パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅪ ⑤

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「懐かしいか? そんないいもんでもなかっただろ」
「そんなことない。俺、楽しかったよ、あのころ」

 中等部にいたころの話だ。同じ寮には篠原もいて、夜になってもどうでもいいくだらないことを話していることもあって、終わりもまだ見えていなかった。
 たしかにあのころの成瀬は、今よりも楽しそうにしていたかもしれない。もしかすると、自分も。

「おまえは、そうじゃなかったかもしれないけど。俺は楽しかったよ」

 だから、と静かな声で続ける。

「感謝してる」

 返事もなにも求めていない顔で、にこりと成瀬が目元を笑ませた。見慣れた、アルファとしての顔。

「でも、大丈夫。謝らないよ」
「そうか」
「うん。謝ったところで、すっきりするのは俺だけだし」

 苦笑じみた調子で呟いた成瀬の視線が、手の甲に落ちる。謝るようなことをしてるのか、と尋ねる気にはなれなかった。
 沈黙を破ったのは、成瀬のほうだった。外していた視線を合わせて、静かにほほえむ。

「それに、おまえが聞きたいと思ってるのは、それじゃないだろ?」
「そうかもな」
「うん」

 あっさりとした返事だった。そこでまた話が途切れる。
 ずっと思い知っていることだった。すべてわかっていて、その上で成瀬はなにも選ばない。いいかげんにやめたくなったのは、自分のほうだった。
 成瀬は、なにも変わっていない。

「成瀬」
「なに?」

 それもまた、なんの含みもないような声だった。なにもなかったのだというふうに乗ってやりさえすれば、すべてがかつてのままに戻って、「うまく」回り出すのではないか、と思ってしまうような。

「早く寝ろよ」
「そうする」

 頷いたわりには、席を立つ気配はなかった。いつものことと言えば、これもいつものことだった。置いて戻ろうという気にならないこともふくめて。諦めの境地で、もう一度声をかける。

「なにしてたんだよ、おまえは、こんなところで」

 成瀬が部屋を抜け出していることは、珍しいことではない。外にまで行くことはなくても、寮内をふらふらとしているのだ。
 暗にやめろと言ったこともあったが、一向に聞かなかった。

「べつに、なにしてたってわけでもなかったんだけど」

 苦笑気味に成瀬が首を傾げた。その視線が窓のほうを向く。

「そうだな、うん。なんだろう」

 どこか判然としない調子だった。暗いカーテンの先にある、桜の大木を見ているのだとわかった。
 なにが琴線に引っかかったのかは知らない。けれど、成瀬は寮のシンボルである桜の木を妙に気に入っている節があった。

「最近は、夜が長いかな」

 視線は一度もこちらを向かなかった。

 ――ぜんぶ計算だったら、よかったのにな。

 付け込んでほしいのかと深読みしたくなる言葉選びも、どこか寂しげにも見える瞳も。
 そうであったほうがずっとマシだった。

「だったら、寝てろ」
「はは、まぁ、そうだな」
「繰り返してるうちに終わるだろ」

 生きている限り夜は明けるし、日は沈む。それがどんな日々なのかはしれないけれど。あたりまえのことだ。
 淡々と告げた向原に、成瀬もまたあっさりと笑った。

「そうなんだろうな、きっと」
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