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第一部
パーフェクト・ワールド・ハルⅨ ④
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「そうでもしないと、見ても貰えねぇからだろ?」
「その減らず口から叩き折って欲しいのか、成瀬」
「認めるのか? おまえが」
いつも「会長」とふざけたようにしか呼ばない本尾の呼称が変わる。一触即発の空気の中でも成瀬の態度は一向に変わらない。さも平然と見据えている。
けれど、膠着は長くは続かなかった。呆れたふうに笑って、本尾が手を離す。何か言っていたようにも思えたが、その声は皓太の耳には届かなかった。
そのまま本尾が自分がいるほうとは反対側に消えていくのを見とめて、皓太はようやく前に足を踏み出すことが出来た。
「見ているこっちが心臓に悪い挑発しないで下さいよ、成瀬さん」
漏れた本音に、そこまで驚いた素振りもなく成瀬が振り返る。好戦的とさえ言えたそれは鳴りを潜めて、見慣れたいつもの空気に戻ってはいたけれど。
いつから気が付いていたのだろうかとの疑念が過る。
「なんだ。いたのか、皓太」
「いたというか、出ていく隙もなかったんですって。覗き見してたわけじゃないですからね、俺」
「気にしなくていい。あいつのあれは、ただの八つ当たりだ」
いい性格しているなぁ、と思うのは、こういった一面を垣間見た時だ。さも自然に他人の機微を読み取って、利用する。
そのあたりも込みで、皓太は「こういう人だ」と認識しているが、榛名は王子様だとでも言わんばかりの夢を見続けている。
「ところで、向原さんは知ってるんですか、これ」
「なんで、あいつが出て来るんだよ、そこで」
自分に対するにしては珍しい嫌そうな声音に、地雷を踏んだことを悟る。けれど、今更と言えば今更で。
「なんでもなにも。もともとが向原さんの所為で絡まれているんじゃないですか」
この人の言い方を踏むならば、向原さんに構って貰いたいが為だけに、この人のほうに流れてきているということだ。
なんとなく分かるような気もするが、この人たちの関係は言葉にし難い。
「俺に降りかかった以上、俺の問題だ。だから、気にしなくていい」
――まぁ、そう言うだろうとは、思っていたけれど。
先ほどとは違う溜息を噛み殺して、成瀬を見上げた。昔に比べれば身長差は縮まってきているけれど、まだ追いつけない。視線の先で、小さく成瀬が笑った。内緒話をするかのように。
「言うなよ、向原に」
「分かってますって」
成瀬さんが、どんなやり方で本尾先輩を煙に巻いていたかは。
頷いた皓太に、何事もなかったかのように彼が話を変えた。
「茅野に頼まれた?」
「どこで油を売ってるんだって、気は揉んでましたよ」
「じゃあ、早く戻らないと怒られるな」
「成瀬さん」
いつもの顔で応じて戻ろうとした彼を、何故か皓太は呼び止めてしまっていた。
「どうした?」
求めに応じて足を止めた成瀬の顏には微かに困惑が滲んでいた。当たり前だ。急げと呼びに来たのは自分だ。
だから、これはただの衝動だったのだと思う。あるいは、結果が出る前の不安、だったのかもしれない。
「あの、祥くん」
呼び方を変えたのは、彼が正直に答えてくれるのではないかと期待したからだ。陵学園の生徒会長としてではなく、幼馴染みの成瀬祥平として。
「祥くんは、今のこの学園をどう思ってる? 水城が入学してきたことで何かが変わると思う?」
「向原……は、おまえにそんなこと言わないな。篠原? 茅野?」
直球だった問いかけに、弱ったような笑顔が浮かぶ。出てきた名前に明確な答えは返さなかったのに、正解は伝わってしまったらしい。
「どっちもか。仕方ないな、あいつらは。篠原はお節介だし、茅野は頑固だからなぁ。……ここを大事に思っていて、皓太に期待しているんだろうけど」
苦笑めいた声は優しい。学内で聞くものよりも、ずっと。
「良くも悪くも、皓太はなんでもできるから、期待値が大きいんだろうな。こうやって、余計なことまで聞かされる」
まるで、可哀そうにと言われているみたいだった。皓太の瞳をじっと見据えたまま、成瀬は言い切った。
「気にしなくていい」
篠原や茅野に暗に示されたものとは正反対の応え。それに縋りつきたいような安堵感も確かにあるのに、求めているものではないとも思ってしまった。かわされている。
「祥くんは、どう思ってるの?」
だから、もう一度だけ問いかけた。
「人が入れ替われば、内部の空気が変わるのは自然な流れだよ。何も不安に思うようなことはない」
「それは祥くんの本音?」
「皓太」
言い聞かせるように、あるいは反論をねじ伏せるように。彼が名前を呼んだ。
「心配しなくていい、何も。大丈夫だから」
それは、ここが、この人が創り上げた楽園だから、なのだろうか。皓太の葛藤に気が付いたのかもしれない。諫める調子だった口調が和らいで、子どもを阿るようなものに変わる。
「皓太は、皓太自身と皓太が大切にしたいと思うことを優先したらいいんだ。皓太は周りが見えすぎるから」
「祥くんが大事だと思っているものを、祥くんは今、守ってるの」
アルファもオメガもいない世界とやらを。たとえば、榛名が安心してあと三年、過ごすことが出来るような世界を。
「その減らず口から叩き折って欲しいのか、成瀬」
「認めるのか? おまえが」
いつも「会長」とふざけたようにしか呼ばない本尾の呼称が変わる。一触即発の空気の中でも成瀬の態度は一向に変わらない。さも平然と見据えている。
けれど、膠着は長くは続かなかった。呆れたふうに笑って、本尾が手を離す。何か言っていたようにも思えたが、その声は皓太の耳には届かなかった。
そのまま本尾が自分がいるほうとは反対側に消えていくのを見とめて、皓太はようやく前に足を踏み出すことが出来た。
「見ているこっちが心臓に悪い挑発しないで下さいよ、成瀬さん」
漏れた本音に、そこまで驚いた素振りもなく成瀬が振り返る。好戦的とさえ言えたそれは鳴りを潜めて、見慣れたいつもの空気に戻ってはいたけれど。
いつから気が付いていたのだろうかとの疑念が過る。
「なんだ。いたのか、皓太」
「いたというか、出ていく隙もなかったんですって。覗き見してたわけじゃないですからね、俺」
「気にしなくていい。あいつのあれは、ただの八つ当たりだ」
いい性格しているなぁ、と思うのは、こういった一面を垣間見た時だ。さも自然に他人の機微を読み取って、利用する。
そのあたりも込みで、皓太は「こういう人だ」と認識しているが、榛名は王子様だとでも言わんばかりの夢を見続けている。
「ところで、向原さんは知ってるんですか、これ」
「なんで、あいつが出て来るんだよ、そこで」
自分に対するにしては珍しい嫌そうな声音に、地雷を踏んだことを悟る。けれど、今更と言えば今更で。
「なんでもなにも。もともとが向原さんの所為で絡まれているんじゃないですか」
この人の言い方を踏むならば、向原さんに構って貰いたいが為だけに、この人のほうに流れてきているということだ。
なんとなく分かるような気もするが、この人たちの関係は言葉にし難い。
「俺に降りかかった以上、俺の問題だ。だから、気にしなくていい」
――まぁ、そう言うだろうとは、思っていたけれど。
先ほどとは違う溜息を噛み殺して、成瀬を見上げた。昔に比べれば身長差は縮まってきているけれど、まだ追いつけない。視線の先で、小さく成瀬が笑った。内緒話をするかのように。
「言うなよ、向原に」
「分かってますって」
成瀬さんが、どんなやり方で本尾先輩を煙に巻いていたかは。
頷いた皓太に、何事もなかったかのように彼が話を変えた。
「茅野に頼まれた?」
「どこで油を売ってるんだって、気は揉んでましたよ」
「じゃあ、早く戻らないと怒られるな」
「成瀬さん」
いつもの顔で応じて戻ろうとした彼を、何故か皓太は呼び止めてしまっていた。
「どうした?」
求めに応じて足を止めた成瀬の顏には微かに困惑が滲んでいた。当たり前だ。急げと呼びに来たのは自分だ。
だから、これはただの衝動だったのだと思う。あるいは、結果が出る前の不安、だったのかもしれない。
「あの、祥くん」
呼び方を変えたのは、彼が正直に答えてくれるのではないかと期待したからだ。陵学園の生徒会長としてではなく、幼馴染みの成瀬祥平として。
「祥くんは、今のこの学園をどう思ってる? 水城が入学してきたことで何かが変わると思う?」
「向原……は、おまえにそんなこと言わないな。篠原? 茅野?」
直球だった問いかけに、弱ったような笑顔が浮かぶ。出てきた名前に明確な答えは返さなかったのに、正解は伝わってしまったらしい。
「どっちもか。仕方ないな、あいつらは。篠原はお節介だし、茅野は頑固だからなぁ。……ここを大事に思っていて、皓太に期待しているんだろうけど」
苦笑めいた声は優しい。学内で聞くものよりも、ずっと。
「良くも悪くも、皓太はなんでもできるから、期待値が大きいんだろうな。こうやって、余計なことまで聞かされる」
まるで、可哀そうにと言われているみたいだった。皓太の瞳をじっと見据えたまま、成瀬は言い切った。
「気にしなくていい」
篠原や茅野に暗に示されたものとは正反対の応え。それに縋りつきたいような安堵感も確かにあるのに、求めているものではないとも思ってしまった。かわされている。
「祥くんは、どう思ってるの?」
だから、もう一度だけ問いかけた。
「人が入れ替われば、内部の空気が変わるのは自然な流れだよ。何も不安に思うようなことはない」
「それは祥くんの本音?」
「皓太」
言い聞かせるように、あるいは反論をねじ伏せるように。彼が名前を呼んだ。
「心配しなくていい、何も。大丈夫だから」
それは、ここが、この人が創り上げた楽園だから、なのだろうか。皓太の葛藤に気が付いたのかもしれない。諫める調子だった口調が和らいで、子どもを阿るようなものに変わる。
「皓太は、皓太自身と皓太が大切にしたいと思うことを優先したらいいんだ。皓太は周りが見えすぎるから」
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