パーフェクトワールド

木原あざみ

文字の大きさ
142 / 484
第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅧ ①

しおりを挟む
[8]


 音楽室に向かう途中で、岡と並んで前を歩いていた四谷の足がふいに止まった。視線の先にあるのは、掲示板に張られた生徒会補欠選挙の立候補者のポスターだ。
 吸い寄せられたように、四谷はじっと見つめている。

「四谷?」

 岡の声に、はっとしたように四谷が視線を外した。そうして「ごめん、ごめん」と笑って謝る。

「やっぱりかっこいいなぁって思ったら、目が行っちゃった」
「かっこいいのは何回も聞かされたから知ってるけど。それ、もう人のもんだからやめときな。榛名もいるんだし」
「いいでしょ、べつに。手なんて出さないんだから」

 っていうか、今までだって出したことないし、と呟いてから、四谷が振り返る。

「話変わるけど、高藤がこれに出るから、榛名寮生委員になったんでしょ。大変なんじゃないの? 高藤も選挙で忙しいだろうし、荻原に教えてもらってるんでしょ」
「あぁ、……うん。でも、荻原が基本的にやってくれてるから、俺はそんなに」

 罪悪感を持て余していたせいで、なんだか歯切れの悪い返事になってしまった。けれど、そうなのである。
 ふぅん、と気にしたふうでもなく相槌を打って、四谷が歩き始めた。

「まぁ、荻原は榛名のこと昔から気に入ってるからね。それは甘やかしてくれるでしょ。慣れるまではありがたく甘やかしてもらったら?」
「だから、四谷、言い方。慣れるまで無理するなよって言ってやればいいのに」
「べつにそういうツンデレじゃないから、これは」
「はい、はい。でも、本当にしばらく大変かもな、榛名も。高藤が抜けた分の穴が寮生委員会には開いてるわけだから」

 岡の言葉に、行人はもう一度ぎこちなく頷いた。

「でも、本当に、それほどでも。みささぎ祭も終わったから、基本は点呼だけらしいし。……次に死ぬほど忙しくなるのは年度末だって言われた」

 そう、高藤は言っていた。茅野から打診をもらったあとに、尋ねてみたときのことだ。
 細々としたことは荻原がやるし、おまえは荻原に言われたことやってたらいいよ。点呼もふたり一組でやればいいし、茅野さんへの報告は荻原がするだろうし、と。
 だから絶対にもめごとの仲裁に入ろうなんて気は起こすなよ、と釘を刺された気分でかちんときたのだが、賢明にも行人は言い返さなかった。
 腹は立ったが心配されているのだろうことは理解できたし、今の自分の状況だと、高藤が言うとおりにしたほうがいいということも理解できたからだ。
 感情的には収まらない部分もあったけれど。

 ――でも、俺くらいなんだろうなぁ、こんなふうにあいつのこと思ってるの。

 腹が立つ、とか、ムカつく、とか。
 妬んでいるやつを除いてしまえば、四谷のように憧れを持って見つめている生徒が大多数だったのだ。

「あのね、榛名」

 その四谷が、呆れた視線を寄こしてきた。

「それ言ったの、高藤だと思うけど。榛名も知ってるとおりで、高藤って仕事こなすの速いし、器用だから。その高藤と同じ認識でいると、えらい目に遭うよ」
「あぁ、……うん」

 それは、そうかもしれない。気をつけようと、かくかくと頷く。自分とあいつとでは、能力値も経験値もなにもかもが違うのだった。
 みささぎ祭の手伝いをしていたときのことを思い出して、行人はひとりごちた。あのときもたしかに、えらい目に遭ったのだった。
 自分がしていたのは、高藤の仕事量の三割ほどだったが、それでも大変だったのだ。押して図るべきである。

「気をつけよ」
「それもそうだけど、高藤のことも気をつけてあげてよ」
「え? 高藤の?」
「だから」

 かすかに苛立ったように、四谷の語尾がきつくなる。なんでわからないのだとでも言いたげなそれ。

「高藤も忙しくなるんだから、ってこと。いくら仕事ができるからって、……というか、できるからこそ、か。ちゃんと見ててあげないと、なんでもかんでもひとりで抱え込んだら大変なことになっちゃうでしょ。注意できる人間がしてあげないと」
「……」
「それは、榛名の役目なんだから、……って、なに?」
「あ、いや、なんでもない。本当にそうだな、と思っただけで」

 慌てて弁明をすると、言い過ぎたと思ったのか、ならいいけど、と呟いて四谷が前を向いた。
 宥めるように岡が話しかけているのを見ながら、小さく溜息を吐く。四谷は、本当に高藤のことが好きなのだ。だから、気にかけているし、大事にしている。自分のことしか考えられていない自分とは、大違いだ。

 ――言われてみりゃ、そうだよな、としか言えないけど。でも。

 やっぱり、似てるよな、そういうとこ。頭に浮かんだのは、成瀬の顔だった。雰囲気もだが、内面の部分もやはり似ているような気がする。
 四谷が言ったような、なんでもないという顔で人知れず貧乏くじを引いていくようなところ。
 そういうところも、好きだったけれど。思考を切り替えようと、窓に視線を向けたところで、足が止まった。

「あれって……」

 通り過ぎていった影はもう見えない。けれど、あれは――。

「榛名?」

 数メートル先に進んでいた四谷たちに呼ばれて、はっと窓から視線を外す。

「あと二分でチャイム鳴るよ?」

 遅刻するよ、と続いた台詞にどうにか頷いて歩きだしたものの、頭の中はさきほど見た人物のことでいっぱいだった。

 ――たぶん、成瀬さんだったよな、あれ。

 そうは思うのだが、自分たちのように移動教室で出歩いていたというふうでもなかったような。
 なにをしていたんだろうと思考を巡らせてみたのだが、答えは見つかりそうになかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

処理中です...