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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅨ ③
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「なんだ、おまえたちか」
「誰か探してたんですか?」
櫻寮の本部テントに顔を出した途端である。勢いよく振り向いた茅野にあからさまに落胆されて、皓太は半ば以上義務感で口を開いた。
「成瀬だ、成瀬」
「成瀬さん?」
道中ずっと黙り込んでいたくせに、出てきた名前に榛名が、いの一番に反応する。
それにほっとすると同時に、言葉にしたくない苛立ちを覚えてしまって。事実を打ち消すように、皓太は話を継いだ。
「そろそろ準備しないと駄目な時間になってます?」
「だから探しているんだけどな。このクソ忙しい時に、あいつはどこに行ってるんだ。見回りの時に見なかったか?」
「いや、見てないですけど。生徒会じゃないんですか?」
「生徒会は今日一日、向原が一括で面倒を見ている。成瀬が顔を出す必要はないはずなんだが」
呆れ声で茅野が首に手を当てた。学内は、基本的に携帯電話持ち込み不可だ。放送をかけるつもりはないだろうから、そうなれば人力で探すしかないのは皓太にも分かるし、茅野が気に病むのも分かる。それは、分かるのだけれど、だ。
「そもそもとして、向原に判断が出来ないようなことが起こるはずもない。まったく、あいつはどこで油を売っているんだ」
――おまえがそんな顔して、心配しなくてもいいだろ。
刺さりそうな榛名の視線に根負けして、皓太は「分かりました」と請け負った。どうせ、そのうち戻ってくるに決まっているのに、との溜息は押し隠して。
「俺、ちょっと空いているんで、見回りがてら探してみますよ。榛名は開票があるし、茅野さんが出て入れ違いになっても面倒でしょう」
待っていましたと言わんばかりに、「校舎の方を頼む。他は手は足りているんだ」と茅野に告げられ、ほら見たことかと唸ったのは、榛名に対してである。
だから、良いように茅野さんは人手を使いたかっただけで、何の問題もないし、大ごとになるわけもないんだって。この学内であの人の手に負えないような何かが起こるわけもないし、たとえ起こったとしても、おまえじゃあるまいし、なんとでもするに決まっている、と。
面倒事を押し付けられた故、というよりは盲目的な同室者への不満を胸中で転がしながら、皓太は校舎へと足を向けた。
い みささぎ祭の開催中は校内への立ち入りは原則禁止なので、来場者の姿も制服姿も近づくにつれ減っていく。
どうせ、時間まで人の少ないところでさぼっているだけなのだ。意外と成瀬は人の多いところが嫌いだと皓太は知っている。
あるいは、すぐに誰かに捕まってしまうから、煩わしいだけなのかもしれないけれど。
以前に一度見かけたことのある二号棟の裏手に行く先を決めて、皓太は足を速めた。少し奥まっていることもあって、いつもほとんど人はいない場所だ。
そのはずだったのに、角を曲がろうとしたところで、小さな声が耳に届いた。
「相変わらず、やることがえげつないな、櫻寮は」
探していた当人の、犬猿と言って差し支えないだろう風紀委員長の声。
嫌な場面に出くわしたなぁと思いながらも皓太は足音を潜めて、顔を覗かせた。
視線の先で、校舎の壁を背にした成瀬と本尾とが相対している。幸か不幸か自分の存在に気が付いた素振りは二人とも見せていない。出ていくにも出て行けず、皓太は諦めて気配を消した。
「可哀そうに。泣いてたんだろ? あの新入生。楓寮の連中も相当、頭に血が上ってるんじゃないのか」
「少なくとも、おまえのところには迷惑はかけてないつもりなんだけどな」
「まぁ、柊にはそうだな。ただ、学内で揉め事を起こされると、全部、風紀に後始末が回ってくることは知ってるよな、会長」
「茅野が上手くおさめてる。それこそいつものことだろう。それともなんだ? おまえも水城に興味があるのか」
挑発するように笑った成瀬に、本尾も笑った。
お互い直接手を出すようなことをするはずがないと分かっていても、見ている自分の胃が痛くなりそうで、皓太はそっと息を詰めた。
「まさか。……あぁ、でもそうだな。水城だったら、まだ、おまえのほうが、興味はあるな」
試すように本尾の手が伸びる。その指先が頬にかかっても、成瀬は微動だにしなかった。
「水城だったら、触っただけで折れそうだろ? その点、おまえなら問題ない」
「そうじゃねぇだろ、本尾」
そこでふっと成瀬が微笑った。本尾の手を振り払おうともせず、腕を組んだまま。
「俺に、だったら、向原がおまえを見てくれるからだろ?」
場が凍ったと思ったのは、きっと自分の気の所為ではない。出て行くべきだろうかと逡巡仕掛けた先で、追い打ちをかけるように成瀬が言い放った。
「誰か探してたんですか?」
櫻寮の本部テントに顔を出した途端である。勢いよく振り向いた茅野にあからさまに落胆されて、皓太は半ば以上義務感で口を開いた。
「成瀬だ、成瀬」
「成瀬さん?」
道中ずっと黙り込んでいたくせに、出てきた名前に榛名が、いの一番に反応する。
それにほっとすると同時に、言葉にしたくない苛立ちを覚えてしまって。事実を打ち消すように、皓太は話を継いだ。
「そろそろ準備しないと駄目な時間になってます?」
「だから探しているんだけどな。このクソ忙しい時に、あいつはどこに行ってるんだ。見回りの時に見なかったか?」
「いや、見てないですけど。生徒会じゃないんですか?」
「生徒会は今日一日、向原が一括で面倒を見ている。成瀬が顔を出す必要はないはずなんだが」
呆れ声で茅野が首に手を当てた。学内は、基本的に携帯電話持ち込み不可だ。放送をかけるつもりはないだろうから、そうなれば人力で探すしかないのは皓太にも分かるし、茅野が気に病むのも分かる。それは、分かるのだけれど、だ。
「そもそもとして、向原に判断が出来ないようなことが起こるはずもない。まったく、あいつはどこで油を売っているんだ」
――おまえがそんな顔して、心配しなくてもいいだろ。
刺さりそうな榛名の視線に根負けして、皓太は「分かりました」と請け負った。どうせ、そのうち戻ってくるに決まっているのに、との溜息は押し隠して。
「俺、ちょっと空いているんで、見回りがてら探してみますよ。榛名は開票があるし、茅野さんが出て入れ違いになっても面倒でしょう」
待っていましたと言わんばかりに、「校舎の方を頼む。他は手は足りているんだ」と茅野に告げられ、ほら見たことかと唸ったのは、榛名に対してである。
だから、良いように茅野さんは人手を使いたかっただけで、何の問題もないし、大ごとになるわけもないんだって。この学内であの人の手に負えないような何かが起こるわけもないし、たとえ起こったとしても、おまえじゃあるまいし、なんとでもするに決まっている、と。
面倒事を押し付けられた故、というよりは盲目的な同室者への不満を胸中で転がしながら、皓太は校舎へと足を向けた。
い みささぎ祭の開催中は校内への立ち入りは原則禁止なので、来場者の姿も制服姿も近づくにつれ減っていく。
どうせ、時間まで人の少ないところでさぼっているだけなのだ。意外と成瀬は人の多いところが嫌いだと皓太は知っている。
あるいは、すぐに誰かに捕まってしまうから、煩わしいだけなのかもしれないけれど。
以前に一度見かけたことのある二号棟の裏手に行く先を決めて、皓太は足を速めた。少し奥まっていることもあって、いつもほとんど人はいない場所だ。
そのはずだったのに、角を曲がろうとしたところで、小さな声が耳に届いた。
「相変わらず、やることがえげつないな、櫻寮は」
探していた当人の、犬猿と言って差し支えないだろう風紀委員長の声。
嫌な場面に出くわしたなぁと思いながらも皓太は足音を潜めて、顔を覗かせた。
視線の先で、校舎の壁を背にした成瀬と本尾とが相対している。幸か不幸か自分の存在に気が付いた素振りは二人とも見せていない。出ていくにも出て行けず、皓太は諦めて気配を消した。
「可哀そうに。泣いてたんだろ? あの新入生。楓寮の連中も相当、頭に血が上ってるんじゃないのか」
「少なくとも、おまえのところには迷惑はかけてないつもりなんだけどな」
「まぁ、柊にはそうだな。ただ、学内で揉め事を起こされると、全部、風紀に後始末が回ってくることは知ってるよな、会長」
「茅野が上手くおさめてる。それこそいつものことだろう。それともなんだ? おまえも水城に興味があるのか」
挑発するように笑った成瀬に、本尾も笑った。
お互い直接手を出すようなことをするはずがないと分かっていても、見ている自分の胃が痛くなりそうで、皓太はそっと息を詰めた。
「まさか。……あぁ、でもそうだな。水城だったら、まだ、おまえのほうが、興味はあるな」
試すように本尾の手が伸びる。その指先が頬にかかっても、成瀬は微動だにしなかった。
「水城だったら、触っただけで折れそうだろ? その点、おまえなら問題ない」
「そうじゃねぇだろ、本尾」
そこでふっと成瀬が微笑った。本尾の手を振り払おうともせず、腕を組んだまま。
「俺に、だったら、向原がおまえを見てくれるからだろ?」
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