パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

パーフェクト・ワールド・エンドⅡ Φ

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[φ]


 アルファなんてものよりも、力のないオメガのほうが、ずっとずっと嫌いだった。
 なにもしなくても、いつか運命のつがいが救いにきてくれるのだと信じている馬鹿なオメガのことが、死ぬほど嫌いだった。
 だって、そんなこと、あるわけがないのだから。
 けれど、この学園に入ってからは、同じくらい、恵まれた生まれのオメガに腹立ちを覚えるようにもなっていた。
 本当に、この世は不公平だ。第二の性がオメガだというだけで、自分は尋常ではない努力を重ねてきたのに、同じオメガでも生まれが良いというだけで、たいした苦労をすることなく、その場所に座ることができているのだから。
 本当に、本当に、心の底から大嫌いだ。


「――え? どうして?」

 目を瞬かせると、ごめんね、ハルちゃん、とその上級生は眉を下げた。表面だけはいかにも申し訳なさそうに。
 蒸し暑い風が、呼び出した校舎裏に吹き抜けていく。
 この二年生はベータだけれど、普通科ではなぜか人望があるようだったから、わざわざこうして自ら声をかけたのだ。
 それなのに、という困惑がじわじわと水城の中で膨れ上がり始めていた。

「俺はそれには署名できないよ。会長には感謝してるから」
「どうしてですか」
「ベータを排除しようとしなかったからかな」

 申し訳なさそうな色を残したまま、その人がほほえむ。

「生徒会に嫌なことをされた記憶もないしね。そういう意味で、あの人たちは公平だよ」
「僕は、公平じゃない?」
「どうだろう。ごめんね」

 ぎゅっと手に力が入って、紙面に波が打った。なんで、ベータなんかにこき下ろされないといけないんだ。
 なにも持てなかった、最下層のくせに。

「ハルちゃん」

 ご機嫌を取るような呼びかけとともに、離れたところで見守っていた取り巻きが近づいてくる。苛立った気分のまま、水城は紙の束を相手の胸に押しつけた。
 立ちすくむ自分に見向きもせず去っていた、あのベータも。自分にこびへつらうだけで、あの上級生を止めようともしなかった、この役立たずも。
 リコールに必要な署名の数は、全生徒数の三分の一。一年生は固い。楓寮の寮生だって固い。有効数はすぐに集まると思っていた。
 僕の願いに応えないアルファなんて、いないはずだった。

 ――いや、そうだ。

 アルファが、足りないんだ。この学園はアルファの巣窟だと評されてはいるけれど、実際のところは二割強くらいの割合でしかない。
 それでも、ほかの一般的な学校に比べたら格段に多いけれど。水城がいた中学校には、アルファなんてひとりもいなかった。
 ここは、恵まれている。恵まれた、金持ちばかりが集まっている。

「ねぇ、今すぐこれぜんぶ埋めてきて」
「今すぐって……」
「できないの? どこの教室でも寮でもいいから回ってきてよ。僕のためなんだよ。できないの?」

 受け取らないことに苛立ちを増幅させながら、水城は胸板を押す手を強めた。苛々する。

「僕に、恥をかかせるの」

 苛々する。それもこれも全部、あいつのせいだ。大嫌いな、オメガ。あいつさえいなければ、こんなふうに苛立つことなんてなかったのに。
 この学園は、もっと早く僕のものになっていたにちがいないのに。


 ――おまえ、本気で潰せると思ってたのか?

 そう言って笑った風紀委員長の顔は、完全に自分を馬鹿にしたものだった。

 ――おまえには無理だ。器じゃない。
 ――器じゃない?
 ――ま、今までおまえが好き勝手できてたのも、あいつが本気で潰す気がなかったからってだけだしな。

 じゃあ、なんだ。今まで僕は手のひらの上で踊らされていただけで、あの人が本気になったら僕は敵わないと言いたいのか。
 内心でそう詰りながらも、水城は黙って続きを待った。そこが風紀委員会室だったからだ。自分以外にいるのは、風紀委員だけ。

 ――べつに、うちの人間を使いたけりゃ好きにすればいい。おまえに協力したいっていうやつがいるならな。

 あれだけ抱かせてやっていた男は、その話の最中、一度も水城のほうを見なかった。気まずさを隠しきれない顔で視線を自分から逸らしている。
 あれだけ好きにさせてやったのに、つがいになるかとまで聞いたくせに、ふざけるな。
 けれど、ここでその感情を爆発させることは、水城のプライドが許さなかった。
 だから、天使の顔でほほえんでやったのだ。

 ――そうですか。今までありがとうございました。大切なお部屋を貸していただいて。

 今に見ていろ。呪文のように、そう念じながら。見ていろ。今に見ていろ。そうやって、ずっと這い上がってきたんだ。まずは、あの嘘吐きを楓寮に居られなくさせてやる。
 僕は、僕を見下していた連中をすべて跳ねのけて、ここまで来たんだ。おまえたちとはちがう。なにもかもがちがう。オメガのおまえが陵になんて入れるのかよ、と馬鹿にされても、金もないくせに、と笑われても、負けなかった。
 だから、こんなところで、負けるわけがない。苦労知らずの、金持ちのアルファなんかに、負けられるわけがない。
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