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第三部
パーフェクト・ワールド・ゼロⅢ ①
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「なぁ、おい。成瀬。寮長である俺が抗議に行くのは問題ないとして、俺とおまえの組み合わせというのは、客観的に見ておかしくはないか?」
そう指摘すると、隣を歩いていた無駄に整った顔が嫌そうにゆがんだ。いつもに増して気が短い反応である。まぁ、元から見た目ほど気の長い男でもないし、昨日の今日だと思えば、ある程度はしかたがないな。そう、茅野は思い切った。
とはいえ、それも、成瀬に限った話ではないのだが。櫻寮のアルファは軒並み寝不足なことだろう。ヒートのオメガと接触したことのある人間なんて、ほとんどいなかったに違いない。
もちろん、茅野だってそうだ。
――それなのに、よくもまぁ、ああも平然とした顔を貫けたものだ。
昨日のことだ。高藤にとにかく早く寮に戻ってくれと呼びに来られたときも驚いたが、寮に戻って目の当たりにした現状には心底驚いた。
榛名がオメガだったこともそうだし、ヒートを起こしていたこともそうだが、濃密な香りのなかにあっても、いつもと変わらない顔をしていた成瀬の精神力に。
その理性の強靭さが、あの後輩にとって吉と出たのかどうかは、茅野には判断できないが。
「俺が生徒会長で、おまえが櫻寮の寮長。被害に遭ったのは学内だけど、原因はあれなんだし。俺とおまえでなんの問題もないと思うんだけどな」
「それは、まぁ、そうだが」
すっきりとしないものを抱えたまま、曇り空を仰ぐ。普段どおりの登校時間であるはずなのに、校舎に続く道には自分たちのほかに人影はない。
これも昨日の余波なのかと思うと、気が重かった。
「風紀に向かうなら、向原が付いて行きたがるだろう、普通」
「あぁ、……うん、どうかな」
奥歯に物が挟まったような言い方に、またか、と茅野は内心で溜息をこぼした。どうせすぐに元の鞘に収まるのだろうが、諍いが増えたと感じているだけに悶々としてしまう。
向原も成瀬も、どちらも突出したアルファで、頭もいい。だから一緒にいて楽なのだろうと茅野はずっと踏んでいた。
頑固なのはお互い様だと思うが、向原はなんだかんだと言って成瀬にかなり歩み寄っている。それで、ずっとうまくいっていたのだ。
――それが機能しなくなったというなら、まちがいなく原因はこいつにあるな。
あまり近しくない人間は「逆じゃないのか」と疑うかもしれないが、茅野の目にはそう映っているし、篠原も自分と似たことを言うだろうと思う。
つまり、そういうことなのだ。
「俺も何度も同じことを言いたくはないんだがな。この時期だ。しょうもない喧嘩で付け入る隙を与えるなよ」
「喧嘩か」
「なんだ。喧嘩じゃないとでも言うつもりか」
そのありさまで、という揶揄は呑み込んでやったのに、予想外の応えを返されてしまった。
「そうだったら、よかったんだけど」
「そうだったら、って……」
「まぁ、でも、とりあえず、問題は風紀だな」
問いかけを無視して話を戻した成瀬が、確認するように視線を合わせてくる。
「俺のなかで、昨日の風紀は一線を越してたと思ってるんだけど」
「おまえから話を聞いた分には、まぁ、そうだと思うが」
渋々と茅野は頷いた。余計なことで揉めるわけにはいかない。なにせ、これから風紀と「話し合い」をするのだ。
「同じ認識なら、よかった。俺が出ると面倒になるから、茅野が話を進めてくれたら助かるなと思って」
「おい、成瀬」
「なに?」
「……なんでもない」
おまえ、寮と寮の問題にすり替えようとしているだろう、と指摘する代わりに、成瀬が求めている方向に舵を切り直す。
こちらの忠告も意見もいっさい受け付けなさそうな笑顔だったからだ。
「第二の性の話、……生活態度の乱れという話にもっていってもいいが、風紀が納得するかどうかは知らんぞ。というか、その着地点で収めたいのなら本尾じゃなくて、柊の寮長に――」
覚えた嫌な予感に言葉を止めて、隣に視線を向ける。やましいことなんてひとつもありませんという顔をしているが、そんなわけがない。
「本尾になにを言ったんだ、昨日おまえは」
「べつに? ただ、あいつが顔貸せって言ってたから。まぁ、見せるくらいならいいかなって」
困ったようにほほえまれてしまうと、「そうか」としか言えなかった。六年に及ぶ付き合いで培われた、諦めの境地である。そういう男なのだ。
この頑固者と内心で詰ってから、茅野は大仰に溜息を吐いてみせた。
本来の役目以上に面倒なことを押し付けられている気はするが、成瀬はともかくとしても、榛名はかわいい寮生だ。
――どうにかしてやりたいと思ってはいるんだがな。
なにもなかったことにしてやれたら一番いいのだが、無理な話だ。
オメガだと露見した以上、対策は取らなければならない。区別は絶対に必要だからだ。
積極的に口にしたいようなことでもないが、寮長であるのだからしかたがない。
「本尾のことも、校内でのことも、俺の仕切れる範囲ではないし、おまえの仕切りに文句を言うつもりもない。だがな、寮内のことは違う。さすがに今のままでいいと突っぱねることはできないからな」
「茅野」
「わかってるだろう。昨日の一件で、あいつの第二の性は知れ渡ったんだ。その事実がある以上、今までどおりというのは現実的じゃない」
あるいは、榛名と高藤が選べば叶うかもしれないが。けれど、どちらにしても。
「昨夜、あれ以上の騒ぎが起きなかったことが奇跡だ」
わかっているだろう、ともう一度念を押したが、それ以上の反論はなかった。成瀬だってわかってはいるのだろう。この世界は、結局はそういうふうにできている。
アルファとオメガは、区別をしなければ共生できない。それが真理だ。
[パーフェクト・ワールド・ゼロⅢ]
そう指摘すると、隣を歩いていた無駄に整った顔が嫌そうにゆがんだ。いつもに増して気が短い反応である。まぁ、元から見た目ほど気の長い男でもないし、昨日の今日だと思えば、ある程度はしかたがないな。そう、茅野は思い切った。
とはいえ、それも、成瀬に限った話ではないのだが。櫻寮のアルファは軒並み寝不足なことだろう。ヒートのオメガと接触したことのある人間なんて、ほとんどいなかったに違いない。
もちろん、茅野だってそうだ。
――それなのに、よくもまぁ、ああも平然とした顔を貫けたものだ。
昨日のことだ。高藤にとにかく早く寮に戻ってくれと呼びに来られたときも驚いたが、寮に戻って目の当たりにした現状には心底驚いた。
榛名がオメガだったこともそうだし、ヒートを起こしていたこともそうだが、濃密な香りのなかにあっても、いつもと変わらない顔をしていた成瀬の精神力に。
その理性の強靭さが、あの後輩にとって吉と出たのかどうかは、茅野には判断できないが。
「俺が生徒会長で、おまえが櫻寮の寮長。被害に遭ったのは学内だけど、原因はあれなんだし。俺とおまえでなんの問題もないと思うんだけどな」
「それは、まぁ、そうだが」
すっきりとしないものを抱えたまま、曇り空を仰ぐ。普段どおりの登校時間であるはずなのに、校舎に続く道には自分たちのほかに人影はない。
これも昨日の余波なのかと思うと、気が重かった。
「風紀に向かうなら、向原が付いて行きたがるだろう、普通」
「あぁ、……うん、どうかな」
奥歯に物が挟まったような言い方に、またか、と茅野は内心で溜息をこぼした。どうせすぐに元の鞘に収まるのだろうが、諍いが増えたと感じているだけに悶々としてしまう。
向原も成瀬も、どちらも突出したアルファで、頭もいい。だから一緒にいて楽なのだろうと茅野はずっと踏んでいた。
頑固なのはお互い様だと思うが、向原はなんだかんだと言って成瀬にかなり歩み寄っている。それで、ずっとうまくいっていたのだ。
――それが機能しなくなったというなら、まちがいなく原因はこいつにあるな。
あまり近しくない人間は「逆じゃないのか」と疑うかもしれないが、茅野の目にはそう映っているし、篠原も自分と似たことを言うだろうと思う。
つまり、そういうことなのだ。
「俺も何度も同じことを言いたくはないんだがな。この時期だ。しょうもない喧嘩で付け入る隙を与えるなよ」
「喧嘩か」
「なんだ。喧嘩じゃないとでも言うつもりか」
そのありさまで、という揶揄は呑み込んでやったのに、予想外の応えを返されてしまった。
「そうだったら、よかったんだけど」
「そうだったら、って……」
「まぁ、でも、とりあえず、問題は風紀だな」
問いかけを無視して話を戻した成瀬が、確認するように視線を合わせてくる。
「俺のなかで、昨日の風紀は一線を越してたと思ってるんだけど」
「おまえから話を聞いた分には、まぁ、そうだと思うが」
渋々と茅野は頷いた。余計なことで揉めるわけにはいかない。なにせ、これから風紀と「話し合い」をするのだ。
「同じ認識なら、よかった。俺が出ると面倒になるから、茅野が話を進めてくれたら助かるなと思って」
「おい、成瀬」
「なに?」
「……なんでもない」
おまえ、寮と寮の問題にすり替えようとしているだろう、と指摘する代わりに、成瀬が求めている方向に舵を切り直す。
こちらの忠告も意見もいっさい受け付けなさそうな笑顔だったからだ。
「第二の性の話、……生活態度の乱れという話にもっていってもいいが、風紀が納得するかどうかは知らんぞ。というか、その着地点で収めたいのなら本尾じゃなくて、柊の寮長に――」
覚えた嫌な予感に言葉を止めて、隣に視線を向ける。やましいことなんてひとつもありませんという顔をしているが、そんなわけがない。
「本尾になにを言ったんだ、昨日おまえは」
「べつに? ただ、あいつが顔貸せって言ってたから。まぁ、見せるくらいならいいかなって」
困ったようにほほえまれてしまうと、「そうか」としか言えなかった。六年に及ぶ付き合いで培われた、諦めの境地である。そういう男なのだ。
この頑固者と内心で詰ってから、茅野は大仰に溜息を吐いてみせた。
本来の役目以上に面倒なことを押し付けられている気はするが、成瀬はともかくとしても、榛名はかわいい寮生だ。
――どうにかしてやりたいと思ってはいるんだがな。
なにもなかったことにしてやれたら一番いいのだが、無理な話だ。
オメガだと露見した以上、対策は取らなければならない。区別は絶対に必要だからだ。
積極的に口にしたいようなことでもないが、寮長であるのだからしかたがない。
「本尾のことも、校内でのことも、俺の仕切れる範囲ではないし、おまえの仕切りに文句を言うつもりもない。だがな、寮内のことは違う。さすがに今のままでいいと突っぱねることはできないからな」
「茅野」
「わかってるだろう。昨日の一件で、あいつの第二の性は知れ渡ったんだ。その事実がある以上、今までどおりというのは現実的じゃない」
あるいは、榛名と高藤が選べば叶うかもしれないが。けれど、どちらにしても。
「昨夜、あれ以上の騒ぎが起きなかったことが奇跡だ」
わかっているだろう、ともう一度念を押したが、それ以上の反論はなかった。成瀬だってわかってはいるのだろう。この世界は、結局はそういうふうにできている。
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[パーフェクト・ワールド・ゼロⅢ]
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