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第三部
パーフェクト・ワールド・ゼロⅣ ⑤
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「一成さん」
「おまえぜんぜん帰ってきてなかっただろ。絢美なら何回か見かけたんだけどな」
早々に飛び出した妹の名前に、愛想のいい笑みをひっこめる。喋ったこと自体ひさしぶりだが、中身はあいかわらずのままらしい。
「人の妹に手を出さないでくださいよ。あなたと違って、真面目にできてるんですから」
てるんですから」
「出さねぇって。出したらおまえ怒るだろ? それに、おまえと絢美なら、おまえの顔のほうが好み」
呆れた言い草をものともしない軽口に、閉口する。
「男ですよ、俺」
「いまさらだろ」
「アルファですけど」
「このあたりのオメガはもう食い飽きたんだ」
「なかなか最低ですね」
「いまさら」
同じ台詞を繰り返して、相手が笑う。
「人生、楽しいほうがいいだろ? 興味がちょっとでもあるなら、手を出したほうがいい。それが後悔せずに楽しむコツってやつ」
本当にあいかわらずだな。そう呆れていただけだった脳内に、ふとひとつのアイデアが浮かんだ。
金持ちでアルファという生まれ持った特権を振り飾すしか能のない顔をじっと見つめて、ほほえむ。
「それは、そうかもしれないですね」
散々だと思ったのだ。いつ来るかもわからないヒートに振り回される生活は。
そんな非効率的なことを続けるくらいなら、適当なアルファを引っかけて、こちらに有利な契約を結んでしまったほうがずっといいのではないか。そうすれば、ほかのアルファを気にする必要はなくなるのだから。
限られた一定の期間、自分が耐えればすべてが済んでしまうということは、ひどく合理的で、魅力的だった。
――たしかに、潔く認めたほうが賢明なのかもな。
頭に浮かんだのは、家を出る前に聞いた母の台詞だった。ついで、何度も言い諭すように告げられた、つがいをつくるべきだという医師の言葉。そして。
――どうにかしてくれ、とも言われたしな。
一理あると思ったから、茅野にそう言われても、腹は立たなかった。逃げ場のない全寮制の学園に戻る前に、「どうにか」しておいたほうがいいのかもしれない。
そうすれば、あの男に振り回されることも二度となくなる。
「祥くん!」
その声に、車に伸ばしかけていた手が止まった。
「皓太」
振り返ると、走ってきた皓太が小さく息を吐いた。そこでようやく、車にいた相手が誰なのか気がついたらしい。げっという表情を呑み込んで、取ってつけた笑みを浮かべ直している。
「なんだ、一成さんだったんだ。えっと、ひさしぶりです。――あの、祥くん、今日、俺に付き合ってくれるって言ってたよね。忘れちゃった?」
取ってつけたにもほどがある内容に、向こうもまたあからさまに白けた顔になった。
「おまえら、あいかわらずつるんでんだな」
「今も同じ学校に通ってるので」
寮も一緒なんですよ、としかたなく成瀬は愛想の良い切り返しを選んだ。この状況にうんざりしてはいたけれど。場所が悪かったとしか言いようがない。
「ああ、あの全寮制の坊ちゃん学校。よく六年も通ってられるよな。本当尊敬するわ」
「一成さん、全寮制が嫌で、陵選ばなかったらしいですもんね」
昔聞いた覚えのある話を引っ張り出して、そう相槌を打つ。ある程度以上の名家であれば、多少学力が足らなくても、あの学園は裏から入れるようになっているのだ。
今年首席で編入してきた、人一倍プライドが高く努力家な少年には認めがたいことだろうが、事実だ。
優遇される人間は、生まれた時点で決まっている。そういうものだ。
「俺のかわいい後輩なんですよ。だから、いじめないでくださいね」
「ガキのころから言ってること、なにひとつ変わってねぇとか。おまえ、昔からそうやって絢美と皓太、俺に近づけさせたなかったもんな」
「そんなつもりはありませんでしたよ」
にこ、と他意のないことを示すようにほほえんでみせる。折れたのは向こうが先だった。じゃあな、というおざなりな声を最後に窓が閉まる。
「気が変わったら、声かけろよ。遊んでやるから」
走り去った車を見送ると、ぽつりと皓太が呟いた。隠す気のない非難がましい調子で。
「俺、家から飛び出してきたんだけど」
「みたいだな」
見たらわかる、と成瀬は肩をすくめた。する必要なんてないのに、と言わなかったのは、相手が皓太だったからだ。
「たぶんだけど、それ、おばさんのサンダルじゃない?」
「だから急いでたんだって!」
これしか玄関に出てなかったんだよ、とやけくそのように言ってから、上目に見上げてくる。
「……大丈夫?」
「なにが?」
質問で返した成瀬に、むっと皓太が眉を寄せた。学内ではしない、わかりやすく不服そうな顔。
「俺、一成さんのこと苦手だ。でも、その苦手の理由、祥くんも知ってるよね。というか、祥くんもあんまり好きじゃないでしょ。俺に、近づかないほうがいいって言ったのも祥くんだったし」
まぁ、素行の悪い人だったからなぁ、という事実は呑み込んで、困ったようにほほえんで応える。
気ままにオメガに手を付けては、家の金と権力を使ってもみ消し続けてきている、典型的なアルファのドラ息子。
「おまえぜんぜん帰ってきてなかっただろ。絢美なら何回か見かけたんだけどな」
早々に飛び出した妹の名前に、愛想のいい笑みをひっこめる。喋ったこと自体ひさしぶりだが、中身はあいかわらずのままらしい。
「人の妹に手を出さないでくださいよ。あなたと違って、真面目にできてるんですから」
てるんですから」
「出さねぇって。出したらおまえ怒るだろ? それに、おまえと絢美なら、おまえの顔のほうが好み」
呆れた言い草をものともしない軽口に、閉口する。
「男ですよ、俺」
「いまさらだろ」
「アルファですけど」
「このあたりのオメガはもう食い飽きたんだ」
「なかなか最低ですね」
「いまさら」
同じ台詞を繰り返して、相手が笑う。
「人生、楽しいほうがいいだろ? 興味がちょっとでもあるなら、手を出したほうがいい。それが後悔せずに楽しむコツってやつ」
本当にあいかわらずだな。そう呆れていただけだった脳内に、ふとひとつのアイデアが浮かんだ。
金持ちでアルファという生まれ持った特権を振り飾すしか能のない顔をじっと見つめて、ほほえむ。
「それは、そうかもしれないですね」
散々だと思ったのだ。いつ来るかもわからないヒートに振り回される生活は。
そんな非効率的なことを続けるくらいなら、適当なアルファを引っかけて、こちらに有利な契約を結んでしまったほうがずっといいのではないか。そうすれば、ほかのアルファを気にする必要はなくなるのだから。
限られた一定の期間、自分が耐えればすべてが済んでしまうということは、ひどく合理的で、魅力的だった。
――たしかに、潔く認めたほうが賢明なのかもな。
頭に浮かんだのは、家を出る前に聞いた母の台詞だった。ついで、何度も言い諭すように告げられた、つがいをつくるべきだという医師の言葉。そして。
――どうにかしてくれ、とも言われたしな。
一理あると思ったから、茅野にそう言われても、腹は立たなかった。逃げ場のない全寮制の学園に戻る前に、「どうにか」しておいたほうがいいのかもしれない。
そうすれば、あの男に振り回されることも二度となくなる。
「祥くん!」
その声に、車に伸ばしかけていた手が止まった。
「皓太」
振り返ると、走ってきた皓太が小さく息を吐いた。そこでようやく、車にいた相手が誰なのか気がついたらしい。げっという表情を呑み込んで、取ってつけた笑みを浮かべ直している。
「なんだ、一成さんだったんだ。えっと、ひさしぶりです。――あの、祥くん、今日、俺に付き合ってくれるって言ってたよね。忘れちゃった?」
取ってつけたにもほどがある内容に、向こうもまたあからさまに白けた顔になった。
「おまえら、あいかわらずつるんでんだな」
「今も同じ学校に通ってるので」
寮も一緒なんですよ、としかたなく成瀬は愛想の良い切り返しを選んだ。この状況にうんざりしてはいたけれど。場所が悪かったとしか言いようがない。
「ああ、あの全寮制の坊ちゃん学校。よく六年も通ってられるよな。本当尊敬するわ」
「一成さん、全寮制が嫌で、陵選ばなかったらしいですもんね」
昔聞いた覚えのある話を引っ張り出して、そう相槌を打つ。ある程度以上の名家であれば、多少学力が足らなくても、あの学園は裏から入れるようになっているのだ。
今年首席で編入してきた、人一倍プライドが高く努力家な少年には認めがたいことだろうが、事実だ。
優遇される人間は、生まれた時点で決まっている。そういうものだ。
「俺のかわいい後輩なんですよ。だから、いじめないでくださいね」
「ガキのころから言ってること、なにひとつ変わってねぇとか。おまえ、昔からそうやって絢美と皓太、俺に近づけさせたなかったもんな」
「そんなつもりはありませんでしたよ」
にこ、と他意のないことを示すようにほほえんでみせる。折れたのは向こうが先だった。じゃあな、というおざなりな声を最後に窓が閉まる。
「気が変わったら、声かけろよ。遊んでやるから」
走り去った車を見送ると、ぽつりと皓太が呟いた。隠す気のない非難がましい調子で。
「俺、家から飛び出してきたんだけど」
「みたいだな」
見たらわかる、と成瀬は肩をすくめた。する必要なんてないのに、と言わなかったのは、相手が皓太だったからだ。
「たぶんだけど、それ、おばさんのサンダルじゃない?」
「だから急いでたんだって!」
これしか玄関に出てなかったんだよ、とやけくそのように言ってから、上目に見上げてくる。
「……大丈夫?」
「なにが?」
質問で返した成瀬に、むっと皓太が眉を寄せた。学内ではしない、わかりやすく不服そうな顔。
「俺、一成さんのこと苦手だ。でも、その苦手の理由、祥くんも知ってるよね。というか、祥くんもあんまり好きじゃないでしょ。俺に、近づかないほうがいいって言ったのも祥くんだったし」
まぁ、素行の悪い人だったからなぁ、という事実は呑み込んで、困ったようにほほえんで応える。
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