パーフェクトワールド

木原あざみ

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第三部

閑話「プロローグ」②

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「……おまえの思考回路、たまにすげぇ謎」
「そうかな」

 よくわからなくて、成瀬は煙草をくわえなおした。秋の空に紫煙がゆらゆらと立ち上っていく。
 好意があるかないかなんて、目を見ればすぐにわかるだろうに、と思いながら。

 人間というものは、本当に不可解な生き物だと思う。
 誰かを抱きたいという欲望も、抱かれたいという欲望も、すべてフェロモンのせいだと断じてしまえばいいのに、そういった動物的な本能ではなく「恋」などという曖昧なものを行動の原理に据えたがる。
 馬鹿みたいだ。向けられる感情を利用することはあれど、絶対に自分はそんな感情を抱かない。そう成瀬は決めていた。
 だって、それは、生きていく上でもっとも必要のないものだ。

 ――恋をしてはいけないよ。

 わかってるよ、『先生』。自分が全寮制の学園に通うことに対して渋い顔を崩さなかった主治医の言葉に、内心で頷く。
 自分で自分の感情を完全にコントロールすること。秘密が露見する可能性のある、不用意な言動を選ばないこと。
 誰よりもアルファらしいアルファでい続けるために、必要なことだと彼は言っていた。
 主治医であると同時に、あの人は自分たち親子の共犯者だ。オメガの人間をアルファだと公的に偽ったのだから。自分がへまをすれば、医者としての首が飛びかねない。そういう意味で人一倍心配はしているだろう。
 だからこそ、というわけではないが、専門家としての助言は頭に入れとおこうと思っていた。損はないと思ったからだ。
 アルファとして、この学園をトップで渡り切る。その目標のためだけに、自分はここにいる。
 友情ごっこにも、恋愛ごっこにもなにひとつ興味はない。自分に向けられる好意も悪意も、利用できるものはすべて利用して、害を成すものは排除して、勝ち上がっていく。
 この六年は、それだけの日々になるはずだった。

「なぁ」

 本当に、ふとというように篠原が問いかけてきた。

「おまえが特別なことしたっていう意識がないのはわかったんだけど、じゃあ、おまえは、あいつのことどう思ってんの?」

 俺にとっての都合の良い隠れ蓑で、あいつにとっての、暇つぶしの娯楽だろ。
 言えるわけのない真実を呑み込んで、笑う。

「なんで?」
「あいつが変わったのは、環境が変わったせいじゃなくて、おまえと出会ったからだって思うから」

 人一人の世界変えるって結構とんでもないことだと思うんだけどな、と続いた台詞が、いやに感慨深かったからいけない。
 笑った振動で、吸いさしからぱらぱらと灰が舞い落ちていく。

「おまえなぁ」
「悪かったって。ごめん」

 照れ隠しのように背を叩かれて、謝罪を取ってつける。

 ――でも、あいつは俺のこと「好き」でもなんでもないと思うけどな、本当に。

 どうして篠原がそう思ったのかは知らないが、目を見ればわかることだ。
 あの目には「変わり者のオメガ」に対する興味と執着はあっても、それ以外はなにもない。色恋などというくだらないものは、なにひとつ。
 そういう意味で、成瀬は向原のことを信用していた。けれど、それだけだ。
 だから、あっさりと言い放つことができた。
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