パーフェクトワールド

木原あざみ

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第二部

パーフェクト・ワールド・レインⅢ ③

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「あれ、皓太じゃん。珍しい」

 篠原の声につられて顔を上げると、教室の出入り口にいた幼馴染みとぱちりと目が合った。

「皓太?」

 席から呼びかけると、ほっとした様子で近づいてくる。昼休みとはいえ、一年生には入りづらい空間だったのだろう。

「どうかした? 茅野なら、向原と一緒にどっか行ったけど」
「あ、ええと……、その、成瀬さんにだったんだけど」
「俺?」

 寮生委員会関連の火急の用事だと思っていたせいで、驚いたような声になってしまった。自分でも珍しいことをしている自覚があったのか、バツの悪い顔で皓太がほほえむ。

「ちょっとだけいいかな、今」
「もちろん。それはいいけど」

 寮ではできない話なのだと予想できて、成瀬は立ち上がった。

「悪い、ちょっと出てくる」
「……了解」

 ついでに、と持ち出していた書類を押しつけると、とんでもなく渋い顔をされてしまったが。なんだかんだでやってくれることを知っているので、そのまま教室を後にする。
 一歩遅れて着いてきた皓太が、慮るように問いかけてきた。篠原の机に積まれた書類の厚さが気になったらしい。
「忙しいんですか? 生徒会」
「あぁ、まぁ。皓太は生徒会入る気ない?」
「入りません。というか、俺、寮生委員会の所属だし」
「そうなんだよなぁ。あのじゃんけんは惜しいことした」
「本当にじゃんけんだったんだ……」

 信じられないと言いたげな幼馴染みの態度を笑ってから、「それで?」と話を切り出す。

「話って、このあいだのことだった? このあたりはあんまり誰も通らないし、教室よりは人目もマシだと思うんだけど」

 言ったとおりで、移動先は成瀬の隠れ場所のひとつだった。

「本当にうまいよね、成瀬さんこういうところ見つけるの」

 感嘆半分呆れ半分といった調子で呟いて、皓太が視線を一巡させる。
 あまり使われていない校舎の裏手だから、閑散としているところなのだ。唯一気になるとすれば屋上から見えてしまう立地だが、話し声が筒抜けになることはない。今日のことで言えば、問題はないはずだ。

「ひとりになりたいときに使えるから。あると便利だよ」
「わからなくはないけど。榛名も最近そんな感じだし」
「行人? そういえば、昨日の夜、食堂で会ったな」
「なにか言ってませんでした? あいつ」
「なにかって?」
「いや、その、……最近あいつ変だから」

 前にも増して苛々してるというか、との溜息まじりの台詞が続く。

「不安定とも言えるのかな。はっきりどうとは言えないんですけど、最近よくいなくなるし」
「いなくなるって。でも、行人のことだから、ちゃんと消灯時間内には戻ってきてるだろ」
「戻ってこなかったら大問題だから。成瀬さんの周囲の人と一緒にしないでやって」

 そう苦笑してから、皓太は慮るように眉をひそめた。

「前はこっちが心配になるくらい部屋に引きこもってたから、余計に気になってるだけなのかもしれないんだけど。まぁ、朝の時間帯だけはよく消えてたんだけどね」

 引きこもっていたのは、それだけ同室者を信用していた、ということだろうけれど。

 純粋に心配している様子の幼馴染みをそっとうかがう。このふたりに限って、なにかあったということはないだろう。
 朝早くに姿を消す理由は特性からくるものだろうが、居心地がいいはずの部屋から頻繁に出ていくようになったのは――。
 昨夜見た沈んだ横顔を思い浮かべながら、「そうだな」と困ったふうに成瀬は応じてみせた。

「行人、俺の前だといい子になろうとするからなぁ」
「あぁ……そうか。そうだったな」

 思い至ったように繰り返した皓太が、また溜息を吐いた。

「じゃあ、成瀬さんに相談したりなんかしてないか」
「皓太が嫌じゃなかったら、俺から一度聞いてみようか。答えてくれるかどうかはわからないけど」

 引き出しを気にしていたという話を聞いたときから懸念は覚えていたが、相談してくる前に口を出すことではないと考えていた。だから昨日もあっさりと引いたのだ。

 ――俺だったら、そんなわかりやすいところにしまわないけど。

 仮にしまったとしても、必ずほかに分散させたはずだ。一か所にのみ隠しておくのは危険すぎる。けれど、それはあくまで自分であったら、の話だ。
 行人は自分とは違う。学園と寮を信用して、鍵の奥に大切なものをすべて隠していたのかもしれない。

「俺も心配だから」
「なんかずるいな、その言い方」

 一拍置いて、拗ねたように皓太がぼやいた。

「俺が相談に来た時点で、もう意地張れないってわかってるくせに」
「皓太はえらいよな、そういうところ」
「えらいって。何才だと思ってるわけ、俺のこと」

 子ども扱いだと責められそうで、笑って言い繕う。

「ごめん、ごめん。でも、そうやって、自分を客観的に判断できるのはいいことだなって」

 無理やり聞き出そうとすることなく、適した人間に相談することで現状を打開しようとしているのだ。幼馴染みのひいき目を抜いても、優しくて誠実な対応だと思う。
 行人が選ぶ相手が皓太であればいいのに、と勝手なことを想像してしまうくらいには。

「それで?」
「ん? なに?」
「なに、じゃなくて。榛名に話を聞いたとして、俺に教えてくれるつもりはあるのかなって」
「必要だったら、皓太に話したほうがいいって伝える」

 にこ、とほほえみかけると、不本意そうな間が生まれた。けれど、すぐにしかたないという顔に切り替わる。

「そうだね、しかたない」
「うん。でも、言ったほうがいいと思ったら、ちゃんと伝えるから」
「わかった。聞いてくれてありがとう。これであとは、榛名がちゃんと話してくれたら解決するんだけどな」

 あいつ頑固だからなぁ、と半分諦めたように言って、肩をすくめる。

「なにかある前に相談してくれたら、こっちもなんとかできるかもしれないのに、言わないから。……って、どうかした? 成瀬さん」
「ううん、なんでもないよ」

 頭に浮かびかけたものを押し込んで、「送ってく」と成瀬は声をかけた。予想外の提案だったのか、どこか幼いしぐさで皓太が首を傾げた。

「送っていくって、もしかして水城のこと気にしてる?」
「そういうわけでもないけど。あ、でも、皓太のクラスはちょっと見てみたいかな」

 かわいい幼馴染みが在籍してる教室なんだし、と続けた半分は本心だったのだが、そのかわいい幼馴染みはまったく信じていない顔をしていた。

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