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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅧ ①
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[8]
音楽室に向かう途中で、岡と並んで前を歩いていた四谷の足がふいに止まった。視線の先にあるのは、掲示板に張られた生徒会補欠選挙の立候補者のポスターだ。
吸い寄せられたように、四谷はじっと見つめている。
「四谷?」
岡の声に、はっとしたように四谷が視線を外した。そうして「ごめん、ごめん」と笑って謝る。
「やっぱりかっこいいなぁって思ったら、目が行っちゃった」
「かっこいいのは何回も聞かされたから知ってるけど。それ、もう人のもんだからやめときな。榛名もいるんだし」
「いいでしょ、べつに。手なんて出さないんだから」
っていうか、今までだって出したことないし、と呟いてから、四谷が振り返る。
「話変わるけど、高藤がこれに出るから、榛名寮生委員になったんでしょ。大変なんじゃないの? 高藤も選挙で忙しいだろうし、荻原に教えてもらってるんでしょ」
「あぁ、……うん。でも、荻原が基本的にやってくれてるから、俺はそんなに」
罪悪感を持て余していたせいで、なんだか歯切れの悪い返事になってしまった。けれど、そうなのである。
ふぅん、と気にしたふうでもなく相槌を打って、四谷が歩き始めた。
「まぁ、荻原は榛名のこと昔から気に入ってるからね。それは甘やかしてくれるでしょ。慣れるまではありがたく甘やかしてもらったら?」
「だから、四谷、言い方。慣れるまで無理するなよって言ってやればいいのに」
「べつにそういうツンデレじゃないから、これは」
「はい、はい。でも、本当にしばらく大変かもな、榛名も。高藤が抜けた分の穴が寮生委員会には開いてるわけだから」
岡の言葉に、行人はもう一度ぎこちなく頷いた。
「でも、本当に、それほどでも。みささぎ祭も終わったから、基本は点呼だけらしいし。……次に死ぬほど忙しくなるのは年度末だって言われた」
そう、高藤は言っていた。茅野から打診をもらったあとに、尋ねてみたときのことだ。
細々としたことは荻原がやるし、おまえは荻原に言われたことやってたらいいよ。点呼もふたり一組でやればいいし、茅野さんへの報告は荻原がするだろうし、と。
だから絶対にもめごとの仲裁に入ろうなんて気は起こすなよ、と釘を刺された気分でかちんときたのだが、賢明にも行人は言い返さなかった。
腹は立ったが心配されているのだろうことは理解できたし、今の自分の状況だと、高藤が言うとおりにしたほうがいいということも理解できたからだ。
感情的には収まらない部分もあったけれど。
――でも、俺くらいなんだろうなぁ、こんなふうにあいつのこと思ってるの。
腹が立つ、とか、ムカつく、とか。
妬んでいるやつを除いてしまえば、四谷のように憧れを持って見つめている生徒が大多数だったのだ。
「あのね、榛名」
その四谷が、呆れた視線を寄こしてきた。
「それ言ったの、高藤だと思うけど。榛名も知ってるとおりで、高藤って仕事こなすの速いし、器用だから。その高藤と同じ認識でいると、えらい目に遭うよ」
「あぁ、……うん」
それは、そうかもしれない。気をつけようと、かくかくと頷く。自分とあいつとでは、能力値も経験値もなにもかもが違うのだった。
みささぎ祭の手伝いをしていたときのことを思い出して、行人はひとりごちた。あのときもたしかに、えらい目に遭ったのだった。
自分がしていたのは、高藤の仕事量の三割ほどだったが、それでも大変だったのだ。押して図るべきである。
「気をつけよ」
「それもそうだけど、高藤のことも気をつけてあげてよ」
「え? 高藤の?」
「だから」
かすかに苛立ったように、四谷の語尾がきつくなる。なんでわからないのだとでも言いたげなそれ。
「高藤も忙しくなるんだから、ってこと。いくら仕事ができるからって、……というか、できるからこそ、か。ちゃんと見ててあげないと、なんでもかんでもひとりで抱え込んだら大変なことになっちゃうでしょ。注意できる人間がしてあげないと」
「……」
「それは、榛名の役目なんだから、……って、なに?」
「あ、いや、なんでもない。本当にそうだな、と思っただけで」
慌てて弁明をすると、言い過ぎたと思ったのか、ならいいけど、と呟いて四谷が前を向いた。
宥めるように岡が話しかけているのを見ながら、小さく溜息を吐く。四谷は、本当に高藤のことが好きなのだ。だから、気にかけているし、大事にしている。自分のことしか考えられていない自分とは、大違いだ。
――言われてみりゃ、そうだよな、としか言えないけど。でも。
やっぱり、似てるよな、そういうとこ。頭に浮かんだのは、成瀬の顔だった。雰囲気もだが、内面の部分もやはり似ているような気がする。
四谷が言ったような、なんでもないという顔で人知れず貧乏くじを引いていくようなところ。
そういうところも、好きだったけれど。思考を切り替えようと、窓に視線を向けたところで、足が止まった。
「あれって……」
通り過ぎていった影はもう見えない。けれど、あれは――。
「榛名?」
数メートル先に進んでいた四谷たちに呼ばれて、はっと窓から視線を外す。
「あと二分でチャイム鳴るよ?」
遅刻するよ、と続いた台詞にどうにか頷いて歩きだしたものの、頭の中はさきほど見た人物のことでいっぱいだった。
――たぶん、成瀬さんだったよな、あれ。
そうは思うのだが、自分たちのように移動教室で出歩いていたというふうでもなかったような。
なにをしていたんだろうと思考を巡らせてみたのだが、答えは見つかりそうになかった。
音楽室に向かう途中で、岡と並んで前を歩いていた四谷の足がふいに止まった。視線の先にあるのは、掲示板に張られた生徒会補欠選挙の立候補者のポスターだ。
吸い寄せられたように、四谷はじっと見つめている。
「四谷?」
岡の声に、はっとしたように四谷が視線を外した。そうして「ごめん、ごめん」と笑って謝る。
「やっぱりかっこいいなぁって思ったら、目が行っちゃった」
「かっこいいのは何回も聞かされたから知ってるけど。それ、もう人のもんだからやめときな。榛名もいるんだし」
「いいでしょ、べつに。手なんて出さないんだから」
っていうか、今までだって出したことないし、と呟いてから、四谷が振り返る。
「話変わるけど、高藤がこれに出るから、榛名寮生委員になったんでしょ。大変なんじゃないの? 高藤も選挙で忙しいだろうし、荻原に教えてもらってるんでしょ」
「あぁ、……うん。でも、荻原が基本的にやってくれてるから、俺はそんなに」
罪悪感を持て余していたせいで、なんだか歯切れの悪い返事になってしまった。けれど、そうなのである。
ふぅん、と気にしたふうでもなく相槌を打って、四谷が歩き始めた。
「まぁ、荻原は榛名のこと昔から気に入ってるからね。それは甘やかしてくれるでしょ。慣れるまではありがたく甘やかしてもらったら?」
「だから、四谷、言い方。慣れるまで無理するなよって言ってやればいいのに」
「べつにそういうツンデレじゃないから、これは」
「はい、はい。でも、本当にしばらく大変かもな、榛名も。高藤が抜けた分の穴が寮生委員会には開いてるわけだから」
岡の言葉に、行人はもう一度ぎこちなく頷いた。
「でも、本当に、それほどでも。みささぎ祭も終わったから、基本は点呼だけらしいし。……次に死ぬほど忙しくなるのは年度末だって言われた」
そう、高藤は言っていた。茅野から打診をもらったあとに、尋ねてみたときのことだ。
細々としたことは荻原がやるし、おまえは荻原に言われたことやってたらいいよ。点呼もふたり一組でやればいいし、茅野さんへの報告は荻原がするだろうし、と。
だから絶対にもめごとの仲裁に入ろうなんて気は起こすなよ、と釘を刺された気分でかちんときたのだが、賢明にも行人は言い返さなかった。
腹は立ったが心配されているのだろうことは理解できたし、今の自分の状況だと、高藤が言うとおりにしたほうがいいということも理解できたからだ。
感情的には収まらない部分もあったけれど。
――でも、俺くらいなんだろうなぁ、こんなふうにあいつのこと思ってるの。
腹が立つ、とか、ムカつく、とか。
妬んでいるやつを除いてしまえば、四谷のように憧れを持って見つめている生徒が大多数だったのだ。
「あのね、榛名」
その四谷が、呆れた視線を寄こしてきた。
「それ言ったの、高藤だと思うけど。榛名も知ってるとおりで、高藤って仕事こなすの速いし、器用だから。その高藤と同じ認識でいると、えらい目に遭うよ」
「あぁ、……うん」
それは、そうかもしれない。気をつけようと、かくかくと頷く。自分とあいつとでは、能力値も経験値もなにもかもが違うのだった。
みささぎ祭の手伝いをしていたときのことを思い出して、行人はひとりごちた。あのときもたしかに、えらい目に遭ったのだった。
自分がしていたのは、高藤の仕事量の三割ほどだったが、それでも大変だったのだ。押して図るべきである。
「気をつけよ」
「それもそうだけど、高藤のことも気をつけてあげてよ」
「え? 高藤の?」
「だから」
かすかに苛立ったように、四谷の語尾がきつくなる。なんでわからないのだとでも言いたげなそれ。
「高藤も忙しくなるんだから、ってこと。いくら仕事ができるからって、……というか、できるからこそ、か。ちゃんと見ててあげないと、なんでもかんでもひとりで抱え込んだら大変なことになっちゃうでしょ。注意できる人間がしてあげないと」
「……」
「それは、榛名の役目なんだから、……って、なに?」
「あ、いや、なんでもない。本当にそうだな、と思っただけで」
慌てて弁明をすると、言い過ぎたと思ったのか、ならいいけど、と呟いて四谷が前を向いた。
宥めるように岡が話しかけているのを見ながら、小さく溜息を吐く。四谷は、本当に高藤のことが好きなのだ。だから、気にかけているし、大事にしている。自分のことしか考えられていない自分とは、大違いだ。
――言われてみりゃ、そうだよな、としか言えないけど。でも。
やっぱり、似てるよな、そういうとこ。頭に浮かんだのは、成瀬の顔だった。雰囲気もだが、内面の部分もやはり似ているような気がする。
四谷が言ったような、なんでもないという顔で人知れず貧乏くじを引いていくようなところ。
そういうところも、好きだったけれど。思考を切り替えようと、窓に視線を向けたところで、足が止まった。
「あれって……」
通り過ぎていった影はもう見えない。けれど、あれは――。
「榛名?」
数メートル先に進んでいた四谷たちに呼ばれて、はっと窓から視線を外す。
「あと二分でチャイム鳴るよ?」
遅刻するよ、と続いた台詞にどうにか頷いて歩きだしたものの、頭の中はさきほど見た人物のことでいっぱいだった。
――たぶん、成瀬さんだったよな、あれ。
そうは思うのだが、自分たちのように移動教室で出歩いていたというふうでもなかったような。
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