パーフェクトワールド

木原あざみ

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第一部

パーフェクト・ワールド・ハルⅢ ④

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「じゃあ、そうするか。おまえがそうまで言うなら。ただし、三崎先輩のときみたいなイロモノ枠にはしないからな。やるからには徹底的にやってくれるんだよな?」
「はいはい、了解。全部、茅野に任せます。精々、美人にしてやって」

 いかにもどうでも良さそうに成瀬は請け負っているが、どうでも良いわけがない。
 もしかすると、女のように見られるのが嫌だと思う自分と違って、成瀬にはたいしたことではないのかもしれないが、少なくとも行人にとっては大問題だ。だが、その成瀬が決めたことを、自分如きの一存で物申して良いのかも、よく分からなくなってきた。
 混乱しているうちに、ガタンと小さな音がした。そして呆れたような嘆息。

「良かったな、物好きがいて」

 自分に向けられたわけでもない声音だったにも関わらず、行人はその肩を跳ねさせそうになった。不本意ではあるが、これもきっと本能が生む警戒心に違いない。
 消えていく背を固まったまま見送っている行人とは反対に、年長者二人は気まずそうに顔を突き合わせている。

「おい。どうするんだ、成瀬。向原が臍を曲げたぞ」
「おまえが呼び寄せたのが原因だろうが」
「本を正せば、おまえが駄々をこねたからだろう」
「それを言ったら、おまえが行人に無理強いするからだろ」
「ならそれを言うなら」
「あの、俺」

 低レベルの擦り付け合いに発展していきそうなそれに、もう一度、なら俺がと手を上げかけた瞬間。

「いや、大丈夫。大丈夫だから、行人」

 最後まで言わせずに行人にいつもの顔で微笑んだ成瀬が、わずかに面倒臭そうに天を仰いだ。

「あー、……ちょっと行ってくるわ」
「そうしてくれ。下にまで響く声で揉めるなよ」

 茅野のそれに、ぎょっとしたのは行人だ。冗談なのかどうかの判別がつかない。立ち上がった成瀬の袖を反射的に引きかけた指先を、彼のそれがそっと離させた。

「行人」

 自分を下の名前で呼ぶのは、この人だけだ。だから、というわけでもないとは思うのだけれど、ほっとする。それだけで許されると誤認してしまうような柔らかい声。

「気にしなくていいよ。放っといても別に問題ないんだけどな。どうせなら早くにしこりも失くしたほうがいいだろ? だから、それだけ」

 それだけ。自分を悩ませていた懸案も成瀬にかかれば、あっという間に終わらせてしまえることなのだろう、きっと。
 取り残されたかたちになった行人に、茅野がおもむろに口を開いた。

「まぁ、気にするな。あいつらは多少揉めることはあっても、盛大に仲違いすることはない」

 それは成瀬さんが譲るからじゃないのだろうか、と想像して生じた不満が顔に表れていたのか、茅野が眉を上げた。

「あいつのいかにも誠実でございと言った顔に騙されるんだろうが、成瀬と向原だったら、頑固なのもわがままなのも成瀬のほうだぞ。基本的に向原のほうが気も長いしな」
「気が長い……」
「信じてないな、その顔は。不機嫌そうなナリをしているだけで、滅多と切れんぞ、あいつは。まぁ、地雷を踏まん限りは、だが」

 と言っても、誰にでも地雷はあるからな、と続けてから、茅野がそこで表情を和らげた。

「無理を言って悪かったな」
「いえ、あの、俺こそわがままばかりで」
「まぁ、物好きがいたんだ。素直に良かったと思えばいいじゃないか。嫌だったんだろう」
「いや、まぁ、……そう、ですけど」
「どうした。すっきりしない顔をして。もし悪いと思うなら、二年後、困ってる新入生がいたら親身になってやれ。まぁ、そのころおまえがどんなナリになっているかは分からんから、なんとも言えんが」

 何を想像したのか愉しそうに肩を揺らした茅野が、立ち上がるなり背後に回り込んできて背を押した。

「引き留めて悪かったな。早く戻れよ、寮室。いや、正に棚から牡丹餅だな。面白いことになりそうだ」
「お、面白いことって」
「やるからには徹底的にやると言っただろう。となれば、今から楓寮に行って断ってくるか。まだ時間は……大丈夫だな」

 行人とともに階段へと向かっていた脚を玄関へと方向転換させてから、茅野が最後にとばかりに笑った。

「まぁ、しばらくは向原に気を付けろよ。おまえに理不尽なことをするとは思わんが、機嫌は悪いと思うぞ」

 いや、べつに。それは本当にどうでも良いのだけれど。問題はそこではない。そうではなくて。まだ困惑の淵にいる行人の背を叩いて、茅野が足早に外に向かって行った。相変わらず、猪のような勢いだ。
 その背が視界から消えた途端、ひどく力が抜けた。疲れたのかもしれない。もうこのままとりあえず、部屋に戻ろう。
 結局、鍵を探すと言う第一目的を忘れたことに気が付いたのは、部屋の前まで戻って来てからだった。
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