パーフェクトワールド

木原あざみ

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第一部

パーフェクト・ワールド・ハルⅢ ③

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「あの、俺」
「んー、なら、代わりに俺が出ようか?」

 意を決して発した声と成瀬の提案とが被って、思わず口を開けたまま行人は茅野と顔を見合わせた。そして視線を移す。

「成瀬、さん?」
「成瀬が?」
「うん。要は意外性があったらいいんだろ? そのハルちゃんに負けないくらいの。だから楓寮には悪いけど、断っといて」

 あまりにもしれっと応じられて、行人は視線を茅野に戻した。助けを求めた先で、茅野は何とも言い難い顔で天を仰いでいる。

「成瀬か。他の寮は一年生ばかりだろうし、どうだろうな。二年前ならおまえに白羽の矢が当たっていてもおかしくないが、もうガタイも違うから似合わないだろ。一年生特有の華奢さの生み出す性別の曖昧さが受けるからこそのミスコンであって、仮装大会じゃないんだぞ?」

 「ほら」と言わんばかりに固まっていた行人の腕を茅野が取る。

「俺の指が余るくらいの、この手首の細さ。俺たちにはもうないこう言った未発達さが良いんじゃないか」
「おまえな、茅野。寮長のくせして、一年生が警戒しそうなことを言うな。してやるな。というか、別に前例がないわけでもないだろ。ほら、俺も一年の時に、ごねにごねて、三崎さんに代わってもらったし」
「だからそれが! うちの黒歴史だと言っているんじゃないか。ものの見事に最下位だった事実を忘れたとは言わせんからな。今度はおまえがする気か、それを」

 恨みがましく唸って、茅野が手を放した。
 華奢で悪かったな、未発達で。あと二年後にはきっと茅野くらいにはなっているはずだ、たぶん。……食事量から増やそうかな、もうちょっと。
 現状に付いて行けない頭で逃避気味に、袖から覗く手首に視線を落としていると、茅野が唐突に嬉しそうな声を上げた。

「向原!」

 その名前に、行人はがばりと顔を上げた。

「おい、向原って。そう嫌そうな顔するなよ」

 大きく手を振って茅野が、姿を見せた長身を呼び寄せる。
 高藤に言われなくとも、人の好き嫌いが顔に出やすい性格を自覚はしているので、行人は努めて無表情を取り繕った。それが通用する手合いかどうかは別として。

「でかい声を出さなくても聞こえるっていつも言ってんだろ。頭に響くんだよ、おまえのそれ」

 この学園の実質的トップと称される一人だけあって、圧倒される整った顔をしている。どちらかと言えば中性的な風の成瀬とは違い、男性的な色香のあるそれ。その怜悧な印象を放つ色素の薄い瞳がすっと行人を撫でていった。

「大きい声を出したくもなる。まぁ、聞け、向原。おまえの相方がまたわがままを言っていてだな」
「わがまま……、いや、わがままは言ってねぇだろ、わがままは」

 きまりが悪そうな成瀬の受け答えに、向原が小さく眉を上げた。

「へぇ、じゃあ、なんだって?」
「どうせ聞こえてたんだろ、おまえ」
「ここであれだけ騒いでたらな。廊下まで丸聞こえだ」

 微かな笑みを浮かべて、向原が成瀬のすぐ傍に手を着いた。威圧を感じたのは行人だけなのか、当の成瀬は苦笑気味に眦を下げただけだった。

「最後の年くらい、寮に貢献しても良いかと思って。今まで何もしてなかったし」
「貢献する気なら、そこの一年を説得した方が、よっぽど喜ばれるんじゃねぇの」
「だから、それは……」
「そう、それだ! さすが向原。榛名、ほら、榛名。副会長にまでこう言われているわけだが、どうだ?」
「だから。そう無理矢理、断れない雰囲気に持って行ってやるなって」
「おまえが甘すぎるんだ、榛名に。なぁ、向原?」

 自分の処遇で三年生が頭越しに議論している状態はどうにも落ち着かない。
 視線のやり場に困って彷徨わせているうちに、ばちりと向原と眼が合った。

「普段からあれだけこいつに面倒見てもらっておいて、恩を返すどころか次は恥かかせる気か?」
「誰もそんなことしてません!」

 鼻先で笑われて、行人は語気を荒げた。

「じゃあ、やるんだよな? おまえが」

 当然、と言わんばかりに細められた瞳に、勢いそのまま請け負おうとした台詞と、成瀬のぼやきとが重なった。

「恥」
「え?」
「恥とまで言うか、おまえ。向原」
「いや、まぁ。そう落ち込まなくとも」

 何故か急に取り成し始めた茅野が、そこまで言って、ふと真顔になった。

「顔だけ見てたら、似合わないこともないか。いや、でもなぁ」

 イケなくはないにしても、ちょっと金がかかるな。いや、でもなんとかならなくもないか。後半は完璧にひとり言の調子だ。
 ひしひしと感じる嫌な気配に、茅野の思考を止めるべく上げかけた声は、またもや成瀬に制された。「大丈夫」

「ある意味で楓は分かり切った主役を出してくるだけだろ? だったら、わざわざそこに乗っからなくても、予想外のところから……まぁ、出来上がりはともかくとしても、インパクトが強いのが転がり出てきた方が目立つと思うし」

 途中からは行人に、というよりは茅野に言い聞かせているふうだったが。
 言葉をいったん区切った成瀬が、茅野に向かって、にこと笑いかける。どこか挑発するような嫣然としたそれで。

「だから、任せとけよ、茅野。楓と共同戦線組まなくても、最後くらい優勝させてやるから」

 ぽかんとした顔で固まっていた茅野が、一拍を置いて深く息を吐き出した。

「本当に、黙ってたら、だな。おまえのそれは」

 俺が成瀬璃子のファンだと分かってやっているだろう、と。続いた言葉に行人は思わず茅野を二度見した。硬派な茅野のイメージからして意外な事実だった。
 その茅野は、刺さるようなもう一つの視線に気づいているのかいないのか、自身を納得させるように独り言ちてから、「良し」と力強く頷いた。
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