パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅦ ①

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[7]


「無難すぎて面白くねぇな」

 選挙を知らせる号外に目を落としたまま、本尾は苦笑している。候補者が安直だと言いたいのだろう。
 今日は、どこにいてもその話題ばかりだ。少なからず辟易としながら、向原は持ち込んだ本のページを繰った。
 教室にいても寮にいても、好奇の視線が突き刺さってくるのだ。多少のことなら気にしないが、限度というものはある。風紀委員会室にいることが増えた理由の一端が、それだ。いくらかでも、こちらのほうがマシなのだ。

「中等部のときと、結局同じだ。ほとんどのやつがそう思ってるだろ。面白味もなにもない」
「面白くないって。でも、喧嘩売られてるんじゃないんですか、それ」

 くすくすと笑いながら、水城が合いの手を入れる。いつのまにか、見慣れた光景になってしまった。

「俺に、というよりは、おまえに売ってるんだろ。自分がいなくなってからも、おまえの好き勝手にはさせないってな」
「怖いなぁ」

 まったく思っていない態度で水城が肩をすくめる。

「そうかぁ。でも、高藤くん、会長と幼馴染みなんでしたっけ? 昔から仲いいんですか?」
「悪かったら引き受けないだろ」

 そんな面倒な役割は。絡みつく視線に苦笑ひとつで応じる。返ってきたのは、いかにも不思議そうな声だった。

「会長に頼まれることはないと思いますけど。僕だったら喜んで引き受けるのになぁ。高藤くんはそういうところ控え目ですよね。アルファなのに」

 意味深長な台詞にまで律義に反応してやる義理はない。黙ったままページを繰る。沈黙を気遣ったわけではないのだろうが、本尾が問いかけてやっていた。最近の荒れ始めた雰囲気を楽しんでいるらしく、機嫌はいいのだ。

「そういうおまえは、出なくてよかったのか。名目上は募集してただろ」
「うーん、そうですねぇ。でも、僕は今の生徒会の一員になりたいわけではないので」
「貪欲だな」

 自信過剰な発言に、堪え切れなかったように本尾が失笑した。

「派手に掻き回さなくても、あと一年か二年待ったら、おまえにお鉢が回ってきたんじゃないのか」
「僕を評価してくださるのはうれしいんですけど」

 適当に取り繕ったようにしか聞こえなかったのだが、水城はまんざらでもなくほほえんでいる。
 いつもと同じ、いっそ気味が悪いほど変化のない笑い方で。

「おさがりをもらっても楽しくもうれしくもないでしょう? それに、奪い取るのも、お祭りも、どちらもきらいじゃないんですよ、僕」

 まぁ、そうなんだろうな。さして大きな感慨もなく、向原は納得した。はじめて見たときから、わかっていたことだ。
 自分が手に入れたいと思ったものを、手にするまでとことん周囲を巻き込んでやりつくす、そういったタイプの人間だと。自分のために他人を使うことにいっさいの抵抗を持たない、野心家。
 だからこそ、思考が読みやすくて、扱いもやすい。
 計算だらけのくせに、肝心なところで情に絆されて流されるような人間より、ずっと。

 ――本当にいいんですか、それで。俺が聞くようなことじゃないとは思いますけど。

 そう問いかけてきた、ふたつ年下の後輩の喋り方は、あの男によく似ていた。声質というよりは、言葉の選び方や、抑揚といったものが。
 だから、印象が似るのだ。それは、はじめて紹介されたときにも感じたことだった。
 篠原は本当の兄弟みたいだな、と素直に感心していたが、向原はこれだったのかと思ったのだった。
 これが、あいつが最初に認め目指した、アルファのモデルだったのか、と。

 ふたりになれるタイミングを見計らっていたらしい後輩の顔には、戸惑いと心配とがにじんでいた。
 補選の話を打診されたあとだったのだろう。口火を切ってきたのは、引継ぎについての話題をひと通り終えてからだった。
 その顔を見つめたまま、べつに、となんでもないことのように向原は応じた。

 ――それでいいもなにも、決めたのはおまえだろ。だったら、なんの問題もない。おまえが入るなら、あいつらも喜ぶ。

 嘘ではない。本心だ。向原自身もこの後輩のことを買っているが、成瀬も篠原もかわいがっている。能力もある。自分の穴をそのまま埋めることまではできなくても、ある程度までは可能だろう。
 それなのに、皓太はどこか困ったような笑みを刻んだ。

 ――これも、俺が言うようなことじゃないと思いますけど。あの人たちが一番喜ぶのは、元通りになることだと思いますよ。
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