パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ 11 ⑧

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「自分とは真逆とまでは言わなくても、中道寄りの人が通るようにした。試したんだよね、違う?」

 尋ねながらも、違わないだろうことを皓太は確信していた。だから、聞いたのだ。あの当時は気がついていなかったが、今ならわかる。そういうことだったのだと。

「この学園が本当に成瀬さんの思う方向に進むのか、どうか。その一年を試金石にしたんだよね」

 余計な口のひとつも挟まず、成瀬は黙って話を聞いていた。負けてしまわないように、「それで」と声に力を込めて続ける。

「俺が会長になって、自分の路線に戻って、それが受け入れられていることに、ほっとした」

 あの日。生徒会長の職に就くことになったと報告したとき、この人はうれしそうにほほえんでいた。年下の幼馴染みの成長を喜んでいたのだと思っていた。でも、それだけではなかったのかもしれない。

「違うかな」

 目を見たまま、そう皓太は繰り返した。
 もし本当に違うというのなら、先だっての補選で候補に挙がっていたのは、その人だったはずだ。自分が選ばれた時点で、順番をひとつ抜かしている。
 すべて、今になって思えば、であるけれど、中等部に入学してすぐ「遊びにおいで」と部外者の自分を生徒会室に招き入れていたことも、きっとそうだったのだろう。
 だから皓太は、自身が会長になったとき、自然と成瀬のやり方をまねた。それが唯一の手本だったからだ。

「そんな言い方したら、あの子がかわいそうだろ。ちゃんと一期務め上げてくれたんだから」

 ふっと困ったように成瀬が笑みを浮かべた。幼いころから見慣れた、優しげな顔で。

「でも、呉宮先輩、言ってたよ。俺に引き継ぐとき。成瀬先輩は、『俺の色を引き継ぐことはない。自分のやりたいようにやればいい』って言うだけで、基本的なことしか教えてくれなかった、って」

 非難するような言葉を選んでも、その表情は変わらなかった。その顔に向かって、淡々と続ける。

「あの人の色が抜け切ってない場所で、無茶なこと言うよなぁって」
「そうかな」
「そうだよ」
「じゃあ、そうなのかもな」

 あっさりと前言を撤回してから、でも、と成瀬は言い足した。

「厳しい言い方をするなら、俺の色を抜き切ることができなかったのは、あの子の力不足だ。俺は、俺で変えた。ここを」
「……」
「あの子にはそれができなかったっていうなら、そこまでだったってことだ。違うかな」

 そこまでの人を選んでおいて、よく言うよ。心の中でそう吐き捨ててから、「成瀬さん」と皓太は呼びかけた。その先輩は、「いい人」だった。
 引継ぎのときも親身に面倒を見てくれたし、先輩として自分のことをかわいがってもくれた。でも、良くも悪くも、あくのない人だった。
 成瀬たちの学年と違い、二年生は昔から落ち着いていた。だから、癖もなく真面目で優秀なあの人がちょうどいいと判断した。そう成瀬が説明すれば、大半の生徒は納得するのだろうと思う。でも、それだけではきっとなかった。

「なに?」
「俺は……、今のここが好きだよ。俺や榛名にとって過ごしやすい場所だから。だから、俺をここを守るために、――成瀬さんの言うところの信頼できる仲間と協力してやっていきたいと思ってる。そう決めた」

 でも、と静かに問い重ねる。

「成瀬さんは、ここをどうしたかったの?」

 誰になにを言われなくても、わかっていた。自分はこの人を信用していたし、この人の言う理想は尊ばれるべきものだと思っていた。
 今もそう思っている。
 でも、ここは、普通じゃない。水城の言うことも、本当はわからなくはないのだ。
 それに――、この人は、オメガもアルファもベータも平等だとする世界を本当に望んでいたのだろうか。だとしたら、なんのために望んでいたのだろうか。
 信用している、ということも、この人がつくった学園の土壌が尊ばれるものだと思っているということも、本当に本当だ。けれど、彼がそれを成した理由が、道義心からだけだとは、もう思えなかった。
 にこ、と成瀬はほほえんだ。いつもどおりの、優しげな表情で。

「どうしたいもなにも、ここにいるみんなが、少しでも楽しく学園生活を送ってくれたらいいなって、そう思ってるだけだよ」
「本当に?」
「あたりまえだろ。自分の私利私欲で学園を動かしたりなんてしない」

 皓太が抱いた疑惑を払拭するように、もう一度成瀬はほほえんだ。

「ここは、みんなの学園なんだから」
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