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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅥ ④
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「まぁ、気にするな。四谷のことなら荻原に任せておけ。あいつは人を懐柔するのが上手いからな。寮生委員にぴったりだろう。あいつも俺の推薦だ」
想定外に慰められてしまって、行人は俯いて表情を覆い隠した。こういう時に、どんな顔をすれば良いのか、いつも分からなくなってしまう。
必要以上に構うこともなく、茅野は大股で階段を上っていく。
「もちろん、おまえの相方もな。寮生委員に選ばれるヤツはみんな良いヤツなんだ。俺を見たら分かるだろう」
「はぁ」
「つまるところ、モテるのは致し方ない。そのモテる男と同室なんだ。多少の嫉妬は諦めろ」
茅野に笑い飛ばされて、行人はぎこちない笑みを唇に浮かべた。
中等部のころから、同室者のことでやっかまれたことは数えきれないほどある。それは、今更であると思うし、気の合わない人間と同室であることのストレスとを秤にかけても、たいしたことではないと判断できる。ただ。
「なんというか、俺にかこつけて、他のヤツまで馬鹿にされることが、気に喰わなかっただけで」
「はは、高藤が聞いたら泣いて喜びそうだな」
あっけらかんと応じて、茅野が会議室の鍵を開ける。行人たちが手を付けている書類の奥に、小ぶりの段ボール箱が増えていた。茅野の言っていた「仕事」はこれか。
「あの、茅野さん」
「まぁ、座れ。今、準備するから」
空いているスペースに言われるがまま腰かけると、茅野がノートパソコンを箱から取り出した。設置しているのをなんとはなしに見守っていると、茅野が不意に呟いた。
「気にしたほうが負けだぞ、榛名。噂というものは」
「え……」
「嘘だろうが本当だろうが、俺はそんなもの知らないという顔で笑っていろ。それが一番良い回避策だ」
何でもないことのように口にして、茅野が笑う。
「おまえの大好きな会長様にも、目立つからこそ、いろんな噂があるぞ。あいつは全く気にしてはいないが」
カタカタと茅野がキーボードを操作する音が響く。
「気にしていないと言えば語弊はあるかも知らんが、気にしていないそぶりしか見せん。肯定も否定もしやしないがな、あの頑固者は」
俺も、そうであるべきなのだろうな、とは思った。けれど、まだ行人にはそれは難しい。
気にしないでおこうといくら言い聞かせたところで、態度に出ているに違いなくて。
――二年後、俺はそんなふうになれているのだろうか。成瀬さんや、茅野さんみたいに。
おおらかで、優しい。年下の自分を自然と気遣ってくれるような、大人に。
「お。よし、出来たぞ、榛名。待たせたな」
茅野が画面を回転させた。行人の前にずらりと写真が並ぶ。
「これ、って……」
「あぁ、まぁ、たいしたものじゃない。ミスコンのステージで流す写真を選んでいてな。柏木とやるつもりだったんだが、いつまで経ってもあいつがやる気にならんのだ。そうかと言って、俺一人で選定するのもつまらんからな」
なんとなく、柏木がやりたがらない理由が行人には分かる気がした。
行人としても積極的にやりたくはないが、どちらにせよ、本番になれば直接見ることになるのだ。高藤に言わせるならば、いきなり見るより慣らしておけ、となるはずで。
「流すって、この写真をですか」
「あぁ、といっても、べつに写真じゃなくても良いんだがな。葵は確か、一発挽回狙いでショートムービーを作って流すと言っていたぞ。中間発表はまだ先だが、ここだけの話、ウチと楓の一騎打ちになっているからな。柊は最早、乗り気じゃなさそうだが、葵はまだまだやる気だな」
「ショートムービー……」
どこのアイドルだと思ったのが伝わったのか、茅野が肩を震わせた。
「ちなみに、おまえが水城と出ていたら、音楽をバックに踊って歌っていたからな。五分間ならなんでも有りだからな、あのステージは。目立った者勝ちだ」
そうだった。そうなのだ。ステージ上で、司会者による質問コーナー、アピールコーナー。そして、そこからの外部来場者の投票、集計。事前に集計されている学部生の投票と合わせて、みささぎ祭のラストに結果が発表されることになるわけだが。
「成瀬さん、どうなんですか」
「どうって、……そうだな。まぁ、おまえが心配することも気に病むこともなにもない。あいつはプライドだけは高いからな。中途半端なことはしないだろう」
それはそうかもしれない、と分かってはいるのだけれど。けれど、嫌じゃないのだろうかと、やはり案じてしまう。
「だから、安心して笑って見ていたら良い。精々、笑ってやれ。そのほうが、あいつの気も晴れる」
それで、写真はどうだ、と。茅野が画面を覗き込む。おされるようにして、行人はずらりと並ぶそれをスクロールさせた。
並ぶ写真はプロが撮ったことを差し置いても、圧巻だ。造り込まれた表情ではあるけれど、「美人」だ、とは思う。けれど。
想定外に慰められてしまって、行人は俯いて表情を覆い隠した。こういう時に、どんな顔をすれば良いのか、いつも分からなくなってしまう。
必要以上に構うこともなく、茅野は大股で階段を上っていく。
「もちろん、おまえの相方もな。寮生委員に選ばれるヤツはみんな良いヤツなんだ。俺を見たら分かるだろう」
「はぁ」
「つまるところ、モテるのは致し方ない。そのモテる男と同室なんだ。多少の嫉妬は諦めろ」
茅野に笑い飛ばされて、行人はぎこちない笑みを唇に浮かべた。
中等部のころから、同室者のことでやっかまれたことは数えきれないほどある。それは、今更であると思うし、気の合わない人間と同室であることのストレスとを秤にかけても、たいしたことではないと判断できる。ただ。
「なんというか、俺にかこつけて、他のヤツまで馬鹿にされることが、気に喰わなかっただけで」
「はは、高藤が聞いたら泣いて喜びそうだな」
あっけらかんと応じて、茅野が会議室の鍵を開ける。行人たちが手を付けている書類の奥に、小ぶりの段ボール箱が増えていた。茅野の言っていた「仕事」はこれか。
「あの、茅野さん」
「まぁ、座れ。今、準備するから」
空いているスペースに言われるがまま腰かけると、茅野がノートパソコンを箱から取り出した。設置しているのをなんとはなしに見守っていると、茅野が不意に呟いた。
「気にしたほうが負けだぞ、榛名。噂というものは」
「え……」
「嘘だろうが本当だろうが、俺はそんなもの知らないという顔で笑っていろ。それが一番良い回避策だ」
何でもないことのように口にして、茅野が笑う。
「おまえの大好きな会長様にも、目立つからこそ、いろんな噂があるぞ。あいつは全く気にしてはいないが」
カタカタと茅野がキーボードを操作する音が響く。
「気にしていないと言えば語弊はあるかも知らんが、気にしていないそぶりしか見せん。肯定も否定もしやしないがな、あの頑固者は」
俺も、そうであるべきなのだろうな、とは思った。けれど、まだ行人にはそれは難しい。
気にしないでおこうといくら言い聞かせたところで、態度に出ているに違いなくて。
――二年後、俺はそんなふうになれているのだろうか。成瀬さんや、茅野さんみたいに。
おおらかで、優しい。年下の自分を自然と気遣ってくれるような、大人に。
「お。よし、出来たぞ、榛名。待たせたな」
茅野が画面を回転させた。行人の前にずらりと写真が並ぶ。
「これ、って……」
「あぁ、まぁ、たいしたものじゃない。ミスコンのステージで流す写真を選んでいてな。柏木とやるつもりだったんだが、いつまで経ってもあいつがやる気にならんのだ。そうかと言って、俺一人で選定するのもつまらんからな」
なんとなく、柏木がやりたがらない理由が行人には分かる気がした。
行人としても積極的にやりたくはないが、どちらにせよ、本番になれば直接見ることになるのだ。高藤に言わせるならば、いきなり見るより慣らしておけ、となるはずで。
「流すって、この写真をですか」
「あぁ、といっても、べつに写真じゃなくても良いんだがな。葵は確か、一発挽回狙いでショートムービーを作って流すと言っていたぞ。中間発表はまだ先だが、ここだけの話、ウチと楓の一騎打ちになっているからな。柊は最早、乗り気じゃなさそうだが、葵はまだまだやる気だな」
「ショートムービー……」
どこのアイドルだと思ったのが伝わったのか、茅野が肩を震わせた。
「ちなみに、おまえが水城と出ていたら、音楽をバックに踊って歌っていたからな。五分間ならなんでも有りだからな、あのステージは。目立った者勝ちだ」
そうだった。そうなのだ。ステージ上で、司会者による質問コーナー、アピールコーナー。そして、そこからの外部来場者の投票、集計。事前に集計されている学部生の投票と合わせて、みささぎ祭のラストに結果が発表されることになるわけだが。
「成瀬さん、どうなんですか」
「どうって、……そうだな。まぁ、おまえが心配することも気に病むこともなにもない。あいつはプライドだけは高いからな。中途半端なことはしないだろう」
それはそうかもしれない、と分かってはいるのだけれど。けれど、嫌じゃないのだろうかと、やはり案じてしまう。
「だから、安心して笑って見ていたら良い。精々、笑ってやれ。そのほうが、あいつの気も晴れる」
それで、写真はどうだ、と。茅野が画面を覗き込む。おされるようにして、行人はずらりと並ぶそれをスクロールさせた。
並ぶ写真はプロが撮ったことを差し置いても、圧巻だ。造り込まれた表情ではあるけれど、「美人」だ、とは思う。けれど。
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