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第三部
パーフェクト・ワールド・ゼロⅣ ⑥
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「あのころの皓太には、ちょっとよくない影響があるかなって、勝手に俺が線を引いてたけど。べつに今は止める気はないよ。皓太がちゃんと判断できるって知ってるから」
「……それって、祥くんはちゃんと正しく判断してるっていう前提の話だよね」
「まぁ、そうなるかな」
頭上高くで蝉が鳴いていた。この地で夏を過ごすのは、六年ぶりかもしれない。帰りたくなくて、いつも理由をつけて逃げていた。
幼馴染みの家を逃げ場にしていた時期が過ぎたあとにも、逃げ場はあったからだ。自分たちしかいないあの場所が、たしかに自分は好きだった。
けれど、いつか終わりがくることは、わかっていた。
それ以上は言わないでいると、迷った末という顔で、皓太が口を開いた。
「あの、違ったらごめんね。俺や榛名に言えないようなこと、しようとしてなかった?」
曖昧な言い方に、成瀬は笑った。なんでもない調子で。
「してないよ」
「うん。なら、いいんだけど」
納得していない顔のまま、皓太が軽く頷いた。そうしてから念を押すように繰り返す。
「しないでね」
「うん」
にこ、とほほえむと、皓太が小さく溜息を吐いた。
「言うつもりなかったんだけど、最近の祥くんはちょっと見てて不安になるときがある」
「不安?」
「さすがに、自覚がないとは言われたくないんだけど。榛名は気づいてないかもしれないけど、俺はわかるよ。向原さんも、篠原さんも、茅野さんもきっとわかるよ」
「……」
「それだけそばにいたんだから」
「うん、ごめんな、心配させて」
「……あのさ」
暖簾に腕押しと思っていることが丸わかりの様子に、「ん?」と聞き返す。困らせたいわけではなかった。
「なにをどう言えば一番祥くんに効くのか、ちょっともうわかんないんだけど。俺とか榛名に泣かれたくないでしょ。泣くよ?」
本当に小さいころにも聞いた脅し文句を真顔で告げられて、駄目だとわかっていたのに、堪えきれず笑ってしまった。
ふっと肩を震わせていると、「ちょっと」と皓太が照れと呆れの混ざったような声を出す。それがまたどうしようもないほどかわいかった。
「こっちは本気で心配してんのに、なに――」
「皓太」
どうにか笑いを引っ込めて、変わらない位置にある頭をぽんと撫でる。いつのまにか、こんなに大きくなってしまった。でも。
「ありがとな。皓太がいてくれて、よかった」
それだけは、偽りのない本心だった。
「うん」
なにかを噛みしめるように皓太が頷いた。
「本当だよ。少なくとも、俺は、祥くんのことが大事なんだ。その、ただ、幼馴染みとして」
アルファだとか、オメガだとかそういったことはまったく関係がなく、と言ってくれているのだとわかったから、そうだな、と応えることができた。
「俺も、皓太が大事だよ。けっこう本当に、一番っていうくらい」
アルファではなかったと知ったばかりだった当時、なんの他意もなく自分を慕って好いてくれる幼い存在がいたことは、まちがいなく救いだったのだ。
だから、とまっすぐにその目を見つめたまま続ける。
「学園のことは心配しなくていい。俺がぜんぶ、そのまま皓太に引き渡す」
水城のことも、次の選挙のことも、なにもかもすべてを。それくらいしか返すことはできないけれど、それくらいなら、まだしてやることはできる。
あの学園での自分の最後の役割として、そのくらいのことは、きっと。
「……そういう意味で言ったつもりじゃなかったんだけどな」
言い淀むような間のあとで、皓太が小さく笑った。
「でも、まぁ、いいや、それで、……その、なんというか、祥くんが祥くんらしくいれるなら」
大丈夫、となんでもない調子で請け負って話を終わらせる。
「心配させて、ごめんな」
――きみは、その学園の王にでもなりたかったのか?
そう問われたとき、成瀬はまともな答えを返さなかった。今の自分がどう思っているのか、よくわからなくなりかけていたからだ。
並みいるアルファを倒して、その頂点に立って、オメガは弱いものではないと証明したかった?
それとも単純に、この世界が嫌いだったから?
だから、アルファもオメガも関係なく生きていけると、主張したかった?
どの思いも間違いなく過去の自分は抱いていた。けれど、もしかすると、ただ救いになりたかっただけなのかもしれないと、そう思った。
誰かにとっての、あるいは、自分にとっての救いに。俺はなってみたかったのかもしれない。
「……それって、祥くんはちゃんと正しく判断してるっていう前提の話だよね」
「まぁ、そうなるかな」
頭上高くで蝉が鳴いていた。この地で夏を過ごすのは、六年ぶりかもしれない。帰りたくなくて、いつも理由をつけて逃げていた。
幼馴染みの家を逃げ場にしていた時期が過ぎたあとにも、逃げ場はあったからだ。自分たちしかいないあの場所が、たしかに自分は好きだった。
けれど、いつか終わりがくることは、わかっていた。
それ以上は言わないでいると、迷った末という顔で、皓太が口を開いた。
「あの、違ったらごめんね。俺や榛名に言えないようなこと、しようとしてなかった?」
曖昧な言い方に、成瀬は笑った。なんでもない調子で。
「してないよ」
「うん。なら、いいんだけど」
納得していない顔のまま、皓太が軽く頷いた。そうしてから念を押すように繰り返す。
「しないでね」
「うん」
にこ、とほほえむと、皓太が小さく溜息を吐いた。
「言うつもりなかったんだけど、最近の祥くんはちょっと見てて不安になるときがある」
「不安?」
「さすがに、自覚がないとは言われたくないんだけど。榛名は気づいてないかもしれないけど、俺はわかるよ。向原さんも、篠原さんも、茅野さんもきっとわかるよ」
「……」
「それだけそばにいたんだから」
「うん、ごめんな、心配させて」
「……あのさ」
暖簾に腕押しと思っていることが丸わかりの様子に、「ん?」と聞き返す。困らせたいわけではなかった。
「なにをどう言えば一番祥くんに効くのか、ちょっともうわかんないんだけど。俺とか榛名に泣かれたくないでしょ。泣くよ?」
本当に小さいころにも聞いた脅し文句を真顔で告げられて、駄目だとわかっていたのに、堪えきれず笑ってしまった。
ふっと肩を震わせていると、「ちょっと」と皓太が照れと呆れの混ざったような声を出す。それがまたどうしようもないほどかわいかった。
「こっちは本気で心配してんのに、なに――」
「皓太」
どうにか笑いを引っ込めて、変わらない位置にある頭をぽんと撫でる。いつのまにか、こんなに大きくなってしまった。でも。
「ありがとな。皓太がいてくれて、よかった」
それだけは、偽りのない本心だった。
「うん」
なにかを噛みしめるように皓太が頷いた。
「本当だよ。少なくとも、俺は、祥くんのことが大事なんだ。その、ただ、幼馴染みとして」
アルファだとか、オメガだとかそういったことはまったく関係がなく、と言ってくれているのだとわかったから、そうだな、と応えることができた。
「俺も、皓太が大事だよ。けっこう本当に、一番っていうくらい」
アルファではなかったと知ったばかりだった当時、なんの他意もなく自分を慕って好いてくれる幼い存在がいたことは、まちがいなく救いだったのだ。
だから、とまっすぐにその目を見つめたまま続ける。
「学園のことは心配しなくていい。俺がぜんぶ、そのまま皓太に引き渡す」
水城のことも、次の選挙のことも、なにもかもすべてを。それくらいしか返すことはできないけれど、それくらいなら、まだしてやることはできる。
あの学園での自分の最後の役割として、そのくらいのことは、きっと。
「……そういう意味で言ったつもりじゃなかったんだけどな」
言い淀むような間のあとで、皓太が小さく笑った。
「でも、まぁ、いいや、それで、……その、なんというか、祥くんが祥くんらしくいれるなら」
大丈夫、となんでもない調子で請け負って話を終わらせる。
「心配させて、ごめんな」
――きみは、その学園の王にでもなりたかったのか?
そう問われたとき、成瀬はまともな答えを返さなかった。今の自分がどう思っているのか、よくわからなくなりかけていたからだ。
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それとも単純に、この世界が嫌いだったから?
だから、アルファもオメガも関係なく生きていけると、主張したかった?
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誰かにとっての、あるいは、自分にとっての救いに。俺はなってみたかったのかもしれない。
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