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第六章
いや……それ、犯罪じゃない?
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喫茶店の中は、それなりにお客さんがいて、控えめではあるけど各々会話をしているから、わたしたちが沈黙していても不自然には思われない……と思う。
それを良いことに、わたしたちはパテーションで隔てられた横の席の会話に聞き耳を立てていた。
いえあの。相手が、色々と敏感なレンさんなわけで、声を聞かれたら気付かれるだろうしね?
二人が席についてから程なくして、店員さんがオーダーをとりにやってくる。
因みに、レンさんは紅茶のみ。マヤ先生はトーストセットを注文したみたい。
「何だ。何も食べないのか?」
「長居する予定がありません」
「ふむ。つまり、あれか? 食事は早々に済ませて、すぐにでも宿に連れ込みたい腹か? なら、アタシも急ぐとしよう」
吐息混じりに囁かれた、マヤ先生のセリフ。
って!宿?……宿って?
つつつ連れ込む?
~~~っっっ⁈⁈
わたしの目の前に座っていたジャンカルロさんは、顔をぶわっと紅潮させて、そわそわと視線を泳がせ始めた。
かく言うわたしも、多分似たような状況。
ラルフさんだけは、目を僅か細めたものの、徐にテーブルに置かれたパンを手に取って食べ始めた。
え。なんで? 何で冷静なの?
あ、もしかして、興味より食欲が勝った?
隣の席は、数秒間の沈黙。直後、レンさんが深く長いため息をついた。
これには、さすがのラルフさんも驚いたのか、視線だけで振りかえる。
ですよね。わたしも耳を疑ったわ。
だって、レンさんって人前で ため息とかほぼつかない。
それだけ、マヤ先生に気を許しているということ?
わたしは、眉を寄せる。
いえ……それは、どうかしら。
先ほどから聞こえるレンさんの声音は、普段の穏やかな印象とは全然違う。
スティーブン様と喧嘩問答みたいなことをしていた時ですら、声音は幾分優しかったのに……。
ここで聞いた彼の声は、どこか硬質で冷たさすら感じられる。
「……相変わらずのようで」
「アタシが? ふふっ。まぁな。どれ。折角の再会だ。挨拶代わりに、ちょっと味見でも……」
ぎしっと椅子が軋む音がした。
まって?
専門学校での、あわやのキスシーンを思い出し、思わず立ち上がりそうになったところ、ラルフさんが すかさず手を掲げて制止した。
そうだ。
今、ここで飛び出したら、鉢合わせたのは偶然にしても、聞き耳立てていたのがバレるわけで……。
「んっ……んむっ?」
「……やめてください」
「お?また寸止めか。焦らすなよ。今は、職務中じゃないだろ?」
「用があったのでしょう?……用件を伺います」
どうやら、前回と同様、レンさんが止めたみたい。
わたしは胸を撫で下ろす。
「あー。ま、前回も言ったけど、アンタどうせまだ、聖堂で酷い扱い受けてるでしょ? 」
「いいえ」
「嘘言うなよ。同じ聖堂孤児院で暮らしていても、アタシたち魔力持ち組は、他の奴らの使用人扱いだった。 神官の態度も全然違った。今更扱いが変わるとは思えないな」
「その後、随分改善しています」
「どうだか? 」
マヤ先生の発言は、わたしにも思い当たる節があった。
毎日午後、孤児院の子どもたちと外で遊ぶ時間があるのだけど、あの時、数人の子たちが院内の掃除にあたっているのよね。
しかも、その顔ぶれは常に固定。
つまり、あの子達は魔力もちの子なのでは?
それに、聖騎士職の面倒な仕事は、やたらレンさんに回されているイメージがある……。
「ね。辛い思いしてそこにいるより、アタシが養ってあげるからウチ来ない? 」
「貴女にそこまでして頂く謂れがないです」
「何言ってんの。アタシら、家族じゃん?」
「……カゾク」
本来温かみのあるその言葉は、氷点下の冷たい響きをまとって、レンさんの口から発せられた。
背筋に冷たいものが走った気がして、前にいる二人の様子を伺い見ると、わたしと同様に固まっていた。
「ただ、魔力補給要員として、利用したいだけでは? あの頃のように」
「利用だなんて、人聞き悪いな。相互互助ってやつだろ? 支え合いだ。家族なんだから。そもそも、アンタにはプラスしかないじゃないか。魔力の余剰分をアタシらに分け与えるだけで、アタシらの体を思いのままにさせてやるんだ」
「そんなこと、私は望んでない」
沈黙が落ちてしばし、ゆっくり息を吸うと、レンさんは続けた。
「木から落ちたアンジェリカ様を助けるため、咄嗟に魔導を使い、魔力切れを起こした私は、数日間生死を彷徨った。あの時、貴女方が魔力を分けてくれたことは、本当に感謝しています」
「そうだろう。お互い様だ」
「ですが、その後『家族』という言葉を用いて、それに憧れていた私に 魔力の譲渡を強いた。その上、何も知らなかった私を、魔力過多による興奮を発散するためのはけ口にした」
「それこそプラスだっただろう?おかげで男になれた」
「…………そんなこと、望んでいないと言いました。そもそも、ダニエルはどうしたんです? ギルは? 家族関係と称した魔力の譲り渡しを、率先して行なっていたのは あの二人でしょう?」
「アイツらは裏切った。王宮魔導士になっって数年、同僚の強い女に鞍替えしやがった。供給してもらってた側のケイシーやソフィーを切り捨てて。あの二人は今年の査定で魔力不足なら、王宮魔導士をクビになるかもしれない。だから、協力して欲しい」
「…………」
「ってのもあるが、何より、アタシがアンタを側におきたい。気に入ってるんだよ」
「貴女方が専門に入った後、聖堂に苦情が入りました。魔力が基準に達していない者が入学していると。その時調書を取られ、問題になりました」
「あー」
「それを知り、ミゲルさんは私を抱きしめて泣きました。そこからエンリケ様の過保護が増しましたし……あの行為は家族だとかそういったものではない。異常だと、そこで初めて知りました」
「別に、生物としては間違ってない。自然の営みだろ?それより、そいつらこそ、よっぽど信用できない。実際はアンタを監視してんだぜ?」
「分かっています。それでも。貴女の元へは行きません。聖堂には恩義もありますし、守りたいと思える人も出来ました。私は聖堂に残ります」
「守りたい人? アンジェリカか?」
「…………違います」
「ふーん。……なら良い。
じゃ、もう近寄らないと誓うから……最後に一度で良い。キスして?」
それまでの何処か雑な口調と違って、真剣な声音だった。
キス、するのかな?
ここまで求められたら、悪い気はしないのかもしれない。情もあるだろうし。
そう思った時、すっと息を吸う音がして、レンさんはキッパリ答えた。
「お断りします」
「そうか。分かった」
どこか晴れ晴れとした声で、マヤ先生は答えた。
「あー。何かスッキリした。呪縛から解き放たれた感じする。アタシも魔力譲渡断ろう。
じゃ、これで帰るわ。トーストセット来たら食べといて。これ、金」
「いえ、私が」
「最後くらい、格好つけさせろい。そうそう。他はどうあれ、アンタが学校に来るの待ってたのは本当だし、アタシはアンタのこと好きだったぜ?」
そういって、マヤ先生はヒールを鳴らして店をでていく。
なんか。何といったら良いのか。
状況が上手く飲み込めなくて呆然としていたら、ラルフさんがダンっと机を叩いて立ち上がった。
えぇ? まって、ばれ……ばれちゃうから。
「いやいやいや。朝、ちらっと話聞いた時から、嫌な感じはしてたけど、男女逆で考えてみろよ。それ、犯罪だろ!」
そう一声あげて、ラルフさんは隣の席へ突入して行ってしまった。えぇ~?
いやまぁ、でも。確かに。
そういった事件の場合、男性側は被害者認定されにくい。
気まずい思いで、それでも突進していったラルフさんを追ってレンさんの元へ行くと、彼は驚いたように目を見開いた。
そしてすぐ、困ったように眉を寄せる。
「まさかこちらにいらっしゃるとは思わず、ご不快なことを聞かせてしまいました。すみません」
「そんなこと、ないです」
わたしに言えたのはそれだけで、やって来たお店の人に席を纏めてもらったけど、わたしたちは終始無言で食事を終えた。
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