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第三部
パーフェクト・ワールド・エンドⅤ 0 ④
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「……おまえが脅したんだろ」
「脅したって、僕が? 四谷くんを?」
堪えきれずぼそりとこぼれた非難に、きょとりと水城が目を丸くする。幾度も見た覚えのある、こちらの神経を逆なでする仕草。その表情のまま、水城が問いかける。
「四谷くんがなにを言ったのかは知らないけど、僕はそんなことしてないよ。というか、なんで、僕が四谷くんを脅さないといけないの?」
なんで脅したのか、なんて。行人だって考えても理解のできなかったことだった。引っ掻き回して楽しんでいるだけだろうと向原は言っていたけれど。
「なんでしたんだよ」
結局、行人は、なんの答えにもなっていないことを尋ね返した。水城のことは好きではない。はじめてその言動を目の当たりにしたときから理解できないと思った。
オメガであることを隠してベータとしてふつうに生きたいと望む自分とはなにもかもが違っていたから。でも、それだけであれば、べつに、思想の違いというだけで済んだ話だ。嫌いなら関わらなければいい。自分の周囲に入れなければいい。それだけのことのはずなのに、なぜ、水城はいつも全体を巻き込もうとするのだろう。
「だからなにもしてないって言ってるのに。やだなぁ、証拠でもあるの?」
「四谷がそう言ってる。おまえに脅されたって。それで、悩んで、苦しかったって」
「だから、僕もそんなことしてないって言ってるのに」
きょとんとしていた表情を封印した水城が、ひどいなぁ、とくすくすとした笑みを見せる。
「四谷くんが言ったことは信じる、僕の言うことは信じないって、証拠でもなんでもなくて、ただの感情論じゃない」
「そうかもしれない」
挑発に乗ることなく認めた行人に、水城は少し驚いたようだった。そんなに簡単に乗ると思われていたのだろうか。――いや、思われていたんだろうな。そう行人は思い直した。
何度も、何度も乗ってきて、そのたびに抑えたほうが自分のためだと諭されて。そうして、今、乗るべきではないのだと改めてわかった。
「でも、そうだとしても、俺は四谷を信じるし、……でも、べつに、だからって水城になにかするつもりも、口を出すつもりもない。クラスも違うし、寮も違う。ふつうにしてたら、関わることなんてそうないと思う」
「寂しいこと言うね、榛名くん。僕はずっと仲良くしたいって言ってるのに」
「俺も喧嘩するつもりはない」
だから、と行人ははっきりと自分の意志を告げた。
「もうなにもしないでほしい」
べつに、本当にそれだけだ。出ていってほしいなんて思わないし、ふつうに、一生徒として、楽しく過ごしてくれて構わないと思っている。
ただ、いつも自分たちを心配してくれている三年生に安心して卒業してほしくて、自分たちもあと二年をふつうに過ごしたい。高等部に上がるまで、ごくごく当然と、けれど、真摯に願っていた思い。
じっと行人を見つめ返していた瞳が、ふっと呆れたような色を浮かべる。
「なにもしないでほしいって言われても、僕は本当になにもしてないんだけど。それに、もし、僕が本当になにかをしていたんだったとしたら、榛名くんの大好きな先輩たちが注意したんじゃないのかなぁ」
「……」
「つまり、物的な証拠はなにもないってことでしょ。悲しいなぁ、僕。榛名くんは、片側の証言だけで、明確な証拠もなく僕を悪者にするんだ」
「俺にもやったことあっただろ」
直接的には水城はなにも手を出していないのかもしれない。けれど、明らかに知っている言葉を囁かれたことはあった。
「僕に覚えはないけど。でも、榛名くんがもし本当にそう思っているなら、大好きな先輩たちに言えばよかったんじゃない?」
なんでもないふうに笑い、でもね、と水城が続ける。
「榛名くんがなにを勘違いしてるのかは知らないけど、僕は本当に榛名くんにはなにもするつもりはないよ」
僕はね、と意味深長に繰り返したのを最後に、水城はくるりと踵を返した。
「僕は、榛名くんのこと、好きだもの」
ふわりと。柔らかそうな茶色い髪の毛が歩くリズムに合わせて軽やかに揺れる。その後ろ姿から視線を外し、行人も踵を返した。当初の予定どおり、生徒会室に向かう。
喧嘩をするつもりはないと言ったことは本当だ。でも、自分の居場所を守るためなら、それが大事にしたい人たちを守ることに繋がるのなら。絶対に折れたくはなかった。
「脅したって、僕が? 四谷くんを?」
堪えきれずぼそりとこぼれた非難に、きょとりと水城が目を丸くする。幾度も見た覚えのある、こちらの神経を逆なでする仕草。その表情のまま、水城が問いかける。
「四谷くんがなにを言ったのかは知らないけど、僕はそんなことしてないよ。というか、なんで、僕が四谷くんを脅さないといけないの?」
なんで脅したのか、なんて。行人だって考えても理解のできなかったことだった。引っ掻き回して楽しんでいるだけだろうと向原は言っていたけれど。
「なんでしたんだよ」
結局、行人は、なんの答えにもなっていないことを尋ね返した。水城のことは好きではない。はじめてその言動を目の当たりにしたときから理解できないと思った。
オメガであることを隠してベータとしてふつうに生きたいと望む自分とはなにもかもが違っていたから。でも、それだけであれば、べつに、思想の違いというだけで済んだ話だ。嫌いなら関わらなければいい。自分の周囲に入れなければいい。それだけのことのはずなのに、なぜ、水城はいつも全体を巻き込もうとするのだろう。
「だからなにもしてないって言ってるのに。やだなぁ、証拠でもあるの?」
「四谷がそう言ってる。おまえに脅されたって。それで、悩んで、苦しかったって」
「だから、僕もそんなことしてないって言ってるのに」
きょとんとしていた表情を封印した水城が、ひどいなぁ、とくすくすとした笑みを見せる。
「四谷くんが言ったことは信じる、僕の言うことは信じないって、証拠でもなんでもなくて、ただの感情論じゃない」
「そうかもしれない」
挑発に乗ることなく認めた行人に、水城は少し驚いたようだった。そんなに簡単に乗ると思われていたのだろうか。――いや、思われていたんだろうな。そう行人は思い直した。
何度も、何度も乗ってきて、そのたびに抑えたほうが自分のためだと諭されて。そうして、今、乗るべきではないのだと改めてわかった。
「でも、そうだとしても、俺は四谷を信じるし、……でも、べつに、だからって水城になにかするつもりも、口を出すつもりもない。クラスも違うし、寮も違う。ふつうにしてたら、関わることなんてそうないと思う」
「寂しいこと言うね、榛名くん。僕はずっと仲良くしたいって言ってるのに」
「俺も喧嘩するつもりはない」
だから、と行人ははっきりと自分の意志を告げた。
「もうなにもしないでほしい」
べつに、本当にそれだけだ。出ていってほしいなんて思わないし、ふつうに、一生徒として、楽しく過ごしてくれて構わないと思っている。
ただ、いつも自分たちを心配してくれている三年生に安心して卒業してほしくて、自分たちもあと二年をふつうに過ごしたい。高等部に上がるまで、ごくごく当然と、けれど、真摯に願っていた思い。
じっと行人を見つめ返していた瞳が、ふっと呆れたような色を浮かべる。
「なにもしないでほしいって言われても、僕は本当になにもしてないんだけど。それに、もし、僕が本当になにかをしていたんだったとしたら、榛名くんの大好きな先輩たちが注意したんじゃないのかなぁ」
「……」
「つまり、物的な証拠はなにもないってことでしょ。悲しいなぁ、僕。榛名くんは、片側の証言だけで、明確な証拠もなく僕を悪者にするんだ」
「俺にもやったことあっただろ」
直接的には水城はなにも手を出していないのかもしれない。けれど、明らかに知っている言葉を囁かれたことはあった。
「僕に覚えはないけど。でも、榛名くんがもし本当にそう思っているなら、大好きな先輩たちに言えばよかったんじゃない?」
なんでもないふうに笑い、でもね、と水城が続ける。
「榛名くんがなにを勘違いしてるのかは知らないけど、僕は本当に榛名くんにはなにもするつもりはないよ」
僕はね、と意味深長に繰り返したのを最後に、水城はくるりと踵を返した。
「僕は、榛名くんのこと、好きだもの」
ふわりと。柔らかそうな茶色い髪の毛が歩くリズムに合わせて軽やかに揺れる。その後ろ姿から視線を外し、行人も踵を返した。当初の予定どおり、生徒会室に向かう。
喧嘩をするつもりはないと言ったことは本当だ。でも、自分の居場所を守るためなら、それが大事にしたい人たちを守ることに繋がるのなら。絶対に折れたくはなかった。
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