パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
43 / 484
第一部

パーフェクト・ワールド・ハルⅦ ⑤

しおりを挟む
「榛名くんは、出なくて良かったの?」

 それが何を指しているのかは、すぐに分かって、けれど、聞きたくないと思った。

「ほら、僕と一緒に出ようって言う話、あったでしょ。それがいつの間にか、消えちゃったから」
「……ねぇよ」
「え? なぁに、榛名くん」

 水城が申し訳なさそうに首を傾げる。同族嫌悪、なのだろうか。分からない。ただ、その笑顔も、声も、行人には不快感しか与えない。
 情緒が荒れるのは、もしかすると、――あてられているのかもしれない。ふと、そう思い付いた。
 行人が薬を飲んで、抑えて消しているオメガのフェロモンを、水城春弥は無防備に振り撒いている。その香りに、乱されているのかもしれない。体内のリズムが崩れて、精神が荒れるように。

 ――でも、だとすれば、それは、水城の所為だ。隠すべきをひけらかす、異分子の。

「誰も彼もが、おまえみたいに目立ちたいわけでも、ちやほやされたいわけでもねぇんだよ」

 心の淀みが、そのまま棘にすり替わったような声になった。水城の瞳が大きく見開かれ、しん、と場が静まり返る。刺さるような視線は、水城たちのほうばかりからでもない。
 四谷たちからも注がれている。折角、少し話せるようになったのに。もう嫌味も言ってもらえないかもしれないと思ったけれど、続きは喉からするりと滑り落ちた。

「あれに喜んで出る奴の、気が知れねぇ」

 水城の少女めいた瞳に、じんわりと水面が広がっていく。

「っ、……ごめんね? 僕、ただ……」

 言葉を詰まらせて俯いた水城を庇うように、取り巻きの二人が前に出た。
 揉め事を大きくするわけには行かないとも分かっているのに、見失った引き際を取り戻せない。爆発しそうな均衡の際で、ぼす、と頭に衝撃が走った。

「こら、言い過ぎ、榛名」

 上から思い切り頭を押さえつけられているから顔は見えなかったけれど、声だけで誰だかなんてすぐに分かった。
 水城たちが見えなくなって、視界が高藤だけになる。走ってきたのか、珍しく声が荒い。

「ごめんな、水城。こいつ口が悪くて。水城だって、頼まれたから出てるだけなのに。――おまえだって、ウチの寮じゃなかったら、断り切れずに選出されていたに決まってるんだし。分かるだろ? そういう状況も」

 視界を遮るように前に立っていた高藤が、呆れ気味に振り返る。

「あと、おまえのさっきの暴言、おまえの大好きな成瀬さんにも、ぐっさり刺さってるからな。好き好んで出てるのはあの人だぞ」

 誰かが、「確かに」と笑った声で、行人は我に返った。

「いや、違うし! そういう意味じゃなくて。というか、成瀬さんは、どんなことしてても格好良いし、素敵だし、綺麗だし」

 わたわたと身振り手振り付きで弁明し始めた行人に、ふっと四谷が笑った。

「まぁた、始まった。榛名の成瀬先輩大好き話」

 その声に、思わず振り返れば、四谷が仕方ないと言わんばかりに肩を竦めていて。呼応するように、ぎこちない笑みが背後で広がっていく。

「本当、悪い。ごめんな、水城。こいつ、この通り、成瀬さんのこと大好きで。そんなわけで、その成瀬さんにみささぎ祭のエントリー押し付ける形になって罪悪感が凄まじいらしいんだよね。それで、その話になると、いつもこうなんだ」
「なんだよ、それ。ただの八つ当たりかよ」
「そうそう、八つ当たり。だから、ごめんな」

 納得いかない顔の取り巻きに、高藤がさらりと首肯してみせる。毒気を抜かれた調子の同級生の腕を、水城がいじらしく引いた。

「大丈夫だから。怒らないで?」
「ハルちゃんこそ、怒って良いのに。本当に良いの?」

 ほんの僅か、困ったように表情を揺らして、水城が頷いた。

「うん。もちろん」

 その応えに、高藤が畳み込んで微笑んだ。行人もあまり見たことがない類の愛想の良さで。

「本当にごめんね。ありがとう、水城。ついでに申し訳ないんだけど、ちょっと次の進行の準備があるから、榛名、連れていくね」

 言葉通り腕を掴まれて、行人は立ち上がった。

「なんだかんだで実行委員の仕事、忙しくて。ごめんね、こいつも一応、委員だから」

 行人と違って、普段の高藤は不愛想というわけではないが、笑顔を振りまくようなタイプでもない。淡々としていて、感情の起伏が少ない。感情の沸点も高い分、基本的に声を荒げるようなことも、ない。でも、これは、怒ってる、な。
 今の今まで自分が苛立っていたことを棚に上げて、行人はちらりと硬質な横顔を窺った。普段よりずっと足早な歩調に合わせて早めながら、自分の苛立ちが収まってきていることにやっと気が付いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています

大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。 冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。 ※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

処理中です...