パーフェクトワールド

木原あざみ

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第一部

パーフェクト・ワールド・ハルⅥ ③

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「もしそうだったら、ちょっとショックだなぁとか言ってたんだけど。なんというか、会長レベルのアルファじゃないと、ハルちゃんみたいなオメガの可愛い子とつがいになれないのかな、とか。――大丈夫? 榛名ちゃん」

 目の前で手を振られて、やっと行人は我に返った。

「顔色悪いけど。そんなにショックだった?」

 あの人のつがいになりたいとまで、願っていないつもりだった。あの人のつがいは幸せだろうな、とは思っていたけれど。けれど、それは、行人にとってまだ先の未来のはずで。
 そこまで考えて、あぁ、そうか、と得心した。いきなり現実が迫ってきそうで、心が落ち着いていない。つまるところ、全然、そんなふうに思えていなかったのだ。

「いや、……」

 大丈夫、と言いかけた応えを遮るように飛んできた声は、またしても四谷のものだった。

「なんでショック受けるの?」

 座ったまま、四谷が不思議そうに首を傾げる。

「榛名はベータじゃなかったっけ。それともあの噂、本当だった、――とか?」

 めき、と手の中で完全にカップが潰れた。嫌味だ。ただの挑発だ。品はないとは思うが。同じ土俵に立ったら負けだ。
 眉間に皺を刻んだまま、言い聞かせているうちに、ささっと荻原が四谷との対角線上に身体を滑り込ませた。

「だーかーら、仲良くとまでは言わなくても、喧嘩吹っ掛けるのは止めなってば。よっちゃんだって、そんなこと言われたら嫌でしょ」
「だって、違うんだったらそう言えば良いだけの話じゃん。そのほうがお互いすっきりするんじゃない」
「だからって……」
「高藤がいなかったら荻原に庇ってもらえて、良い身分だよね、榛名は。役職持ちに取り入るの、昔から上手いもんね?」

 自分の堪忍袋の緒が長いなどと、思ったことは行人にはない。ただ、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだから、これでも少しは成長して、我慢を覚えただけだ。
 中等部のころの自分が、高藤に言われるまでもなく問題児だったことも認識している。けれど。

「誰がオメガだって?」

 自覚しているよりも、ドスの効いた声になったのかもしれない。荻原を押しのけた先で、四谷が瞳を瞬かせた。

「はっきりと言ったつもりはなかったんだけど?」
「口にしてようがしていまいが、同じだろうが。さっきから嫌味なことばっかり言いやがって」
「榛名ちゃん、榛名ちゃん」
「おまえだって言ってただろ。喧嘩吹っ掛けたのは俺じゃない。あいつだ」

 言い過ぎ、と言わんばかりに二の腕を小さく叩いた荻原に、勢いそのまま噛みつく。
 困った顔で行人を見降ろしていた荻原の視線が、不意に動いた。

「こら、一年」

 外から戻ってきたところだったのか、ひょいと顔をのぞかせた茅野に、食堂に気まずい沈黙が落ちる。注意というより幾分か軽い調子で茅野が口を開いた。

「寮内で揉めるなよ。といっても、寮の外でも揉めるなよ。風紀に見つかったら、痛い目見るぞ」

 すみません、と次々に頭を下げた面々を見渡していた茅野の視線が行人で止まる。

「なんだ、なんだ。榛名。そんな子鬼みたいな顔して。そんな不機嫌そうにしてるくらいなら、少し早いが俺の仕事を手伝え」
「え?」
「そのカップ、俺に投げつけてくれるなよ」

 言うなり、付いてくるのが当然とばかりに歩き出した茅野の背を、荻原に押されるかたちで行人は追いかけた。
 ごみ箱にくちゃくちゃになったそれを投げ入れてから。

「あの、茅野さん」

 二階と三階の踊り場の辺りでようやく追いついて、躊躇いがちに行人は声をかけた。
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