紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ

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5:鬼を狩る 編

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 倉庫に向かって、一歩、足を進めた瞬間。中から、今までの比でない大きな爆発音がした。思わず足が竦んだあたしの腕のなかで、男の子が身じろいだ。震える声が響く。

「……パパ?」
「大丈夫!」

 根拠のない言葉を叫んで、あたしは抱きしめる腕の力を強めた。あそこに、この子を一人で飛び込ませるわけには行かない。

「大丈夫、大丈夫だよ。あたしも一緒に今から行くから」

 何の根拠もないどころか、この子にとっての大丈夫であれば、あたしにとっての一大事かもしれない……のだと言うことにも今更ながら気が付いたが、どうしようもない。
 いや、でも、うん、きっと。大丈夫。そう、大丈夫。大丈夫だ。

「あたしの名前は、藤子奈々と言います。あなたの名前は?」

 鬼に本名を名乗るのは、良くないとされている。それは古からの言い伝えのようなもので、本名を知られることで、呪われるからだそうだ。
 呪いなどと言うものが、あるかどうかは定かではない。ただ、良くないとされている。慣れ合うな、と言う警告でもあるのかもしれない。けれど、一対一で信頼を築くのなら、呼称は必要だ。先ほどよりもほんの少し落ち着いた声で、男の子が名乗る。

「リュウ」
「リュウくん。今から、パパのいるところに入ります。絶対に、パパと会わせてあげる。だから、約束をして欲しいの。あたしから離れないで」

 男の子――リュウくんの、小さな頭がこくんと動く。最後にもう一度、その身体を抱きしめて、あたしは足を踏み出した。
 大丈夫。見習いでもなんでも、あたしは特殊防衛官だ。襟元のライセンスが、月の光を受けて、小さく光った。

 倉庫の中は、薄暗いままだった。それでも闇に慣れた瞳は順当に中の様子を把握していく。
 コンテナボックスがいくつも床の上に散乱して、潰れた段ボール箱からは燻った煙が上がっている。頭上からはぱらぱらと粉塵が舞い落ちていた。知らずリュウくんを抱く手に力が籠る。

「お帰り、フジコちゃん」

 その中心に立っていたのは、桐生さんだった。あたしに向かって話しかけてくる桐生さんは、至っていつも通りで。けれど間違いなく、この場所は「いつも」ではない。

 ――特殊防衛官としては、「いつも」でなくてはならないのかもしれないけれど。でも。

「桐生、さん」

 その足元に倒れているのは、「鬼」だった。犯罪者で、鬼で、そして、この子の父親――。

「生きとるよ、大丈夫、大丈夫。フジコちゃんが戻ってくるまで確保も待ってようかなと思ったから、この状態やけど」
「この状態……」

 あたしは半ば呆然と呟いた。あたしは何を考えていたのだろう。この子を探せば、静まるのではないか、なんて。自分の意志で投降してくれるのではないか、なんて。実戦初日のあたしが。そんなことをしなくても、桐生さんにとっては、鬼がたとえB+であっても、自分一人であっても、制圧することなんて簡単なことで。自分の思い上がりが恥ずかしい。
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