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27話 背中押す暖かな力
しおりを挟む声に導かれて、手を引かれてやってきたのは本当になにもない真っ白な場所。
あれ……。私、さっきまでノルくんたちと一緒にラクシャサと戦って、それで……。
あ!! 私を庇ったグラさんが斬られて。そのあと、私も──
「ああああああ、もう!!」
──ラクシャサに斬られそうになって、そのままノルくんの死亡フラグを折るの諦めちゃってんじゃん!!
それじゃ、ここまでやってきたことが全部無駄になっちゃう! そんなの、絶対駄目!
なんで気が抜けちゃったんだろう、私の馬鹿!
今すぐあそこに戻らなくちゃ。戦う人がひとりでも抜けたら一気に戦況がひっくり返っちゃう。
みんなで繋いできた努力が、全部水の泡に──
「あ、あれ?」
走り出して、私の首になにかがかかってることに気がついた。
この感覚、なんだか懐かしいような、気が重いような。
──すごく、嫌な予感がする。
「わっ!?」
同時、嫌になるほど強い光が空を照らした。
それはまるで、朝の弱い私をあざ笑うようにぎらぎらと照りつける太陽みたいで。
陽光を遮るために手をかざし、下を向かされた。
やっとの思いで薄く開いた目に映ったものは、使い込まれた青のネックストラップだった。
その先にくっついた、これまた使い込まれたパスケース。
中におさまってたのは、現実世界での自分を証明する数少ない品。
冴えない顔で、覇気のない目で。
社員証に映った本当の私──小宅愛衣がこちらを見てきた。
私の姿も、よく見ればあのローブ姿じゃなくなってた。
身に纏ってるのは、毎朝のように陰鬱な気持ちと一緒に袖を通してきたグレーのスーツ。
買い替えよう、と思って結局何か月も履き続けたパンプス。
どれもこれも、現実世界で私を縛るものたちだった。
と、いうことは。
顔までは見えないけど多分、今の私はこの社員証と同じ冴えない顔に戻ってるんだと思う。
全く意識してなかったけど、私の体、ヒイロちゃんのものじゃなくなってるんだ。
あー……そういうことかな。
私の役目はここでおしまい。
ヒイロちゃんに体を返して、ちゃんと在るべき姿に戻る。
やっぱり、私には荷が重かったのかな……。
「コヤケさん、こっちこっち」
私がこの真っ白な空間にやってきたときと同じ。
澄んだ、それでいてよく通る声に呼ばれて、振り返る。
そこにいたのは、小柄な体にローブを纏った、腰まで伸びるふわふわの赤髪の女の子。
くりくりの赤い目で、私のことを見つめていた。
「あ、あぁ……」
ヒイロ=イノセンスちゃん。
私がこの世界に来て、体を奪ってしまった女の子。
本来、あんきもの世界を生きて、あんきもの一員としてダンジョン攻略をしていたはずの子。
「ヒイロちゃん、ごめん……私……!」
ダメだ、ごめんね。一気に色んなものがこみ上げてきた。
もう、自分でもどうしたらいいのかわからなくて。
気がついたとき、私はヒイロちゃんにすがりついてた。
あの場にいたのが、私じゃなくてヒイロちゃんだったら。
グラさんは、あんな事にならずに済んだはず。
ノルくんに、あんな顔をさせずに済んだはず。
「ノルくんのことを守るって言ったのに……! なにもできなかった……!」
最初、この世界に来たとき。
私は、ノルくんの死亡フラグを絶対にへし折るって決めた。
大したことはできなかったけど、私なりに動いてきたつもりだった。
あのユナイトダンジョンで、絶対に決着をつけるって覚悟までしたのに。
あともう少し。
ノルくんが笑って生きている世界に、この手が届きそうだったのに。
今の私がしてることといったら、自分よりもずっと小柄な女の子にすがって、泣きついてるだけ。
顔なんて見れない。申し訳なくて、伏せた顔が上げられない。
……ほんと、こんなにかっこ悪いことってないよね。
「そんなことない。そんなことないよ」
だけど、そんな私にヒイロちゃんがくれた言葉は、一切の迷いがないものだった。
もっとその声が聞きたくて、どんな表情を私に向けてるのか知りたくて。
顔を上げて、視線を合わせる。
涙が溢れ、落ちた化粧のせいでぐちゃぐちゃになったはずの顔を見ても、ヒイロちゃんはいつもアニメで見てきたあの笑顔で私を見つめてくれた。
その目はどこまでも輝いて、本当に眩しかった。
「だって、コヤケさんの世界ならそもそも、ノーブルは命を落としたんでしょ? でも、今は生きてる。グラフィスだって。あの人も、不器用だけど自分の意思で動いたんなら、本当にやりたいことだったと思うよ」
確かに、そうかもしれない。
でも、これで本当に変わったって言えるのかな……?
私がここに来た意味ってあるのかな……?
「それに、まだなにも終わってない。ノーブルも生きてるし、グラフィスもちゃんと生きてるよ」
ヒイロちゃんの言葉が、やけに耳に響いた。
折れかけた心に、どこまでも沁み込んでく。
「今、みんなを助けられるのはあなただけなんだよ、コヤケさん」
「私、だけ……?」
「うん。誰よりもノーブルのことが好きなあなただからこそ、じゃん。あなたがここで諦めたら、誰がノーブルを助けるの?」
ぎゅっと、胸が締めつけられる。
ふらふらしてまとまりのない私にくれた、真っすぐな言葉。
ヒイロちゃんの飾らない思いが、声に乗って中に入ってく。それはまるで、私から抜け落ちたものを埋めるようで。
「大丈夫、コヤケさんならできるよ」
迷いも、諦めも。
形にする前に、ヒイロちゃんの言葉が全部包んでくれた。
少しだけ、希望が見えた気がした。
もう一度だけ、踏み出すための力をもらえた気がした。
この真っ白な空間に唯一浮かんだ不快な太陽。
直視できなかったものだけど、もう大丈夫。
ただ、現実を見せつけてくるだけじゃない。
私のことを導いてくれる、道しるべ。
「元気出たよ。ちゃんと、私の手で決着をつけてくるね」
言って、ヒイロちゃんの横を通りすぎた直後。
私の背中に、なにかが触れた。
それは優しく、温かい光だった。きっと、ヒイロちゃんがなにかしてくれてるんだ。
この太陽にも負けずに輝いてたけど、私の中におさまりながら少しずつ小さくなってく。
「ふふ。ちょっとだけ、勇気が出るおまじない」
なん、だろう。すごく不思議な感覚。
光が完全におさまる頃には内側から力が湧いて、折れそうになってた心に染み渡った。
「負けないで、コヤケさん。ノーブルの死亡フラグ、へし折っちゃって」
力強い後押しのおかげで、どこまでも歩いていける気がした。
顔は見えないけど、きっととびっきりの笑顔を浮かべてるんだろうなあ。
悔しいけど、やっぱり敵わないや……。
だけど、ヒイロちゃんの言葉でたくさんの元気をもらえた。
私の心に灯してくれた勇気が。
胸の中にあった悪い感情を燃料にして、確かに大きくなってくのがわかった。
──ありがとう。私、もう少しがんばってみるね。
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