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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド0 ②
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「柏木先輩」
てっきり茅野か成瀬だと思い込んでいたから、ドアを開けた先にいた人に声が驚いてしまった。
その態度には言及せず、柏木は労わるような笑みを浮かべた。
「昨日は大変だったな」
「あ、……いえ」
朗らかな寮長とは正反対で、クール美人と評されている彼にまでそんな顔をさせてしまっている事実に、慌てて頭を下げる。
「その、俺が迷惑をかけてしまって、……すみませんでした」
振り絞った謝罪に、柏木は「かまわない」とあっさり首を横に振った。そうして部屋のドアを閉める。
「先に断っておくが、俺はベータだ。ここに来たのも、副寮長として話をしに来ただけで他意はない」
「それは、もちろん」
わかってます、と本心で行人は頷いた。この寮を管理する人たちの誠実さは、昨日の一件で改めて身に染みていた。
勧められるがままベッドに腰をかけて、椅子を引いた柏木と向かい合う。
思えば、この人とこんなふうにしてふたりで喋るのははじめてかもしれなかった。けれど、どうして寮長ではなく、この人なのだろう。茅野がアルファだから気を配ってくれたのだろうか。
――でも、だったらふたりで来るのが一番いいはずだよな。
ふたりきりで話せば邪推する人間が出るかもしれない。だから柏木もわざわざ「ベータ」だと第二の性を明かしてくれたのだ。それに、茅野はこういうときに誰かを遣わすタイプではない気がする。
気になってしまって、行人はおずおずと口を開いた。
「あの、茅野さんは……」
「茅野なら、今日はもう成瀬と学校に向かっている」
「成瀬さんと、ですか」
「昨日のことで風紀と話をつけると言っていた。だから、きみはもうあのことは心配しなくていい」
あのことと言われて、知らず視線が下を向く。思い出したくはなかったけれど、迷惑をかけてしまったことは紛れもない事実なのだ。
「校内のことはあいつらに任せたらいい。成瀬も茅野も、十分すぎるほど頼りになる。この寮でよかったな」
慰めてくれているのだとわかったから、顔を上げて笑ったつもりだった。けれど、できていなかったのかもしれない。扱いに困ったように柏木がわずかに眉を下げた。
「そういった運も大切なものだ。この学園で生きていくためには」
「……はい」
「うん。素直に受け取れるものは受け取っておいたらいい。味方が強力であることに越したことはないだろう。それで、本題に入りたいんだが」
はい、ともう一度頷くと、柏木が静かに口火を切った。
「ここからが副寮長としての話になるんだが、きみにはいくつか選択肢がある」
「いくつか、ですか?」
予想外の言葉に、行人は繰り返した。そんなものが残されているとは、思ってもいなかったのだ。
「前提として言わせてもらうが、きみがこの学園を自主退学する必要はないし、櫻寮を出る必要もない」
「……」
「と、成瀬も茅野も、――まぁ、学園側もそう言うはずだ」
ここにいてもいい。その許しを得た気分で、行人は詰めていた息を吐き出した。
持て余される存在になると覚悟していたし、出て行けと言われても不思議ではないと思っていたのだ。
「……ではあるが、きみの第二の性が表面化してしまった以上、今までどおりの扱いは難しい。これは、寮生委員会としての意見だ」
「わかってます」
精いっぱいなんでもないように応じる。この人が言っていることは正しい。なにも間違ってはいない。差別を肯定するつもりはないが、区別は必要だと理解しているし、そうあるべきだと思っている。
平等でありたいと声高に言う水城のことが、ずっと理解できなかった。そうしてやはり今も、共感も理解もできそうになかった。したくもない。
「きみの同室者は、中等部のころからずっと高藤だった記憶しているが、なにか問題が起きたことはあったか? たとえば、喧嘩だとか、まぁ、……好きだのなんだのと、そういった話もふくめて、きみが困るようなことだ」
「小さな喧嘩はしたことありますけど、べつに、その困ったようなことはないです。……一度も」
聞き取りだと割り切って、行人は素直に答えた。柏木の言う逆で、困らせたことはいくらでもあっただろうけれど。
昨夜も、そうだった。成瀬はああ言ったけれど、高藤は自分の相手なんて望んでいなかったと思う。最後にドアを開けて、大丈夫だと告げたとき、高藤は明らかにほっとした顔をしていた。
それなのに、なんでこの人も成瀬さんも、高藤が自分を好きだというていで話を進めるのだろう。
思い出した声に、ぎゅっと心臓が掴まれたように痛んだ。言葉にすらできないまま、振られた。そうして、べつの相手をあてがわれた。
ひどいと非難しても許されるレベルだったはずだ。それなのに、なんでこれっぽっちも嫌いになれないのか。自分でもわからなかった。
てっきり茅野か成瀬だと思い込んでいたから、ドアを開けた先にいた人に声が驚いてしまった。
その態度には言及せず、柏木は労わるような笑みを浮かべた。
「昨日は大変だったな」
「あ、……いえ」
朗らかな寮長とは正反対で、クール美人と評されている彼にまでそんな顔をさせてしまっている事実に、慌てて頭を下げる。
「その、俺が迷惑をかけてしまって、……すみませんでした」
振り絞った謝罪に、柏木は「かまわない」とあっさり首を横に振った。そうして部屋のドアを閉める。
「先に断っておくが、俺はベータだ。ここに来たのも、副寮長として話をしに来ただけで他意はない」
「それは、もちろん」
わかってます、と本心で行人は頷いた。この寮を管理する人たちの誠実さは、昨日の一件で改めて身に染みていた。
勧められるがままベッドに腰をかけて、椅子を引いた柏木と向かい合う。
思えば、この人とこんなふうにしてふたりで喋るのははじめてかもしれなかった。けれど、どうして寮長ではなく、この人なのだろう。茅野がアルファだから気を配ってくれたのだろうか。
――でも、だったらふたりで来るのが一番いいはずだよな。
ふたりきりで話せば邪推する人間が出るかもしれない。だから柏木もわざわざ「ベータ」だと第二の性を明かしてくれたのだ。それに、茅野はこういうときに誰かを遣わすタイプではない気がする。
気になってしまって、行人はおずおずと口を開いた。
「あの、茅野さんは……」
「茅野なら、今日はもう成瀬と学校に向かっている」
「成瀬さんと、ですか」
「昨日のことで風紀と話をつけると言っていた。だから、きみはもうあのことは心配しなくていい」
あのことと言われて、知らず視線が下を向く。思い出したくはなかったけれど、迷惑をかけてしまったことは紛れもない事実なのだ。
「校内のことはあいつらに任せたらいい。成瀬も茅野も、十分すぎるほど頼りになる。この寮でよかったな」
慰めてくれているのだとわかったから、顔を上げて笑ったつもりだった。けれど、できていなかったのかもしれない。扱いに困ったように柏木がわずかに眉を下げた。
「そういった運も大切なものだ。この学園で生きていくためには」
「……はい」
「うん。素直に受け取れるものは受け取っておいたらいい。味方が強力であることに越したことはないだろう。それで、本題に入りたいんだが」
はい、ともう一度頷くと、柏木が静かに口火を切った。
「ここからが副寮長としての話になるんだが、きみにはいくつか選択肢がある」
「いくつか、ですか?」
予想外の言葉に、行人は繰り返した。そんなものが残されているとは、思ってもいなかったのだ。
「前提として言わせてもらうが、きみがこの学園を自主退学する必要はないし、櫻寮を出る必要もない」
「……」
「と、成瀬も茅野も、――まぁ、学園側もそう言うはずだ」
ここにいてもいい。その許しを得た気分で、行人は詰めていた息を吐き出した。
持て余される存在になると覚悟していたし、出て行けと言われても不思議ではないと思っていたのだ。
「……ではあるが、きみの第二の性が表面化してしまった以上、今までどおりの扱いは難しい。これは、寮生委員会としての意見だ」
「わかってます」
精いっぱいなんでもないように応じる。この人が言っていることは正しい。なにも間違ってはいない。差別を肯定するつもりはないが、区別は必要だと理解しているし、そうあるべきだと思っている。
平等でありたいと声高に言う水城のことが、ずっと理解できなかった。そうしてやはり今も、共感も理解もできそうになかった。したくもない。
「きみの同室者は、中等部のころからずっと高藤だった記憶しているが、なにか問題が起きたことはあったか? たとえば、喧嘩だとか、まぁ、……好きだのなんだのと、そういった話もふくめて、きみが困るようなことだ」
「小さな喧嘩はしたことありますけど、べつに、その困ったようなことはないです。……一度も」
聞き取りだと割り切って、行人は素直に答えた。柏木の言う逆で、困らせたことはいくらでもあっただろうけれど。
昨夜も、そうだった。成瀬はああ言ったけれど、高藤は自分の相手なんて望んでいなかったと思う。最後にドアを開けて、大丈夫だと告げたとき、高藤は明らかにほっとした顔をしていた。
それなのに、なんでこの人も成瀬さんも、高藤が自分を好きだというていで話を進めるのだろう。
思い出した声に、ぎゅっと心臓が掴まれたように痛んだ。言葉にすらできないまま、振られた。そうして、べつの相手をあてがわれた。
ひどいと非難しても許されるレベルだったはずだ。それなのに、なんでこれっぽっちも嫌いになれないのか。自分でもわからなかった。
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