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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅦ ⑤
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「榛名くんは、出なくて良かったの?」
それが何を指しているのかは、すぐに分かって、けれど、聞きたくないと思った。
「ほら、僕と一緒に出ようって言う話、あったでしょ。それがいつの間にか、消えちゃったから」
「……ねぇよ」
「え? なぁに、榛名くん」
水城が申し訳なさそうに首を傾げる。同族嫌悪、なのだろうか。分からない。ただ、その笑顔も、声も、行人には不快感しか与えない。
情緒が荒れるのは、もしかすると、――あてられているのかもしれない。ふと、そう思い付いた。
行人が薬を飲んで、抑えて消しているオメガのフェロモンを、水城春弥は無防備に振り撒いている。その香りに、乱されているのかもしれない。体内のリズムが崩れて、精神が荒れるように。
――でも、だとすれば、それは、水城の所為だ。隠すべきをひけらかす、異分子の。
「誰も彼もが、おまえみたいに目立ちたいわけでも、ちやほやされたいわけでもねぇんだよ」
心の淀みが、そのまま棘にすり替わったような声になった。水城の瞳が大きく見開かれ、しん、と場が静まり返る。刺さるような視線は、水城たちのほうばかりからでもない。
四谷たちからも注がれている。折角、少し話せるようになったのに。もう嫌味も言ってもらえないかもしれないと思ったけれど、続きは喉からするりと滑り落ちた。
「あれに喜んで出る奴の、気が知れねぇ」
水城の少女めいた瞳に、じんわりと水面が広がっていく。
「っ、……ごめんね? 僕、ただ……」
言葉を詰まらせて俯いた水城を庇うように、取り巻きの二人が前に出た。
揉め事を大きくするわけには行かないとも分かっているのに、見失った引き際を取り戻せない。爆発しそうな均衡の際で、ぼす、と頭に衝撃が走った。
「こら、言い過ぎ、榛名」
上から思い切り頭を押さえつけられているから顔は見えなかったけれど、声だけで誰だかなんてすぐに分かった。
水城たちが見えなくなって、視界が高藤だけになる。走ってきたのか、珍しく声が荒い。
「ごめんな、水城。こいつ口が悪くて。水城だって、頼まれたから出てるだけなのに。――おまえだって、ウチの寮じゃなかったら、断り切れずに選出されていたに決まってるんだし。分かるだろ? そういう状況も」
視界を遮るように前に立っていた高藤が、呆れ気味に振り返る。
「あと、おまえのさっきの暴言、おまえの大好きな成瀬さんにも、ぐっさり刺さってるからな。好き好んで出てるのはあの人だぞ」
誰かが、「確かに」と笑った声で、行人は我に返った。
「いや、違うし! そういう意味じゃなくて。というか、成瀬さんは、どんなことしてても格好良いし、素敵だし、綺麗だし」
わたわたと身振り手振り付きで弁明し始めた行人に、ふっと四谷が笑った。
「まぁた、始まった。榛名の成瀬先輩大好き話」
その声に、思わず振り返れば、四谷が仕方ないと言わんばかりに肩を竦めていて。呼応するように、ぎこちない笑みが背後で広がっていく。
「本当、悪い。ごめんな、水城。こいつ、この通り、成瀬さんのこと大好きで。そんなわけで、その成瀬さんにみささぎ祭のエントリー押し付ける形になって罪悪感が凄まじいらしいんだよね。それで、その話になると、いつもこうなんだ」
「なんだよ、それ。ただの八つ当たりかよ」
「そうそう、八つ当たり。だから、ごめんな」
納得いかない顔の取り巻きに、高藤がさらりと首肯してみせる。毒気を抜かれた調子の同級生の腕を、水城がいじらしく引いた。
「大丈夫だから。怒らないで?」
「ハルちゃんこそ、怒って良いのに。本当に良いの?」
ほんの僅か、困ったように表情を揺らして、水城が頷いた。
「うん。もちろん」
その応えに、高藤が畳み込んで微笑んだ。行人もあまり見たことがない類の愛想の良さで。
「本当にごめんね。ありがとう、水城。ついでに申し訳ないんだけど、ちょっと次の進行の準備があるから、榛名、連れていくね」
言葉通り腕を掴まれて、行人は立ち上がった。
「なんだかんだで実行委員の仕事、忙しくて。ごめんね、こいつも一応、委員だから」
行人と違って、普段の高藤は不愛想というわけではないが、笑顔を振りまくようなタイプでもない。淡々としていて、感情の起伏が少ない。感情の沸点も高い分、基本的に声を荒げるようなことも、ない。でも、これは、怒ってる、な。
今の今まで自分が苛立っていたことを棚に上げて、行人はちらりと硬質な横顔を窺った。普段よりずっと足早な歩調に合わせて早めながら、自分の苛立ちが収まってきていることにやっと気が付いた。
それが何を指しているのかは、すぐに分かって、けれど、聞きたくないと思った。
「ほら、僕と一緒に出ようって言う話、あったでしょ。それがいつの間にか、消えちゃったから」
「……ねぇよ」
「え? なぁに、榛名くん」
水城が申し訳なさそうに首を傾げる。同族嫌悪、なのだろうか。分からない。ただ、その笑顔も、声も、行人には不快感しか与えない。
情緒が荒れるのは、もしかすると、――あてられているのかもしれない。ふと、そう思い付いた。
行人が薬を飲んで、抑えて消しているオメガのフェロモンを、水城春弥は無防備に振り撒いている。その香りに、乱されているのかもしれない。体内のリズムが崩れて、精神が荒れるように。
――でも、だとすれば、それは、水城の所為だ。隠すべきをひけらかす、異分子の。
「誰も彼もが、おまえみたいに目立ちたいわけでも、ちやほやされたいわけでもねぇんだよ」
心の淀みが、そのまま棘にすり替わったような声になった。水城の瞳が大きく見開かれ、しん、と場が静まり返る。刺さるような視線は、水城たちのほうばかりからでもない。
四谷たちからも注がれている。折角、少し話せるようになったのに。もう嫌味も言ってもらえないかもしれないと思ったけれど、続きは喉からするりと滑り落ちた。
「あれに喜んで出る奴の、気が知れねぇ」
水城の少女めいた瞳に、じんわりと水面が広がっていく。
「っ、……ごめんね? 僕、ただ……」
言葉を詰まらせて俯いた水城を庇うように、取り巻きの二人が前に出た。
揉め事を大きくするわけには行かないとも分かっているのに、見失った引き際を取り戻せない。爆発しそうな均衡の際で、ぼす、と頭に衝撃が走った。
「こら、言い過ぎ、榛名」
上から思い切り頭を押さえつけられているから顔は見えなかったけれど、声だけで誰だかなんてすぐに分かった。
水城たちが見えなくなって、視界が高藤だけになる。走ってきたのか、珍しく声が荒い。
「ごめんな、水城。こいつ口が悪くて。水城だって、頼まれたから出てるだけなのに。――おまえだって、ウチの寮じゃなかったら、断り切れずに選出されていたに決まってるんだし。分かるだろ? そういう状況も」
視界を遮るように前に立っていた高藤が、呆れ気味に振り返る。
「あと、おまえのさっきの暴言、おまえの大好きな成瀬さんにも、ぐっさり刺さってるからな。好き好んで出てるのはあの人だぞ」
誰かが、「確かに」と笑った声で、行人は我に返った。
「いや、違うし! そういう意味じゃなくて。というか、成瀬さんは、どんなことしてても格好良いし、素敵だし、綺麗だし」
わたわたと身振り手振り付きで弁明し始めた行人に、ふっと四谷が笑った。
「まぁた、始まった。榛名の成瀬先輩大好き話」
その声に、思わず振り返れば、四谷が仕方ないと言わんばかりに肩を竦めていて。呼応するように、ぎこちない笑みが背後で広がっていく。
「本当、悪い。ごめんな、水城。こいつ、この通り、成瀬さんのこと大好きで。そんなわけで、その成瀬さんにみささぎ祭のエントリー押し付ける形になって罪悪感が凄まじいらしいんだよね。それで、その話になると、いつもこうなんだ」
「なんだよ、それ。ただの八つ当たりかよ」
「そうそう、八つ当たり。だから、ごめんな」
納得いかない顔の取り巻きに、高藤がさらりと首肯してみせる。毒気を抜かれた調子の同級生の腕を、水城がいじらしく引いた。
「大丈夫だから。怒らないで?」
「ハルちゃんこそ、怒って良いのに。本当に良いの?」
ほんの僅か、困ったように表情を揺らして、水城が頷いた。
「うん。もちろん」
その応えに、高藤が畳み込んで微笑んだ。行人もあまり見たことがない類の愛想の良さで。
「本当にごめんね。ありがとう、水城。ついでに申し訳ないんだけど、ちょっと次の進行の準備があるから、榛名、連れていくね」
言葉通り腕を掴まれて、行人は立ち上がった。
「なんだかんだで実行委員の仕事、忙しくて。ごめんね、こいつも一応、委員だから」
行人と違って、普段の高藤は不愛想というわけではないが、笑顔を振りまくようなタイプでもない。淡々としていて、感情の起伏が少ない。感情の沸点も高い分、基本的に声を荒げるようなことも、ない。でも、これは、怒ってる、な。
今の今まで自分が苛立っていたことを棚に上げて、行人はちらりと硬質な横顔を窺った。普段よりずっと足早な歩調に合わせて早めながら、自分の苛立ちが収まってきていることにやっと気が付いた。
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