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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅧ ②
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「おまえは、アルファだろう。高藤。それも、成瀬や向原に近い、所謂、アルファの上位種と呼ばれる類の」
なんで、このタイミングで、この人から第二の性の話をされないといけないのか。そうも思うのに、反発するにはあまりに茅野の声は静かで、皓太は言葉を呑み込んだ。
「俺も、アルファだがな。正直、初めて成瀬や向原と逢った時は、敗北感に近いものを感じたな。これでも、この学園に入るまでは、俺の周囲には俺より優秀な人間はいなかったし、いないと思っていた」
「茅野さん、が?」
「なんだ。俺がそんなことを思っていたのは意外か? 嫉妬くらいするさ。当たり前にな。おまえやあいつらは上位種かと勘繰りもする。口に出すかどうかは、……それこそ、性格や倫理観に寄るだろうが。誰でも内面ではそんなものだろう」
皓太の反応に苦笑して、茅野が言葉を継いだ。
「そういう意味では、おまえは真っ当で、……だが、それも、ある意味で、おまえが特別だからだ」
「そんなこと……」
ないとはさすがに言えなかった。自分がアルファであることは事実だ。アルファに生まれた時点で、恵まれていると言われれば、否定することは出来ない。
「誰にも負けない、劣等感を持たないという一点に置いて。持つ人間は嫉妬をしない。嫉妬をするのも、画策するのも、持たない人間だ」
もし。もしも、仮に。俺が持っていて、榛名が持っていないとして。アルファとベータで、性の壁があるとして。何の違いがあるのだろうと思っていたかった。
この学園で、同じ部屋で同じ時を過ごして、同じ日々を歩んできたのに。
「おまえのその考え方は至って正しい。ただ、――真っ当過ぎるな」
「でも、少なくとも……中等部の時は、そうじゃなかった」
「倫理観が変わったということかもしれないな、それならば」
宥める調子で茅野が語尾を和らげた。
「おまえたちはある意味で、洗脳世代でもあったから。その反動が、こうやって出ているのかもしれない」
「洗脳、世代?」
繰り返した皓太に、茅野が微かに目じりを下げた。首肯するように。
「おまえたちが中等部に入学して、……言うならば、初めてこの学園に接した時の、トップは誰だった? それで、おまえが所属していた寮には誰がいた?」
「――成瀬さん?」
「そう。あいつだ。あいつも、今は多少あれでも丸くなっているが、あのころは、もっとなんというか、強引なところもあってな。まぁ、幼かったということもあるのだろうが、なんというか」
言いあぐねるようにしていた茅野が「そうだな」と頷いた。
「理想論者だった」
あぁ、と。得心した。確かに、彼はそうだった。そしてそれは、この学園に入学するより、ずっと以前から。皓太が物心ついたころから、二つ年上の幼馴染みはいつだって正しかった。正しいとあろうとする道を行っていた。
「この学園にいる間は第二の性も何も関係ない。みんな同じ屋根の下で生活する仲間です、だったかな。当たり障りのない言葉なんだが、あの顔で、あの声で、堂々と言われれば、このある意味で閉鎖的な学園は『そう』なのかと思うだろう」
茅野は笑ったが、皓太は笑えなかった。三年前。講堂で、初めて親元を離れたあの日、自分たち新入生のこの先を示すように立っていたのは、生徒会長だった。
「いや、悪いことではないとは思う。本当に。あいつの言うそれは正論だ。だが、今までの価値観との相違は甚だしいだろう。いくら第二の性は秘匿と言われたところで、アルファはちやほやされて育ってきているし、ベータは、……特にこの学園に来るようなベータは、アルファに劣等感を持っている人間が多い」
他のベータよりずっと優秀で、けれどどうしたって、アルファではないという性差の壁を越えられない、ベータ。
「そんなことは関係ないと言われても夢物語だ。けれど、成瀬の手の届く範囲内でだけは、その夢物語が成功して確立されていたんだ。ある一時」
やっぱり、笑えない。皓太は小さく息を吐いた。
「それが俺たちなんですか」
「特に、中等部の時、成瀬と同じ寮だったおまえたち、だな」
「……」
「今はさすがに、あいつも声を大にして、それを言うつもりはないだろう。理想としては持っているかもしれんが」
初めて家を離れるのは不安だと思うけど。大丈夫だよ、怖い先輩もいないし。自由な場所だから、六年間、楽しんだら良いよ。
中等部に入学する少し前。珍しく実家に戻ってきていたあの人が言ったことだ。理想の、――楽園。この場所を、あの人は本当にそんなふうに思っていたのだろうか。
「そして、――あいつの色が消えかけたかと思えば、今度はある意味であいつの色を一番色濃く受け継いでいるおまえがトップに立った」
その言葉に、落ちていた視線が上がる。その先で、茅野は静かに笑っていた。
「つまり、そういうことだ」
「そういう、ことって」
「あいつの中等部に入ってすぐのころのあだ名教えてやろうか?」
言葉に詰まった皓太に、茅野が笑顔のまま続けた。
なんで、このタイミングで、この人から第二の性の話をされないといけないのか。そうも思うのに、反発するにはあまりに茅野の声は静かで、皓太は言葉を呑み込んだ。
「俺も、アルファだがな。正直、初めて成瀬や向原と逢った時は、敗北感に近いものを感じたな。これでも、この学園に入るまでは、俺の周囲には俺より優秀な人間はいなかったし、いないと思っていた」
「茅野さん、が?」
「なんだ。俺がそんなことを思っていたのは意外か? 嫉妬くらいするさ。当たり前にな。おまえやあいつらは上位種かと勘繰りもする。口に出すかどうかは、……それこそ、性格や倫理観に寄るだろうが。誰でも内面ではそんなものだろう」
皓太の反応に苦笑して、茅野が言葉を継いだ。
「そういう意味では、おまえは真っ当で、……だが、それも、ある意味で、おまえが特別だからだ」
「そんなこと……」
ないとはさすがに言えなかった。自分がアルファであることは事実だ。アルファに生まれた時点で、恵まれていると言われれば、否定することは出来ない。
「誰にも負けない、劣等感を持たないという一点に置いて。持つ人間は嫉妬をしない。嫉妬をするのも、画策するのも、持たない人間だ」
もし。もしも、仮に。俺が持っていて、榛名が持っていないとして。アルファとベータで、性の壁があるとして。何の違いがあるのだろうと思っていたかった。
この学園で、同じ部屋で同じ時を過ごして、同じ日々を歩んできたのに。
「おまえのその考え方は至って正しい。ただ、――真っ当過ぎるな」
「でも、少なくとも……中等部の時は、そうじゃなかった」
「倫理観が変わったということかもしれないな、それならば」
宥める調子で茅野が語尾を和らげた。
「おまえたちはある意味で、洗脳世代でもあったから。その反動が、こうやって出ているのかもしれない」
「洗脳、世代?」
繰り返した皓太に、茅野が微かに目じりを下げた。首肯するように。
「おまえたちが中等部に入学して、……言うならば、初めてこの学園に接した時の、トップは誰だった? それで、おまえが所属していた寮には誰がいた?」
「――成瀬さん?」
「そう。あいつだ。あいつも、今は多少あれでも丸くなっているが、あのころは、もっとなんというか、強引なところもあってな。まぁ、幼かったということもあるのだろうが、なんというか」
言いあぐねるようにしていた茅野が「そうだな」と頷いた。
「理想論者だった」
あぁ、と。得心した。確かに、彼はそうだった。そしてそれは、この学園に入学するより、ずっと以前から。皓太が物心ついたころから、二つ年上の幼馴染みはいつだって正しかった。正しいとあろうとする道を行っていた。
「この学園にいる間は第二の性も何も関係ない。みんな同じ屋根の下で生活する仲間です、だったかな。当たり障りのない言葉なんだが、あの顔で、あの声で、堂々と言われれば、このある意味で閉鎖的な学園は『そう』なのかと思うだろう」
茅野は笑ったが、皓太は笑えなかった。三年前。講堂で、初めて親元を離れたあの日、自分たち新入生のこの先を示すように立っていたのは、生徒会長だった。
「いや、悪いことではないとは思う。本当に。あいつの言うそれは正論だ。だが、今までの価値観との相違は甚だしいだろう。いくら第二の性は秘匿と言われたところで、アルファはちやほやされて育ってきているし、ベータは、……特にこの学園に来るようなベータは、アルファに劣等感を持っている人間が多い」
他のベータよりずっと優秀で、けれどどうしたって、アルファではないという性差の壁を越えられない、ベータ。
「そんなことは関係ないと言われても夢物語だ。けれど、成瀬の手の届く範囲内でだけは、その夢物語が成功して確立されていたんだ。ある一時」
やっぱり、笑えない。皓太は小さく息を吐いた。
「それが俺たちなんですか」
「特に、中等部の時、成瀬と同じ寮だったおまえたち、だな」
「……」
「今はさすがに、あいつも声を大にして、それを言うつもりはないだろう。理想としては持っているかもしれんが」
初めて家を離れるのは不安だと思うけど。大丈夫だよ、怖い先輩もいないし。自由な場所だから、六年間、楽しんだら良いよ。
中等部に入学する少し前。珍しく実家に戻ってきていたあの人が言ったことだ。理想の、――楽園。この場所を、あの人は本当にそんなふうに思っていたのだろうか。
「そして、――あいつの色が消えかけたかと思えば、今度はある意味であいつの色を一番色濃く受け継いでいるおまえがトップに立った」
その言葉に、落ちていた視線が上がる。その先で、茅野は静かに笑っていた。
「つまり、そういうことだ」
「そういう、ことって」
「あいつの中等部に入ってすぐのころのあだ名教えてやろうか?」
言葉に詰まった皓太に、茅野が笑顔のまま続けた。
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