紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ

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5:鬼を狩る 編

07

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「パパ」

 頼りない声に、あたしははっと我に返った。見せてはいけなかった。連れて来ては、いけなかった。

「リュウくん」
「パパ、パパ!」

 ハヤギ・リュウトは動かない。けれど、「鬼」の姿のままだ。

「フジコちゃん。それが子ども?」
「そうです! 子どもです、リュウくんです!」

 桐生さんの問いに、あたしは叫び返した。子どもだ。あたしがあたしの私情で連れ込んだ。だから、と言う甘えが、もしかしたら潜んでいたかもしれない。けれど、返ってきたのは淡々とした応えで。

「鬼やで、子どもでも」
「っ、でも!」

 腕のなかでリュウくんがしゃにむに動き出した。暴れているからなのか、重さがひどく増したような感覚を覚えて、抱える力を強くする。

「パパ、パパ! パパ、起きて!」

 必死の声にも、ハヤギ・リュウトはぴくりとも動かない。
 ……いや、でも、死んではない……んだよね。
 桐生さんの言を信じるならば、だけど。

「フジコちゃん、離し、それ」

 桐生さんの声に、あたしはびくりとリュウくんに視線を落とした。腕のなかで、リュウくんの幼くどこか柔らかかった身体つきが、硬く変化しているような気がする。

「リュウ、くん」

 そうだ。見た目は子どもでも、この子は「鬼」の――。
 クロスボウを投げ捨てて、あたしは両手で抱きかかえた。離すわけには、いかない。絶対にいかない。

「良いから、離し。フジコちゃんじゃ無理や、それは」
「で、でも!」

 また同じ言葉を叫んで、あたしはとうとう膝を折った。

 ――っ、腕が……。

「リュウくん! お願い、落ち着いて!」

 それが何のお為ごかしにもならないと分かっていても。そう言うことしかできなかった。あたしを信じて、この子はここに来てくれたのに。

「パパ!」

 あたしの腕から抜け出して、小さな身体が走り出す。後ろに倒れ込んでしまった体勢から急いで起き上がる。けれど、もう既に距離が開いている。向かって行くのは、父親のところだ。桐生さんのところだ。ハヤギ・リュウトの方を向いていた切っ先が変わる。

「止めて下さい、斬らないで!」

 その子は。あたしが連れ込んだ子どもで。まだ、ほんの小さな子どもで。お父さんが殺されるところを見せたくなかったのは、あたしのエゴだ。

「桐生さん!」

 あの日の自分に重ね合わせた、あたしの勝手だ。

「パパを苛めるな!」

 リュウくんが叫ぶ。間に合わない。間に割って入ろうとした腕を掴まれたと思った次の瞬間。身体が宙に浮いて、世界が白んだ。

「っ、い……た……」

 なんとか足から着地できたけれど、ピリピリとした衝撃を肌に感じて、小さく呻く。噴煙で一メートル先も見えない。床を弄った指の先がクロスボウに触れて、元いた場所に飛ばされたのだと悟った。

 ――今、あたし、突き飛ばされた……よね。

 そうでなければ、たぶん、あたしは爆発の中心にいたはずで。突き飛ばしてくれたのは、間違いなく桐生さんで。

「桐生、さん……?」

 爆風に咳き込みながら、あたしは喘いだ。あたしが無事にここにいると言うことは、桐生さんはどこにいるの。不安を呑み込んで立ち上がる。

「桐生さん!」

 クロスボウを握りしめて、叫ぶ。けれど、返事はない。一歩足を踏み出す。大丈夫、身体はどこも痛まない。でも、じゃあ、桐生さんは? リュウくんは?
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