266 / 484
第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅡ Φ
しおりを挟む
[φ]
アルファなんてものよりも、力のないオメガのほうが、ずっとずっと嫌いだった。
なにもしなくても、いつか運命のつがいが救いにきてくれるのだと信じている馬鹿なオメガのことが、死ぬほど嫌いだった。
だって、そんなこと、あるわけがないのだから。
けれど、この学園に入ってからは、同じくらい、恵まれた生まれのオメガに腹立ちを覚えるようにもなっていた。
本当に、この世は不公平だ。第二の性がオメガだというだけで、自分は尋常ではない努力を重ねてきたのに、同じオメガでも生まれが良いというだけで、たいした苦労をすることなく、その場所に座ることができているのだから。
本当に、本当に、心の底から大嫌いだ。
「――え? どうして?」
目を瞬かせると、ごめんね、ハルちゃん、とその上級生は眉を下げた。表面だけはいかにも申し訳なさそうに。
蒸し暑い風が、呼び出した校舎裏に吹き抜けていく。
この二年生はベータだけれど、普通科ではなぜか人望があるようだったから、わざわざこうして自ら声をかけたのだ。
それなのに、という困惑がじわじわと水城の中で膨れ上がり始めていた。
「俺はそれには署名できないよ。会長には感謝してるから」
「どうしてですか」
「ベータを排除しようとしなかったからかな」
申し訳なさそうな色を残したまま、その人がほほえむ。
「生徒会に嫌なことをされた記憶もないしね。そういう意味で、あの人たちは公平だよ」
「僕は、公平じゃない?」
「どうだろう。ごめんね」
ぎゅっと手に力が入って、紙面に波が打った。なんで、ベータなんかにこき下ろされないといけないんだ。
なにも持てなかった、最下層のくせに。
「ハルちゃん」
ご機嫌を取るような呼びかけとともに、離れたところで見守っていた取り巻きが近づいてくる。苛立った気分のまま、水城は紙の束を相手の胸に押しつけた。
立ちすくむ自分に見向きもせず去っていた、あのベータも。自分にこびへつらうだけで、あの上級生を止めようともしなかった、この役立たずも。
リコールに必要な署名の数は、全生徒数の三分の一。一年生は固い。楓寮の寮生だって固い。有効数はすぐに集まると思っていた。
僕の願いに応えないアルファなんて、いないはずだった。
――いや、そうだ。
アルファが、足りないんだ。この学園はアルファの巣窟だと評されてはいるけれど、実際のところは二割強くらいの割合でしかない。
それでも、ほかの一般的な学校に比べたら格段に多いけれど。水城がいた中学校には、アルファなんてひとりもいなかった。
ここは、恵まれている。恵まれた、金持ちばかりが集まっている。
「ねぇ、今すぐこれぜんぶ埋めてきて」
「今すぐって……」
「できないの? どこの教室でも寮でもいいから回ってきてよ。僕のためなんだよ。できないの?」
受け取らないことに苛立ちを増幅させながら、水城は胸板を押す手を強めた。苛々する。
「僕に、恥をかかせるの」
苛々する。それもこれも全部、あいつのせいだ。大嫌いな、オメガ。あいつさえいなければ、こんなふうに苛立つことなんてなかったのに。
この学園は、もっと早く僕のものになっていたにちがいないのに。
――おまえ、本気で潰せると思ってたのか?
そう言って笑った風紀委員長の顔は、完全に自分を馬鹿にしたものだった。
――おまえには無理だ。器じゃない。
――器じゃない?
――ま、今までおまえが好き勝手できてたのも、あいつが本気で潰す気がなかったからってだけだしな。
じゃあ、なんだ。今まで僕は手のひらの上で踊らされていただけで、あの人が本気になったら僕は敵わないと言いたいのか。
内心でそう詰りながらも、水城は黙って続きを待った。そこが風紀委員会室だったからだ。自分以外にいるのは、風紀委員だけ。
――べつに、うちの人間を使いたけりゃ好きにすればいい。おまえに協力したいっていうやつがいるならな。
あれだけ抱かせてやっていた男は、その話の最中、一度も水城のほうを見なかった。気まずさを隠しきれない顔で視線を自分から逸らしている。
あれだけ好きにさせてやったのに、つがいになるかとまで聞いたくせに、ふざけるな。
けれど、ここでその感情を爆発させることは、水城のプライドが許さなかった。
だから、天使の顔でほほえんでやったのだ。
――そうですか。今までありがとうございました。大切なお部屋を貸していただいて。
今に見ていろ。呪文のように、そう念じながら。見ていろ。今に見ていろ。そうやって、ずっと這い上がってきたんだ。まずは、あの嘘吐きを楓寮に居られなくさせてやる。
僕は、僕を見下していた連中をすべて跳ねのけて、ここまで来たんだ。おまえたちとはちがう。なにもかもがちがう。オメガのおまえが陵になんて入れるのかよ、と馬鹿にされても、金もないくせに、と笑われても、負けなかった。
だから、こんなところで、負けるわけがない。苦労知らずの、金持ちのアルファなんかに、負けられるわけがない。
アルファなんてものよりも、力のないオメガのほうが、ずっとずっと嫌いだった。
なにもしなくても、いつか運命のつがいが救いにきてくれるのだと信じている馬鹿なオメガのことが、死ぬほど嫌いだった。
だって、そんなこと、あるわけがないのだから。
けれど、この学園に入ってからは、同じくらい、恵まれた生まれのオメガに腹立ちを覚えるようにもなっていた。
本当に、この世は不公平だ。第二の性がオメガだというだけで、自分は尋常ではない努力を重ねてきたのに、同じオメガでも生まれが良いというだけで、たいした苦労をすることなく、その場所に座ることができているのだから。
本当に、本当に、心の底から大嫌いだ。
「――え? どうして?」
目を瞬かせると、ごめんね、ハルちゃん、とその上級生は眉を下げた。表面だけはいかにも申し訳なさそうに。
蒸し暑い風が、呼び出した校舎裏に吹き抜けていく。
この二年生はベータだけれど、普通科ではなぜか人望があるようだったから、わざわざこうして自ら声をかけたのだ。
それなのに、という困惑がじわじわと水城の中で膨れ上がり始めていた。
「俺はそれには署名できないよ。会長には感謝してるから」
「どうしてですか」
「ベータを排除しようとしなかったからかな」
申し訳なさそうな色を残したまま、その人がほほえむ。
「生徒会に嫌なことをされた記憶もないしね。そういう意味で、あの人たちは公平だよ」
「僕は、公平じゃない?」
「どうだろう。ごめんね」
ぎゅっと手に力が入って、紙面に波が打った。なんで、ベータなんかにこき下ろされないといけないんだ。
なにも持てなかった、最下層のくせに。
「ハルちゃん」
ご機嫌を取るような呼びかけとともに、離れたところで見守っていた取り巻きが近づいてくる。苛立った気分のまま、水城は紙の束を相手の胸に押しつけた。
立ちすくむ自分に見向きもせず去っていた、あのベータも。自分にこびへつらうだけで、あの上級生を止めようともしなかった、この役立たずも。
リコールに必要な署名の数は、全生徒数の三分の一。一年生は固い。楓寮の寮生だって固い。有効数はすぐに集まると思っていた。
僕の願いに応えないアルファなんて、いないはずだった。
――いや、そうだ。
アルファが、足りないんだ。この学園はアルファの巣窟だと評されてはいるけれど、実際のところは二割強くらいの割合でしかない。
それでも、ほかの一般的な学校に比べたら格段に多いけれど。水城がいた中学校には、アルファなんてひとりもいなかった。
ここは、恵まれている。恵まれた、金持ちばかりが集まっている。
「ねぇ、今すぐこれぜんぶ埋めてきて」
「今すぐって……」
「できないの? どこの教室でも寮でもいいから回ってきてよ。僕のためなんだよ。できないの?」
受け取らないことに苛立ちを増幅させながら、水城は胸板を押す手を強めた。苛々する。
「僕に、恥をかかせるの」
苛々する。それもこれも全部、あいつのせいだ。大嫌いな、オメガ。あいつさえいなければ、こんなふうに苛立つことなんてなかったのに。
この学園は、もっと早く僕のものになっていたにちがいないのに。
――おまえ、本気で潰せると思ってたのか?
そう言って笑った風紀委員長の顔は、完全に自分を馬鹿にしたものだった。
――おまえには無理だ。器じゃない。
――器じゃない?
――ま、今までおまえが好き勝手できてたのも、あいつが本気で潰す気がなかったからってだけだしな。
じゃあ、なんだ。今まで僕は手のひらの上で踊らされていただけで、あの人が本気になったら僕は敵わないと言いたいのか。
内心でそう詰りながらも、水城は黙って続きを待った。そこが風紀委員会室だったからだ。自分以外にいるのは、風紀委員だけ。
――べつに、うちの人間を使いたけりゃ好きにすればいい。おまえに協力したいっていうやつがいるならな。
あれだけ抱かせてやっていた男は、その話の最中、一度も水城のほうを見なかった。気まずさを隠しきれない顔で視線を自分から逸らしている。
あれだけ好きにさせてやったのに、つがいになるかとまで聞いたくせに、ふざけるな。
けれど、ここでその感情を爆発させることは、水城のプライドが許さなかった。
だから、天使の顔でほほえんでやったのだ。
――そうですか。今までありがとうございました。大切なお部屋を貸していただいて。
今に見ていろ。呪文のように、そう念じながら。見ていろ。今に見ていろ。そうやって、ずっと這い上がってきたんだ。まずは、あの嘘吐きを楓寮に居られなくさせてやる。
僕は、僕を見下していた連中をすべて跳ねのけて、ここまで来たんだ。おまえたちとはちがう。なにもかもがちがう。オメガのおまえが陵になんて入れるのかよ、と馬鹿にされても、金もないくせに、と笑われても、負けなかった。
だから、こんなところで、負けるわけがない。苦労知らずの、金持ちのアルファなんかに、負けられるわけがない。
13
あなたにおすすめの小説
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる