パーフェクトワールド

木原あざみ

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第二部

パーフェクト・ワールド・レインⅠ ⑤

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「かわいそうに。茅野のせいで」
「俺のせいなのか?」

 心外そうな声に「おまえのせいでもあるだろ」と応じると、茅野が黙り込んだ。そうしてから、渋々といったていで口を開く。

「まぁ、なんだ。俺が話しかけたせいで、すぐに取りに行けなかったというのなら、俺のせいでもあるのかもしれないな。またなくしたのか?」
「あ、ええと……」
「一度目の責任は、多少なりとも俺にあるようだしな。正直に申告すればそう怒らないから、安心しろと言っておけ」
「いや、またなくしたというわけではないんですけど。ただ、ちょっと気になることがあって。そのことで」
「気になることって、鍵に関することでか?」

 穏やかじゃないなと同意を求められて、成瀬も頷く。その話が幼馴染みの表情の陰りに直結しているのだとしたら、なおさらだ。
 先輩ふたりの気づかわしげな視線を受けて、皓太が「数日前のことなんですけど」と説明を開始した。
 勉強机の鍵付きの引き出しを、行人が妙に気にしていたことがあったらしい。
 日中に寮室に戻ってきたかと問いかけられた時点でおかしさを確信したが、行人はなにも話さず、寮長に話を通しておこうかという提案も却下されてしまったという。

「まぁ、あいつの頑固さは今に始まったことじゃないんですけど」

 半分諦めた調子で笑ってから、幼馴染みはこう続けた。

「でも、本当になにもないなら、俺に戻ってきたかなんて確認しないだろうし。それで、榛名が前に鍵をなくしてたことを思い出して」
「もしかして、その鍵を拾った誰かが部屋に入ってきたんじゃないかって心配してる?」
「その可能性も、なくはないのかなって」

 黙って話を聞いていた茅野が、ちらりと視線を寄こしてきた。なにを考えているのかはだいたいわかったので、目だけで同意を示す。
 明確な証拠がないうちから、一年生に不要な心配を与えることはない。同じ思いだったのか、茅野は「そうだな」と努めて軽い調子で頷いた。

「気になるなら、実費にはなるが鍵の付け替えは可能だぞ」
「そんなことできるんですか?」
「もちろんだ。鍵の紛失後に不安だから替えたいという申請が出ることもあるしな」
「なんだ、それなら俺の負担でしようかな」

 俺が不安だっていうことにしたらいいし、とひとりごちる横顔からは、暗かった雰囲気は抜け落ちていた。与えられた解決策で、ひとまず納得できたらしい。そのことに成瀬もほっとする。

「皓太の言うとおり、付け替え料で安心が買えるなら安いかもな」
「うん。俺もそう思う。榛名は必要ないって言うだろうけど、俺の負担だから、で押し切るよ。――あ、そうだ、茅野さん」
「なんだ?」
「付け替えの申請が出ることもあるって言ってましたけど。実際に誰かが部屋に入り込んだようなことって、今までにあったんですか?」
「まぁ、いろんな生徒がいるからな。とは言っても、俺の知る限り重大なインシデントが起こったことはないぞ」

 安心させるように告げた茅野が、ぽんと皓太の肩を叩く。

「手続きは夜の点呼のあとで教えてやる。そのときでいいか?」
「すみません、お願いします」

 気がかりだったから助かりました。そう言って笑みを浮かべた幼馴染みに「よかったな」と応じながらも、成瀬はすっきりとしないものを持て余していた。どうにもタイミングが良すぎるのだ。
 あの顔。さきほど目にしたばかりの、天使のほほえみ。

 ――いつまでもその世界が続けばいいですけど。

「やはり、楓寮の中だけでは納まってくれそうにないな」

 皓太と別れ五階に足を踏み入れるなり、茅野の声がトーンダウンする。明るい声から一転した、面倒くさそうなそれ。
 皓太にはああ言ったが、茅野も侵入者があったと疑っているのだろう。そして、あったとすれば、その犯人は彼らだろうと。

「どうだろうな」
「なにが、どうだろうな、だ。おまえもそう思っているんだろう。おまえが気に病むだろうから、高藤には言わなかったが」

 とんだお姫様だな、とぼやいた茅野が、楓寮のある方向に視線を向けた。窓の奥では、楓寮の明かりがこうこうと光っている。

「水城の一派の仕業だと思っている。違うか?」

 いまごろ、あの寮ではなにが行われているのだろうか。アルファをひとり、またひとりと味方に取り込んでいるのだろうか。
 意味のない想像を切り捨てて、成瀬は静かにほほえんだ。

「そうじゃなければいいと思っていたところだよ」
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