを撫でてあげると、ヨハンナは顔を赤面させて、目に一杯涙を溜めながら、こくこくと頷いた。
うん。
良い子。
わたしが立ち上がっても、しばらくわたしが撫でたあたりを、自分でナデナデしている。
まだ十歳くらいかしら?
栗色の髪を耳の下で二つに束ねている。
大きな黒っぽい瞳が可愛らしい。
こんなに小さいうちから働いているなんて、大変だなぁ。
「それではね?」
わたしが言うと、ヨハンナはビクっ!として立ち上がり、
「待ってください!お昼の、はいぜんっ!すいませんでした!!」
深く深く頭を下げる。
ああ。
お詫びに来てくれたのね。
肩を震わせ、頭を下げ続ける少女を、とても愛おしく感じる。
「今回のことは、気にしなくていいわ。時間が時間だったものね」
わたしは、微笑みながらヨハンナの頭を撫でた。
「『重要なのは、同じミスを繰り返さないこと』と、いつも母がわたしに言うのよ。頭をあげて?」
ヨハンナは、顔を上げてわたしをみる。
「わたしも、来たばかりでわからないことだらけなの。色々教えてね?」
ヨハンナはコクコクと頷いた。
「差し当たり、お風呂について教えて欲しいのだけど……」
冗談っぽく言うと、ヨハンナは、にっこり笑って大きく頷いてくれた。
「はい!後でお部屋へ迎えにいきますね!」
その日は、ヨハンナと一緒にお風呂に行って、ゆっくり温泉を堪能したのでした。
はぁ。
ごくらく極楽。
温泉最高!
新しい服って、着ると気分が引き締まるよね!
服は、立ち襟の神官服のようなデザインで、下はロングスカート。
色は紺。
着る色は、階級によって変わるみたい。
ミゲルさんから頂いた資料に書いてあった。
金と紫は聖女様。
神官長と聖女候補は紺色。
聖騎士は、便宜上、この階級らしく、制服の色は紺色。
聖女直属の扱い、ということになるらしい。
例え実質、神官に顎で使われていたとしても!
白は、神官長補佐。
ミゲルさんやマルコさんは、この階級なのね。
神官長がいるのは中央聖堂だけで、各都市にある聖堂のトップは、この階級の人たちがなる。
一般の神官は、淡い灰色。
神官見習いは黒になるかと思いきや、濃い灰色なのですって。
何か理由がありそうだけど、おいおい学んでいけば良いかな?
定刻より少し早めに、身嗜みを整えて、女子寮の食堂へ。
朝と夜は、寮の食堂で毎日食事が頂ける。
昼は、仕事がある日は事務局にある食堂で、無い日は各自自由に、となっている。
寮のキッチンは、許可を取れば自由に使うことができるそう。
せっかくだから料理の勉強を本気で検討しようかな?
今度、使用人さんに、調理器具の使い方を聞いてみよう。
他にもわからないことが、いくつかある。
例えば、食材の調達とかは、どうするのかしら?
王都に買い物とか、行けるのかな?
作る余裕がない時に、すぐ食べられるようなものを買えるお店とか、近くにあるのかしら?
聖騎士や神官は、お休みが不定期らしいけど、聖女候補は基本、週の頭二日がお休み。
みんなで出かけたりとかも、しているのかな?
実はわたし、前世も今世も、一人でお店に行って、お買い物とか食事って、した経験がない。
そういうことも出来る様にならないと。
期待半分、不安半分。
色々分からないことが出てきたので、メモ書きしておこう。
後で女性神官さんやリリアさん、ミゲルさん、仲良くなれそうなら聖女候補の先輩に聞いてみなければ。
◆
食堂は一階。
今日は聖女候補と女性神官、女性の神官見習い全員が、一堂に集まるそう。
この食堂は、それなりの大きさがあるので、狭くは感じないけれど。
さて、現在の食堂。
来ている人は、まだそれほど多くない。
神官さんと見習いの方が、数人といったところかな?
食堂に入る時に会釈すると、にこやかに迎え入れてくれ、席を教えてくださった。
対応してくれたのは、高齢の女性神官さんで、カタリナさんと仰る方。
背が高く痩せていて、黒縁の細い眼鏡をかけている。
眼鏡のせいで、小さく見える瞳は灰色っぽく、ロマンスグレーの髪を、後ろで一纏めに束ねている。
とても親切に対応してくださったけど、何処と無く厳格な雰囲気。
女史って感じね。
お話しさせて頂くと、背筋が伸びる。
カッコいい女性だなぁ。
ちょっと憧れる。
教えて頂いたテーブルに向かうと、席に名札が付けられていたので、そこに座って待つことに。
今日はそれぞれ、役職ごとに席が分けられているみたい。
カタリナさんの説明によると、普段は決められた時間の範囲内であれば、いつ来ても良いし、座る場所も適当で良いらしい。
このカタリナさん。
神官歴も長そうだし、聖堂のあらゆることに精通していそう。
タイミングが合えば、色々教えて頂きたいな。
ちょっと近寄りがたい雰囲気を醸し出しているけど、わたしは結構好きなタイプだ。
定刻になると、食堂内は一気に賑やかになった。
続々と人が入ってきては、各々の席へ着席していく。
わたしの席の隣はリリアさんで、お向かいに三人、紺色の神官服の女性が座った。
聖女候補の先輩方だ。
とりあえず、顔を合わせた段階で、一度立ち上がり挨拶をした。先輩たちは座ったままだったけど、会釈してくれた。
うー。
緊張する!
全員が席に着くと、使用人の方が、テーブルに料理を用意してくれた。
宗教施設だから、肉類はでないのかな?
……何て思うのは、前世での常識のせいだったと気づいたよね。
並べられた料理は、定食風で、メインディッシュは、しっかりステーキだった。
『生き物に苦痛を与えて、それを食べるのは悪だ』という考え方は、この世界には存在しない。
動物が可哀想?
草や花、野菜だって生き物でしょう。
可哀想だと言うのなら、いっそ食べること自体をお辞めなさい。
頂く?
そうですか。
命を頂戴するのだから、残さず全部頂きなさい。
という、前世で言うところのヴィーガン真っ青な教えが、まかり通っている。
ついでに、生臭は不浄という考え方も無い。
でも、魔物(獣型)は不浄だから食べちゃダメ!なのだそうだ。
あまり見かける機会も無いので、一生食べることは無いと思うけど。
カタリナさんが立ち上がり、挨拶をしたので、そちらへ目線を送る。
やはりと言うべきか、女性神官のトップはカタリナさんだった。
「本日より新しく加わる、聖女候補の方をご紹介致します」
目線を向けられたので、立ち上がり、一礼する。
カーテシーと言われる淑女の礼ではなく、いわゆるお辞儀の方。
「ローズマリーです。今日からお世話になります」
皆さんが拍手をしてくれたので、微笑んで、もう一度頭を下げる。
その後、カタリナさんが座るよう勧めてくれたので、腰を下ろした。
「皆さん。親切にしてあげてください。では神の恵みに感謝を」
全員目を閉じ、胸の前で手を組んで、今日の恵みを女神に感謝する。
祈る時って、なんとなく、こういう動作になるのかな?
ここは、この世界も、それほど変わらない。
カタリナさんが席に座り、食事が始まった。
さて。
食事が始まったからと言って、いきなり食べ始められるほど、わたしは図太くできていない。
目の前に座る、初対面の御令嬢三人の様子を、伏し目がちに探っていると、
「緊張なさらず、召し上がって?私たちも、食事を頂きながら自己紹介させて頂きますわ」
三人の中央に座る候補の女性が話し始めることにより、場の空気は少しだけ和らいだ。
スラリとした痩身で、亜麻色のゆるいウェーブがかかった長い髪に、ディープブルーの瞳。
そして、口調から察するに、おそらく貴族の御令嬢。
「はい!お気遣い頂き嬉しいです」
笑顔でお礼を言うと、彼女は余裕のある笑みを浮かべた。
「よろしくてよ。私は、プリシラ=オルセーですわ。宜しく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
オルセー様。
由緒正しき伯爵様のお名前だわ。
歴史が古く、高名な伯爵。
ただ、最近、経済状況が思わしく無いという、ややナーバスな噂も耳にする。
家柄については、本人から言われない限り、話題に出さない方が良さそうね。
「私はマデリーンよ」
次に自己紹介してくれたのは、プリシラさんの右隣に座る女性。
やや赤みのある鳶色の髪は、セミロング。
つぶらな瞳の色も似たような色合い。
体型がふくよかで、話し方もゆっくりで、何処かおっとりとした印象。
「リッチ財団の娘さんですのよ」
プリシラさんが、補足してくれた。
リッチ財団は、地方都市と王都を繋ぐ物流で財をなした財団で、王国屈指の大商人。
「そうなんですか。よろしくお願いします」
「困ったことがあったら言ってね?」
「はい。ありがとうございます」
生まれながらのお金持ちって、こんなにも穏やかな感じなのね。
ほわほわしていて、話しかけやすそう。
ここで、何故か会話が一度途切れた。
もう1人の女性をみると、どこかおどおどとして、小さくなっている。
「タチアナさん?あなたの番ですわよ?」
呆れた顔で言うプリシラさん。
うん。
力関係を理解したわ。
「……タチアナ=ライトです。よろしく」
ぼそぼそと、小さな声で呟くタチアナさん。
「よろしくお願いします」
可能な限り、人好きのする笑顔を向けてみる。
怖く無いですよ~。
大丈夫!
タチアナさんは、少し表情を綻ばせてくれた。
良かった。
彼女は、濃茶色の髪を後ろで束ねている。
瞳の色も深い茶色で、頬にそばかす。
そばかす仲間だわ。
身長は小柄で、わたしよりも小さいかも?
全員の紹介が済むと、プリシラさんが会話を引き取った。
「私たちは、聖女候補。同胞であるけれども、ライバルですわ。だから、馴れ合いは致しませんことよ」
ビシッと人差し指を立てて、仰った。
「でも、先輩でもあるから、何でも聞いていただいて結構ですわ」
「よろしくお願いします」
「では、美味しく頂きましょう」
そんなわけで、ようやく食事ですよ!
お昼を抜いたから、お腹すいたー!
「マリーさん。あの後、お昼食べたの?夕食に差し支えそう」
となりで、既に半分食べ終わっているリリアさんが、尋ねてきた。
あの状況で、しっかり食べてたのね?
その、神経の図太さ。
侮れないわ!
「実は、あの後寝てしまって。食べていないから大丈夫よ。とても美味しいわ」
コーンスープを飲みこんでから答えると、周りの空気が凍る。
え?
何か不味いこと言っちゃったかしら。
「昼食が出なかったと、言うことですの?」
プリシラさんの言葉は、氷にように冷たい。
それを聞いて、食堂内の空気が凍る。
「配膳を担当したのはだれ?」
カタリナさんが立ち上がった。
先程は穏やかだった声が、厳しいものに変わる。
カタカタと、椅子ごと全身を震わせている少女に視線が集まる。
「ヨハンナ」
「すみません!すみません!!」
まだ成人していないだろう少女が、震えながら立ち上がり、カタリナさんに向かって謝罪を始めた。
顔色は真っ青で目線も定まらず、目元は涙が膜を張っている。
思ったより大事になってしまった。
迂闊なことを口にしてしまったことを悔いる。
「あ、すみません!彼女は持ってきてくれていたと思います」
差し出がましいとは思ったけど、口を挟む。
今にも気絶してしまいそうなほど、少女は怯えていた。
「わたしが寝ていて、気付かなかったのだと思います。少し疲れていたので、深く入ってしまっていたのかも!」
これは嘘。
確かに仕事を怠ったことを叱られるのは当然ではあるけれど、時間を考えれば、彼女だけに非がある訳ではない。
どっちかと言うと、悪いのは神官ちょ……こほん。
「本当ですか?ヨハンナ」
カタリナさんの声は、まだ厳しい。
ヨハンナは、ただ震えるだけで、意識が朦朧としている感じだ。
これ以上責めたら、泡を拭いて倒れてしまいそう。
カタリナさんも分かっているのか、追求はそこで終わった。
「ローズマリーさんに、後でお詫びをしておくように。掛けなさい」
「……はい」
放心状態で、ヨハンナは椅子に掛けた。
思った以上に、職務の不備には厳しいのかもしれない。
わたしも気をつけよう。
その後も、なんとなくピリピリした空気で、その晩の食事は終わった。
席を立つ直前、プリシラ様がわたしに目線をむけた。
「甘やかすのは良くなくてよ。立場を忘れ、直ぐにつけ上がるのですから」
「肝に命じます」
『立場を忘れ、つけあがる』と言うのは、よく分からないけど、『一人に甘くすると集団全体の規律が乱れる』ということは理解出来る。
真摯な視線をプリシラさんへ向けて、頭を下げると、彼女は『わかればいいのですわ』と口に笑みを浮かべた。
流石は伯爵令嬢だわ。
わたしも、広い視野を持てるよう注意しよう。
さて、使った食器を食器返却台へ運んだら、次はお風呂かな。
通路へ出ると、
「ローズマリーさまぁ!」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、先程の少女。
ええと。
ヨハンナ?
慌ててこちらにかけよろうとして、何も無いところで躓き、顔からべしょっと転んだ。
……ドジっ子なの?
「大丈夫?」
顔を抑えてしゃがみ込んでいる少女の元へいき、顔の様子を見る。
おでこが赤くなって腫れている。
少しこぶになっているかな?
「夜、吐き気がしたら、念のため医務室に行ったほうがいいわ」
痛くないよう、そっとおでこを撫でてあげると、ヨハンナは顔を赤面させて、目に一杯涙を溜めながら、こくこくと頷いた。
うん。
良い子。
わたしが立ち上がっても、しばらくわたしが撫でたあたりを、自分でナデナデしている。
まだ十歳くらいかしら?
栗色の髪を耳の下で二つに束ねている。
大きな黒っぽい瞳が可愛らしい。
こんなに小さいうちから働いているなんて、大変だなぁ。
「それではね?」
わたしが言うと、ヨハンナはビクっ!として立ち上がり、
「待ってください!お昼の、はいぜんっ!すいませんでした!!」
深く深く頭を下げる。
ああ。
お詫びに来てくれたのね。
肩を震わせ、頭を下げ続ける少女を、とても愛おしく感じる。
「今回のことは、気にしなくていいわ。時間が時間だったものね」
わたしは、微笑みながらヨハンナの頭を撫でた。
「『重要なのは、同じミスを繰り返さないこと』と、いつも母がわたしに言うのよ。頭をあげて?」
ヨハンナは、顔を上げてわたしをみる。
「わたしも、来たばかりでわからないことだらけなの。色々教えてね?」
ヨハンナはコクコクと頷いた。
「差し当たり、お風呂について教えて欲しいのだけど……」
冗談っぽく言うと、ヨハンナは、にっこり笑って大きく頷いてくれた。
「はい!後でお部屋へ迎えにいきますね!」
その日は、ヨハンナと一緒にお風呂に行って、ゆっくり温泉を堪能したのでした。
はぁ。
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しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
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スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
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スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜
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タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。
アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。
前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。
一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。
そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。
砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。
彼女の名はミリア・タリム
子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」
542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才
そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。
このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。
他サイトに掲載したものと同じ内容となります。
【完結】偽物聖女として追放される予定ですが、続編の知識を活かして仕返しします
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【 お知らせ 】
先日、近況ボードにも
お知らせしました通り
2026年4月に
完結済みのお話の多数を
一旦closeいたします。
誤字脱字などを修正して
再掲載をするつもりですが
再掲載しない作品もあります。
再掲載の時期は決まっておりません。
表現の変更などもあり得ます。
他の作品も同様です。
ご了承いただけますようお願いいたします。
ユユ
【 お話の内容紹介 】
聖女と認定され 王子妃になったのに
11年後、もう一人 聖女認定された。
王子は同じ聖女なら美人がいいと
元の聖女を偽物として追放した。
後に二人に天罰が降る。
これが この体に入る前の世界で読んだ
Web小説の本編。
だけど、読者からの激しいクレームに遭い
救済続編が書かれた。
その激しいクレームを入れた
読者の一人が私だった。
異世界の追放予定の聖女の中に
入り込んだ私は小説の知識を
活用して対策をした。
大人しく追放なんてさせない!
* 作り話です。
* 長くはしないつもりなのでサクサクいきます。
* 短編にしましたが、うっかり長くなったらごめんなさい。
* 掲載は3日に一度。