パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンド0 ①

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[パーフェクト・ワールド・エンド]

 兄に言われたことがある。自分と違って出来の良い兄だったけれど、年の離れた自分を邪険にすることなく、かわいがってくれる人だった。
 方向外れのところは、多々あったけれど。

 ――行人は僕とは違うんだから、無理して僕と同じ学校に入る必要はないんだよ。

 まだ小学生だったころのことだ。陵学園の中等部入学に向けて必死で勉強をしていた行人に、兄は保護する者の瞳でそう言った。
 どれだけ深夜まで机にかじりついても成果の上がらなかった弟の模試の結果に目を通しながら。

 ――大丈夫。行人はかわいいし、いい子だから、きっといい相手とつがうことができる。それまでは、この家にいたらいい。

 違う。違う、そうじゃない。否定したい欲求を行人は必死で呑み込んだ。
 言っても意味がないとわかっていたからだ。兄の心には響かない。不出来な弟の癇癪だと思われるだけだ。そういう兄だった。

 ――そうね、この子はオメガだから。

 同調するように、おっとりと母が頷く。

 ――私のように素敵なアルファと巡り会って、幸せになれたらいいのだけど。

 行人の母は美しいオメガだった。父とは「運命のつがい」なのだと言う。嘘か本当かは知らない。けれど行人は物心はついたころから、ずっとそう聞かされていた。
 運命の相手と出逢えた自分は、幸福なオメガなのだと。
 行人によく似た、けれど、行人には絶対にできないやわらかな表情で母がほほえむ。行人にとっても、それが一番の幸せな未来なのだと告げるように。

 ――いつかきっとあなたの、あなただけのアルファが現れるわ。だからお兄ちゃんの言うとおり無理する必要なんて、なにもないの。

 違う、そんなはずはない。努力はいつか実を結ぶはずだし、がんばれば自分だって自立できるはずだ。オメガだからって、なにもできないなんてことがあっていいわけがない。
 けれど、言えなかった。言えなかったことが、いくつも自分の中で降り積もっていく。家族を嫌いだったわけではなかったことが、家族が優しくなかったわけではないことが、余計に苦しかった。
 嫌だった。行人の努力に目を向けようともしないアルファの傲慢さが。アルファに依存して、幸せにしてもらうことが当然なのだとするオメガの弱さが。
 だから、絶対に受かってやろうと思った。受かって、この家を出て、優秀なアルファが集うという全寮制の学園で生き抜いて、社会で戦うことができるだけの力を身に着けたいと、そう思っていた。
 運命なんて、くそくらえだと思っていた。

 ――逃げたわけでも、負けたわけでもない。運命だったって、だけだ。

 憐れむわけでも、そうかといって押しつけるわけでもなかった静かな声。それが祈りのように行人の耳に響いたから、なにも言えなかった。
 彼は、行人の努力に目を向けてくれた、――オメガだと知ってなお、ひとりの後輩として扱ってくれた、はじめての人だったから。
 はじめて好きになった人だったから。


 部屋のドアを叩く、控えめなノックの音で行人は目を覚ました。カーテンから差し込む光が、朝が来たことを伝えている。

 ――朝になったんだ。

 まだ重い頭で、ぼんやりと部屋を見渡す。いつもの自分の寮室ではない。昨日成瀬に借りた部屋だ。

 身体のなかを暴れまわっていた熱は、今はもうすっかりと引いていた。あれがヒートなのかと思うと、あっけないくらいに。あるいは、はじめてだったからかもしれない。オメガのヒートは三ヶ月に一度だと聞いているけれど、はじめのうちは周期もなにもかも不安定だという話があった。
 だから、よりいっそう気をつけるべきなのだとも、医者からは言われていた。逃げ場のない全寮制の学園で生活を送るのなら、神経質すぎるくらいの管理が必要だ、と。
 わかっていたはずなのに、できなかった。
 ぎゅっと拳を握りしめてから、深く細い息を吐く。そうしてから、行人はゆっくりとベッドから降り立った。
 昨日の夜、誰もこの部屋に呼ばなかったのが、自分の最後のプライドだったのだと思う。
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