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第三部
閑話「プロローグ」⑧
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「一緒にするなよ、おまえと俺を」
正直、もう本当に面倒だったのだ。その口から語られるなにかを聞くことも、あの男のことも。
だから、これは半分以上八つ当たりのようなものだ。そうわかっていながらも、向原は足の力を緩めなかった。
そもそもとして、オメガだったらなんだというのだ。少なくとも自分は、オメガだから気に入っていたわけではない。べつに、なんでもかまわなかった。
そう言ったところで、あの男は信じないのだろうが。
「なぁ」
なにか言っているのを無視して、そう笑いかける。
腹が立っていた。おそらく、あのくだらない噂を耳にしたときから。成瀬が有効な対策を打とうとしなかったときから。
「よかったな、どこも折れてないみたいで。最低限の加減をしてやる気はあったんだろうな、あいつ」
まぁ、でも、と踵をめり込ませながら、続ける。靴の下で、みしりと骨の軋む音がした。
「案外、きれいに折れたほうが治りも早いんじゃねぇ?」
内臓に損傷がいきそうな場所を避けてやってるだけ、こちらも加減しやっているというのに、なにが気に入らないのか。耳障りな声に辟易としながら、告げる。
「協力してやるよ」
後遺症を残さないように人体を痛めつけることは、そう難しいことではない。
これをあと二回繰り返すのかと思うと面倒だなとうんざりしたというだけで、それ以外の感慨はひとつも湧かなかった。
どうでもいい。心の底からどうでもいい。あれに興味さえ示さなければ、なにをしようが放っておいてやったのに。
「どいつもこいつも、アルファだオメガだって馬鹿みたいだな」
汚い声が響かなくなった部屋で、そう吐き捨てる。本心だった。
そんなものに振り回される人間は、どうしようもなく弱いと向原は思っている。なんでそんなもので、自分の感情を左右されなければいけないのか、まったく納得がいかない。
むしろアルファだとかオメガだとか、そういったことを理由にするならば、自分は面倒としか思えないオメガを選ぶ気はいっさいなかった。だから、これは、そういう本能じゃない。
それなのに、なにが、「変わるな」だ。
向原は、成瀬がどうして自分のことを信用し始めたのか、心を許し始めたのか、その理由を理解している。
自分が、そういった興味を示さなかったからだ。本当に最初のころの話だ。
そこから時間が流れ、なにかが変わり始めていることに気がついていても、認めさえしなければ「変わらない」と高を括っていたにちがいない。
そういう男なのだ。向けられる感情を自分にとって都合よく利用しようとする。それだけならまだいいのに、変なところで無自覚に好意に甘える節のある、本当に性質が悪い。
ドアを叩く音に、舌打ちひとつで手を払う。
「人間になる気があるなら、最初からそうしてろよ」
中途半端に完璧になるそぶりなんて見せずに。今ごろは、お得意の偽善者面であの一年を宥めているのだろうという予想が簡単について、それがまた苛立たしかった。
オメガに関わることの、危険性をわかっていないはずがないだろうに、自分は大丈夫だという態度を崩さない。
それに、なによりも――。
そこで一度、向原は思考を切り上げた。堂々巡りだったからだ。荒れた室内を一瞥して、うんざりとひとりごちる。
「本当に、あいつは何様だ」
――なにが、変わるな、だ。
おまえが俺になにかするわけないだろ、と言ってのけたときとは百八十度違っていた、生身の人間のような声。
それがどうにも頭から消えなかった。
正直、もう本当に面倒だったのだ。その口から語られるなにかを聞くことも、あの男のことも。
だから、これは半分以上八つ当たりのようなものだ。そうわかっていながらも、向原は足の力を緩めなかった。
そもそもとして、オメガだったらなんだというのだ。少なくとも自分は、オメガだから気に入っていたわけではない。べつに、なんでもかまわなかった。
そう言ったところで、あの男は信じないのだろうが。
「なぁ」
なにか言っているのを無視して、そう笑いかける。
腹が立っていた。おそらく、あのくだらない噂を耳にしたときから。成瀬が有効な対策を打とうとしなかったときから。
「よかったな、どこも折れてないみたいで。最低限の加減をしてやる気はあったんだろうな、あいつ」
まぁ、でも、と踵をめり込ませながら、続ける。靴の下で、みしりと骨の軋む音がした。
「案外、きれいに折れたほうが治りも早いんじゃねぇ?」
内臓に損傷がいきそうな場所を避けてやってるだけ、こちらも加減しやっているというのに、なにが気に入らないのか。耳障りな声に辟易としながら、告げる。
「協力してやるよ」
後遺症を残さないように人体を痛めつけることは、そう難しいことではない。
これをあと二回繰り返すのかと思うと面倒だなとうんざりしたというだけで、それ以外の感慨はひとつも湧かなかった。
どうでもいい。心の底からどうでもいい。あれに興味さえ示さなければ、なにをしようが放っておいてやったのに。
「どいつもこいつも、アルファだオメガだって馬鹿みたいだな」
汚い声が響かなくなった部屋で、そう吐き捨てる。本心だった。
そんなものに振り回される人間は、どうしようもなく弱いと向原は思っている。なんでそんなもので、自分の感情を左右されなければいけないのか、まったく納得がいかない。
むしろアルファだとかオメガだとか、そういったことを理由にするならば、自分は面倒としか思えないオメガを選ぶ気はいっさいなかった。だから、これは、そういう本能じゃない。
それなのに、なにが、「変わるな」だ。
向原は、成瀬がどうして自分のことを信用し始めたのか、心を許し始めたのか、その理由を理解している。
自分が、そういった興味を示さなかったからだ。本当に最初のころの話だ。
そこから時間が流れ、なにかが変わり始めていることに気がついていても、認めさえしなければ「変わらない」と高を括っていたにちがいない。
そういう男なのだ。向けられる感情を自分にとって都合よく利用しようとする。それだけならまだいいのに、変なところで無自覚に好意に甘える節のある、本当に性質が悪い。
ドアを叩く音に、舌打ちひとつで手を払う。
「人間になる気があるなら、最初からそうしてろよ」
中途半端に完璧になるそぶりなんて見せずに。今ごろは、お得意の偽善者面であの一年を宥めているのだろうという予想が簡単について、それがまた苛立たしかった。
オメガに関わることの、危険性をわかっていないはずがないだろうに、自分は大丈夫だという態度を崩さない。
それに、なによりも――。
そこで一度、向原は思考を切り上げた。堂々巡りだったからだ。荒れた室内を一瞥して、うんざりとひとりごちる。
「本当に、あいつは何様だ」
――なにが、変わるな、だ。
おまえが俺になにかするわけないだろ、と言ってのけたときとは百八十度違っていた、生身の人間のような声。
それがどうにも頭から消えなかった。
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