16 / 484
第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅢ ③
しおりを挟む
「あの、俺」
「んー、なら、代わりに俺が出ようか?」
意を決して発した声と成瀬の提案とが被って、思わず口を開けたまま行人は茅野と顔を見合わせた。そして視線を移す。
「成瀬、さん?」
「成瀬が?」
「うん。要は意外性があったらいいんだろ? そのハルちゃんに負けないくらいの。だから楓寮には悪いけど、断っといて」
あまりにもしれっと応じられて、行人は視線を茅野に戻した。助けを求めた先で、茅野は何とも言い難い顔で天を仰いでいる。
「成瀬か。他の寮は一年生ばかりだろうし、どうだろうな。二年前ならおまえに白羽の矢が当たっていてもおかしくないが、もうガタイも違うから似合わないだろ。一年生特有の華奢さの生み出す性別の曖昧さが受けるからこそのミスコンであって、仮装大会じゃないんだぞ?」
「ほら」と言わんばかりに固まっていた行人の腕を茅野が取る。
「俺の指が余るくらいの、この手首の細さ。俺たちにはもうないこう言った未発達さが良いんじゃないか」
「おまえな、茅野。寮長のくせして、一年生が警戒しそうなことを言うな。してやるな。というか、別に前例がないわけでもないだろ。ほら、俺も一年の時に、ごねにごねて、三崎さんに代わってもらったし」
「だからそれが! うちの黒歴史だと言っているんじゃないか。ものの見事に最下位だった事実を忘れたとは言わせんからな。今度はおまえがする気か、それを」
恨みがましく唸って、茅野が手を放した。
華奢で悪かったな、未発達で。あと二年後にはきっと茅野くらいにはなっているはずだ、たぶん。……食事量から増やそうかな、もうちょっと。
現状に付いて行けない頭で逃避気味に、袖から覗く手首に視線を落としていると、茅野が唐突に嬉しそうな声を上げた。
「向原!」
その名前に、行人はがばりと顔を上げた。
「おい、向原って。そう嫌そうな顔するなよ」
大きく手を振って茅野が、姿を見せた長身を呼び寄せる。
高藤に言われなくとも、人の好き嫌いが顔に出やすい性格を自覚はしているので、行人は努めて無表情を取り繕った。それが通用する手合いかどうかは別として。
「でかい声を出さなくても聞こえるっていつも言ってんだろ。頭に響くんだよ、おまえのそれ」
この学園の実質的トップと称される一人だけあって、圧倒される整った顔をしている。どちらかと言えば中性的な風の成瀬とは違い、男性的な色香のあるそれ。その怜悧な印象を放つ色素の薄い瞳がすっと行人を撫でていった。
「大きい声を出したくもなる。まぁ、聞け、向原。おまえの相方がまたわがままを言っていてだな」
「わがまま……、いや、わがままは言ってねぇだろ、わがままは」
きまりが悪そうな成瀬の受け答えに、向原が小さく眉を上げた。
「へぇ、じゃあ、なんだって?」
「どうせ聞こえてたんだろ、おまえ」
「ここであれだけ騒いでたらな。廊下まで丸聞こえだ」
微かな笑みを浮かべて、向原が成瀬のすぐ傍に手を着いた。威圧を感じたのは行人だけなのか、当の成瀬は苦笑気味に眦を下げただけだった。
「最後の年くらい、寮に貢献しても良いかと思って。今まで何もしてなかったし」
「貢献する気なら、そこの一年を説得した方が、よっぽど喜ばれるんじゃねぇの」
「だから、それは……」
「そう、それだ! さすが向原。榛名、ほら、榛名。副会長にまでこう言われているわけだが、どうだ?」
「だから。そう無理矢理、断れない雰囲気に持って行ってやるなって」
「おまえが甘すぎるんだ、榛名に。なぁ、向原?」
自分の処遇で三年生が頭越しに議論している状態はどうにも落ち着かない。
視線のやり場に困って彷徨わせているうちに、ばちりと向原と眼が合った。
「普段からあれだけこいつに面倒見てもらっておいて、恩を返すどころか次は恥かかせる気か?」
「誰もそんなことしてません!」
鼻先で笑われて、行人は語気を荒げた。
「じゃあ、やるんだよな? おまえが」
当然、と言わんばかりに細められた瞳に、勢いそのまま請け負おうとした台詞と、成瀬のぼやきとが重なった。
「恥」
「え?」
「恥とまで言うか、おまえ。向原」
「いや、まぁ。そう落ち込まなくとも」
何故か急に取り成し始めた茅野が、そこまで言って、ふと真顔になった。
「顔だけ見てたら、似合わないこともないか。いや、でもなぁ」
イケなくはないにしても、ちょっと金がかかるな。いや、でもなんとかならなくもないか。後半は完璧にひとり言の調子だ。
ひしひしと感じる嫌な気配に、茅野の思考を止めるべく上げかけた声は、またもや成瀬に制された。「大丈夫」
「ある意味で楓は分かり切った主役を出してくるだけだろ? だったら、わざわざそこに乗っからなくても、予想外のところから……まぁ、出来上がりはともかくとしても、インパクトが強いのが転がり出てきた方が目立つと思うし」
途中からは行人に、というよりは茅野に言い聞かせているふうだったが。
言葉をいったん区切った成瀬が、茅野に向かって、にこと笑いかける。どこか挑発するような嫣然としたそれで。
「だから、任せとけよ、茅野。楓と共同戦線組まなくても、最後くらい優勝させてやるから」
ぽかんとした顔で固まっていた茅野が、一拍を置いて深く息を吐き出した。
「本当に、黙ってたら、だな。おまえのそれは」
俺が成瀬璃子のファンだと分かってやっているだろう、と。続いた言葉に行人は思わず茅野を二度見した。硬派な茅野のイメージからして意外な事実だった。
その茅野は、刺さるようなもう一つの視線に気づいているのかいないのか、自身を納得させるように独り言ちてから、「良し」と力強く頷いた。
「んー、なら、代わりに俺が出ようか?」
意を決して発した声と成瀬の提案とが被って、思わず口を開けたまま行人は茅野と顔を見合わせた。そして視線を移す。
「成瀬、さん?」
「成瀬が?」
「うん。要は意外性があったらいいんだろ? そのハルちゃんに負けないくらいの。だから楓寮には悪いけど、断っといて」
あまりにもしれっと応じられて、行人は視線を茅野に戻した。助けを求めた先で、茅野は何とも言い難い顔で天を仰いでいる。
「成瀬か。他の寮は一年生ばかりだろうし、どうだろうな。二年前ならおまえに白羽の矢が当たっていてもおかしくないが、もうガタイも違うから似合わないだろ。一年生特有の華奢さの生み出す性別の曖昧さが受けるからこそのミスコンであって、仮装大会じゃないんだぞ?」
「ほら」と言わんばかりに固まっていた行人の腕を茅野が取る。
「俺の指が余るくらいの、この手首の細さ。俺たちにはもうないこう言った未発達さが良いんじゃないか」
「おまえな、茅野。寮長のくせして、一年生が警戒しそうなことを言うな。してやるな。というか、別に前例がないわけでもないだろ。ほら、俺も一年の時に、ごねにごねて、三崎さんに代わってもらったし」
「だからそれが! うちの黒歴史だと言っているんじゃないか。ものの見事に最下位だった事実を忘れたとは言わせんからな。今度はおまえがする気か、それを」
恨みがましく唸って、茅野が手を放した。
華奢で悪かったな、未発達で。あと二年後にはきっと茅野くらいにはなっているはずだ、たぶん。……食事量から増やそうかな、もうちょっと。
現状に付いて行けない頭で逃避気味に、袖から覗く手首に視線を落としていると、茅野が唐突に嬉しそうな声を上げた。
「向原!」
その名前に、行人はがばりと顔を上げた。
「おい、向原って。そう嫌そうな顔するなよ」
大きく手を振って茅野が、姿を見せた長身を呼び寄せる。
高藤に言われなくとも、人の好き嫌いが顔に出やすい性格を自覚はしているので、行人は努めて無表情を取り繕った。それが通用する手合いかどうかは別として。
「でかい声を出さなくても聞こえるっていつも言ってんだろ。頭に響くんだよ、おまえのそれ」
この学園の実質的トップと称される一人だけあって、圧倒される整った顔をしている。どちらかと言えば中性的な風の成瀬とは違い、男性的な色香のあるそれ。その怜悧な印象を放つ色素の薄い瞳がすっと行人を撫でていった。
「大きい声を出したくもなる。まぁ、聞け、向原。おまえの相方がまたわがままを言っていてだな」
「わがまま……、いや、わがままは言ってねぇだろ、わがままは」
きまりが悪そうな成瀬の受け答えに、向原が小さく眉を上げた。
「へぇ、じゃあ、なんだって?」
「どうせ聞こえてたんだろ、おまえ」
「ここであれだけ騒いでたらな。廊下まで丸聞こえだ」
微かな笑みを浮かべて、向原が成瀬のすぐ傍に手を着いた。威圧を感じたのは行人だけなのか、当の成瀬は苦笑気味に眦を下げただけだった。
「最後の年くらい、寮に貢献しても良いかと思って。今まで何もしてなかったし」
「貢献する気なら、そこの一年を説得した方が、よっぽど喜ばれるんじゃねぇの」
「だから、それは……」
「そう、それだ! さすが向原。榛名、ほら、榛名。副会長にまでこう言われているわけだが、どうだ?」
「だから。そう無理矢理、断れない雰囲気に持って行ってやるなって」
「おまえが甘すぎるんだ、榛名に。なぁ、向原?」
自分の処遇で三年生が頭越しに議論している状態はどうにも落ち着かない。
視線のやり場に困って彷徨わせているうちに、ばちりと向原と眼が合った。
「普段からあれだけこいつに面倒見てもらっておいて、恩を返すどころか次は恥かかせる気か?」
「誰もそんなことしてません!」
鼻先で笑われて、行人は語気を荒げた。
「じゃあ、やるんだよな? おまえが」
当然、と言わんばかりに細められた瞳に、勢いそのまま請け負おうとした台詞と、成瀬のぼやきとが重なった。
「恥」
「え?」
「恥とまで言うか、おまえ。向原」
「いや、まぁ。そう落ち込まなくとも」
何故か急に取り成し始めた茅野が、そこまで言って、ふと真顔になった。
「顔だけ見てたら、似合わないこともないか。いや、でもなぁ」
イケなくはないにしても、ちょっと金がかかるな。いや、でもなんとかならなくもないか。後半は完璧にひとり言の調子だ。
ひしひしと感じる嫌な気配に、茅野の思考を止めるべく上げかけた声は、またもや成瀬に制された。「大丈夫」
「ある意味で楓は分かり切った主役を出してくるだけだろ? だったら、わざわざそこに乗っからなくても、予想外のところから……まぁ、出来上がりはともかくとしても、インパクトが強いのが転がり出てきた方が目立つと思うし」
途中からは行人に、というよりは茅野に言い聞かせているふうだったが。
言葉をいったん区切った成瀬が、茅野に向かって、にこと笑いかける。どこか挑発するような嫣然としたそれで。
「だから、任せとけよ、茅野。楓と共同戦線組まなくても、最後くらい優勝させてやるから」
ぽかんとした顔で固まっていた茅野が、一拍を置いて深く息を吐き出した。
「本当に、黙ってたら、だな。おまえのそれは」
俺が成瀬璃子のファンだと分かってやっているだろう、と。続いた言葉に行人は思わず茅野を二度見した。硬派な茅野のイメージからして意外な事実だった。
その茅野は、刺さるようなもう一つの視線に気づいているのかいないのか、自身を納得させるように独り言ちてから、「良し」と力強く頷いた。
22
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【完結】それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。
するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。
だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。
過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。
ところが、ひょんなことから再会してしまう。
しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。
「今度は、もう離さないから」
「お願いだから、僕にもう近づかないで…」
普通のβだった俺は
りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話
凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。
書き殴り状態なので少しずつ修正するつもりですです…。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる