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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 14 ⑤
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「そこまでおまえを怖がらせるつもりはなかったんだが、悪かった」
それぞれでプリントをまとめていた茅野が、さらりと謝罪を口にする。視線を向けた先で、茅野が苦笑を浮かべた。
見慣れた、優しくて頼りになる、最上級生の顔。
「また成瀬に自分のことを棚上げして、なんだかんだと言われそうだな。あぁ、篠原も、あれは本当に悪気があったわけじゃないんだ。配慮がないと成瀬に散々なじられていたから、勘弁してやってくれ」
「いえ、それは……」
そこでようやく、どうにかそれらしいことを口にしようと思うことができた。
そもそも、本当に、なにをされたわけでもないのだ。それでも、心配して、気にかけてもらっている。十分すぎるくらいだ。
「その、勝手に俺が驚いただけなので」
むしろ、すみません、と告げると、はは、と軽く茅野が笑った。プリントを確認しながら、続ける。
「たまにな。たむろしているやつらがいるんだ」
「さっきの先輩たちみたいに、ですか?」
「そうだ。まぁ、あいつらだけではなく、ほかにも出入りしている人間はいるようだが」
相槌を打ちながら、次の原稿をセットする。今度はきちんと数を入力することができた。
「なにをされるわけではなくても、ガラの悪い上級生がいたら嫌だろう。ふたりでやるほうがはかどるわけだし、次は誰かに声をかけてもいいかもしれないな」
自分から誰かを誘う練習だ、と軽口の調子で告げられて、曖昧に笑みを浮かべる。
「狭い寮の中でも死角はあるんだ。さすがに学内すべてを安全と言い切るほど、盲目にはなれなくてな。おまえたちには申し訳ない話だが」
「あ、……いえ、本当に、そんなことは、ない、です」
本心で、行人は否定した。自分が、それなり以上に安心してこの学園で過ごすことができているのは、この人たちがいるからだ。
「俺、兄が、……だいぶ年は離れてるので、茅野さんたちともまったく重なってはないんですけど、ここの卒業生なんです。それで、兄がいたころは、なんというか、すごくアルファ優位の場所だったそうで」
だから、たとえベータと偽ったとしても、自分には過ごしにくい場所だろうと、はじめのころはいたく心配してくれていた。
そのことが鬱陶しくもあったのだが、入学して最初の長期休暇で帰った行人と顔を合わせたときに、随分と変わったのだな、とほっとしたふうに笑っていた。
そういう場所になったのは、変えてくれた人たちがいたからで、自分は運が良かった。そう思っている。
「そうだろうな。お兄さんが何年前に出ているのかは知らないが、俺が中等部に入ったばかりのころも、そんな感じだった。想像はつく」
「はい。でも、だから、俺は今が続いたらいいなって思ってます」
「そうか」
「はい」
最後のプリントに差し替えながら、しっかりと頷く。
「だから、選挙もできることをがんばります」
「そうか」
茅野の反応は、ひどくあっさりとしていた。そのことにほっとする反面、肩透かしを食らった気分で、そんな自分に苦笑する。
印刷の終わったものを、ついでだから、と言う茅野に甘えて、仕分けていた行人だったが、ふと思い立って、もうひとつを尋ねた。
「あの……」
「ん? なんだ」
「茅野さんは、……こんな言い方は失礼だと思うんですけど、アルファ優位の学園でも過ごしやすかったと思うんですけど」
「あぁ、それは、まぁ、そうかもな」
「なんで、変えようと思ったんですか」
聞いたことがなかったな、と思ったのだ。
行人にとって、茅野は、出逢ったころから、あたりまえにずっと「最上級生」で、アルファにもベータにも、……そして、オメガとわかったあとの自分にも、ずっと公平な人だったけれど。
でも、この人は、強いアルファだ。
「寮にいるのは、アルファだけじゃないだろう?」
「え……」
「おまえもそうだし、さっき話題に出した柏木もそうだが、四谷なんかもそうだろう。便宜上、寮生のことを俺のものとは言ったが、ある意味ではそのとおりでな。俺は、自分の気に入っているものが、楽しく生活してくれたら、それでいいんだ」
それぞれでプリントをまとめていた茅野が、さらりと謝罪を口にする。視線を向けた先で、茅野が苦笑を浮かべた。
見慣れた、優しくて頼りになる、最上級生の顔。
「また成瀬に自分のことを棚上げして、なんだかんだと言われそうだな。あぁ、篠原も、あれは本当に悪気があったわけじゃないんだ。配慮がないと成瀬に散々なじられていたから、勘弁してやってくれ」
「いえ、それは……」
そこでようやく、どうにかそれらしいことを口にしようと思うことができた。
そもそも、本当に、なにをされたわけでもないのだ。それでも、心配して、気にかけてもらっている。十分すぎるくらいだ。
「その、勝手に俺が驚いただけなので」
むしろ、すみません、と告げると、はは、と軽く茅野が笑った。プリントを確認しながら、続ける。
「たまにな。たむろしているやつらがいるんだ」
「さっきの先輩たちみたいに、ですか?」
「そうだ。まぁ、あいつらだけではなく、ほかにも出入りしている人間はいるようだが」
相槌を打ちながら、次の原稿をセットする。今度はきちんと数を入力することができた。
「なにをされるわけではなくても、ガラの悪い上級生がいたら嫌だろう。ふたりでやるほうがはかどるわけだし、次は誰かに声をかけてもいいかもしれないな」
自分から誰かを誘う練習だ、と軽口の調子で告げられて、曖昧に笑みを浮かべる。
「狭い寮の中でも死角はあるんだ。さすがに学内すべてを安全と言い切るほど、盲目にはなれなくてな。おまえたちには申し訳ない話だが」
「あ、……いえ、本当に、そんなことは、ない、です」
本心で、行人は否定した。自分が、それなり以上に安心してこの学園で過ごすことができているのは、この人たちがいるからだ。
「俺、兄が、……だいぶ年は離れてるので、茅野さんたちともまったく重なってはないんですけど、ここの卒業生なんです。それで、兄がいたころは、なんというか、すごくアルファ優位の場所だったそうで」
だから、たとえベータと偽ったとしても、自分には過ごしにくい場所だろうと、はじめのころはいたく心配してくれていた。
そのことが鬱陶しくもあったのだが、入学して最初の長期休暇で帰った行人と顔を合わせたときに、随分と変わったのだな、とほっとしたふうに笑っていた。
そういう場所になったのは、変えてくれた人たちがいたからで、自分は運が良かった。そう思っている。
「そうだろうな。お兄さんが何年前に出ているのかは知らないが、俺が中等部に入ったばかりのころも、そんな感じだった。想像はつく」
「はい。でも、だから、俺は今が続いたらいいなって思ってます」
「そうか」
「はい」
最後のプリントに差し替えながら、しっかりと頷く。
「だから、選挙もできることをがんばります」
「そうか」
茅野の反応は、ひどくあっさりとしていた。そのことにほっとする反面、肩透かしを食らった気分で、そんな自分に苦笑する。
印刷の終わったものを、ついでだから、と言う茅野に甘えて、仕分けていた行人だったが、ふと思い立って、もうひとつを尋ねた。
「あの……」
「ん? なんだ」
「茅野さんは、……こんな言い方は失礼だと思うんですけど、アルファ優位の学園でも過ごしやすかったと思うんですけど」
「あぁ、それは、まぁ、そうかもな」
「なんで、変えようと思ったんですか」
聞いたことがなかったな、と思ったのだ。
行人にとって、茅野は、出逢ったころから、あたりまえにずっと「最上級生」で、アルファにもベータにも、……そして、オメガとわかったあとの自分にも、ずっと公平な人だったけれど。
でも、この人は、強いアルファだ。
「寮にいるのは、アルファだけじゃないだろう?」
「え……」
「おまえもそうだし、さっき話題に出した柏木もそうだが、四谷なんかもそうだろう。便宜上、寮生のことを俺のものとは言ったが、ある意味ではそのとおりでな。俺は、自分の気に入っているものが、楽しく生活してくれたら、それでいいんだ」
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