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第三部
パーフェクト・ワールド・エンド18 ②
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「うん、そうだけど」
「家が近いってこと?」
「そう。歩いて数分だし。物心ついたころから知ってはいるかな」
はじめましての記憶がないくらいの昔から知っている相手で、そういう意味では家族に近いのかもしれない。小学校も同じだったから、最初のころはよく迎えに来てもらっていた記憶がある。
実家のアルバムにもあたりまえの顔で成瀬と彼の妹が映り込んでいるので、そう思うとやはり兄のようなものなのだろう。
こんなに会話が続いたのもひさしぶりだなぁ、と思いながら、皓太は当たり障りのない範囲で説明した。その話を、興味深そうに榛名は聞き入っている。
「そうなんだ。なんか、いいな」
会話の最後にそう言って、榛名がはにかむようにして笑った。その表情に、皓太は内心ぎょっとした。態度には出さなかったけれど。
――なんだ、こんな顔もできるんじゃん。
純粋に驚いたのだ。眉間に皺を寄せた険しい顔ばかりを見ていたから。
あんなことがあったと思えば、警戒されることもわからなくはない。けれど、そもそも、あんなことがある前から決して態度の良い同室者ではなかったのだ。
それでもどうにか仲良くできないかと、こつこつ努力を重ねていたつもりだったのに、心を解きほぐしたのは自分ではなく、さして接点もないはずの幼馴染みだったらしい。
正直なところ、なんだかなぁ、とは思う。でも、まぁ、と皓太は自分に言い聞かせた。榛名にとって成瀬は「恩人」みたいなものなのだろうし。
だから、きっと、しかたがないのだ。
――それはそれでいいんだけど。
そう、榛名が成瀬を慕うのはべつにいいのだけれど。隣の机で宿題のプリントを広げ始めた榛名に、ちらりと視線を向ける。
腑に落ちないのは、その後の話のほうだった。
寮の内部で起こったもめごとの処理権限を持っているのは、寮長である。当日の夜遅く、茅野に呼び出された皓太は、同室者として榛名の状態を報告した。
そのとき茅野は、なって謹慎数日だろうから、あいつらが出てきたあとは少し気にかけてやってくれ、と言っていたのだ。それなのに。こぼれそうになった溜息を、どうにか皓太は呑み込んだ。
素行に問題がある人たちだったっていうのは、わかる。でも、退学処分は重すぎるだろ。そう皓太は思っていた。口が裂けても言えないが、榛名の一件は未遂だったのだ。ふつうであれば、こんなおおごとにはなっていない。
――祥くんは違うな。家の力を使ってまで粛清したいっていうタイプじゃないし。だから、タイミング的には向原さんだと思うんだけど。
でもなぁ、とわからなくなって、前髪をくしゃりとかき混ぜる。
あの人ならできるだろうけれど、あの人がやる意味があることだっただろうか。
もう一度、プリントと格闘している同室者の横顔に視線を向ける。
……いや、やっぱ、あるわけがないな。
あの人が、親しくもない一年ひとりのために権力を行使するとも思えないし、寮の治安云々を考えて行使したとも思えない。
悪い人ではない。ないけれど、「やられるやつが悪いだろ」と平然と言い放つ姿を想像するほうが圧倒的に容易いし、そもそもあの人が親身になる相手なんて――。
「なぁ、榛名」
「なんだよ」
思いのほかきょとんとした瞳を向けられて、皓太は「あー……」と小さく唸った。
「悪い、なんでもない」
「なんだよ、それ。用もないなら呼ぶなよ」
先ほどの険のない表情はどこに消えたんだ、と言いたくなる顔で吐き捨てられたものの、「ごめん」と繰り返すに留めた。言わなくてよかった、と内心でほっとしながら。
あのとき本当になにもなかったのか、なんて。そんなデリカシーのかけらもないことを、当人に聞くわけにいかない。うっかり聞きそうになってしまったけれど。
――そうは言っても、あのふたりにはもっと聞けないしなぁ。聞いたところで、教えてくれないだろうけど。
なにもなかったのなら、それに越したことはないとは思う。でも、気になってしまうのだ。
たしかに感じたむせ返るような甘い香りと、寮内にあった熱気。そして。
「家が近いってこと?」
「そう。歩いて数分だし。物心ついたころから知ってはいるかな」
はじめましての記憶がないくらいの昔から知っている相手で、そういう意味では家族に近いのかもしれない。小学校も同じだったから、最初のころはよく迎えに来てもらっていた記憶がある。
実家のアルバムにもあたりまえの顔で成瀬と彼の妹が映り込んでいるので、そう思うとやはり兄のようなものなのだろう。
こんなに会話が続いたのもひさしぶりだなぁ、と思いながら、皓太は当たり障りのない範囲で説明した。その話を、興味深そうに榛名は聞き入っている。
「そうなんだ。なんか、いいな」
会話の最後にそう言って、榛名がはにかむようにして笑った。その表情に、皓太は内心ぎょっとした。態度には出さなかったけれど。
――なんだ、こんな顔もできるんじゃん。
純粋に驚いたのだ。眉間に皺を寄せた険しい顔ばかりを見ていたから。
あんなことがあったと思えば、警戒されることもわからなくはない。けれど、そもそも、あんなことがある前から決して態度の良い同室者ではなかったのだ。
それでもどうにか仲良くできないかと、こつこつ努力を重ねていたつもりだったのに、心を解きほぐしたのは自分ではなく、さして接点もないはずの幼馴染みだったらしい。
正直なところ、なんだかなぁ、とは思う。でも、まぁ、と皓太は自分に言い聞かせた。榛名にとって成瀬は「恩人」みたいなものなのだろうし。
だから、きっと、しかたがないのだ。
――それはそれでいいんだけど。
そう、榛名が成瀬を慕うのはべつにいいのだけれど。隣の机で宿題のプリントを広げ始めた榛名に、ちらりと視線を向ける。
腑に落ちないのは、その後の話のほうだった。
寮の内部で起こったもめごとの処理権限を持っているのは、寮長である。当日の夜遅く、茅野に呼び出された皓太は、同室者として榛名の状態を報告した。
そのとき茅野は、なって謹慎数日だろうから、あいつらが出てきたあとは少し気にかけてやってくれ、と言っていたのだ。それなのに。こぼれそうになった溜息を、どうにか皓太は呑み込んだ。
素行に問題がある人たちだったっていうのは、わかる。でも、退学処分は重すぎるだろ。そう皓太は思っていた。口が裂けても言えないが、榛名の一件は未遂だったのだ。ふつうであれば、こんなおおごとにはなっていない。
――祥くんは違うな。家の力を使ってまで粛清したいっていうタイプじゃないし。だから、タイミング的には向原さんだと思うんだけど。
でもなぁ、とわからなくなって、前髪をくしゃりとかき混ぜる。
あの人ならできるだろうけれど、あの人がやる意味があることだっただろうか。
もう一度、プリントと格闘している同室者の横顔に視線を向ける。
……いや、やっぱ、あるわけがないな。
あの人が、親しくもない一年ひとりのために権力を行使するとも思えないし、寮の治安云々を考えて行使したとも思えない。
悪い人ではない。ないけれど、「やられるやつが悪いだろ」と平然と言い放つ姿を想像するほうが圧倒的に容易いし、そもそもあの人が親身になる相手なんて――。
「なぁ、榛名」
「なんだよ」
思いのほかきょとんとした瞳を向けられて、皓太は「あー……」と小さく唸った。
「悪い、なんでもない」
「なんだよ、それ。用もないなら呼ぶなよ」
先ほどの険のない表情はどこに消えたんだ、と言いたくなる顔で吐き捨てられたものの、「ごめん」と繰り返すに留めた。言わなくてよかった、と内心でほっとしながら。
あのとき本当になにもなかったのか、なんて。そんなデリカシーのかけらもないことを、当人に聞くわけにいかない。うっかり聞きそうになってしまったけれど。
――そうは言っても、あのふたりにはもっと聞けないしなぁ。聞いたところで、教えてくれないだろうけど。
なにもなかったのなら、それに越したことはないとは思う。でも、気になってしまうのだ。
たしかに感じたむせ返るような甘い香りと、寮内にあった熱気。そして。
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