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5:鬼を狩る 編
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「パパ」
頼りない声に、あたしははっと我に返った。見せてはいけなかった。連れて来ては、いけなかった。
「リュウくん」
「パパ、パパ!」
ハヤギ・リュウトは動かない。けれど、「鬼」の姿のままだ。
「フジコちゃん。それが子ども?」
「そうです! 子どもです、リュウくんです!」
桐生さんの問いに、あたしは叫び返した。子どもだ。あたしがあたしの私情で連れ込んだ。だから、と言う甘えが、もしかしたら潜んでいたかもしれない。けれど、返ってきたのは淡々とした応えで。
「鬼やで、子どもでも」
「っ、でも!」
腕のなかでリュウくんがしゃにむに動き出した。暴れているからなのか、重さがひどく増したような感覚を覚えて、抱える力を強くする。
「パパ、パパ! パパ、起きて!」
必死の声にも、ハヤギ・リュウトはぴくりとも動かない。
……いや、でも、死んではない……んだよね。
桐生さんの言を信じるならば、だけど。
「フジコちゃん、離し、それ」
桐生さんの声に、あたしはびくりとリュウくんに視線を落とした。腕のなかで、リュウくんの幼くどこか柔らかかった身体つきが、硬く変化しているような気がする。
「リュウ、くん」
そうだ。見た目は子どもでも、この子は「鬼」の――。
クロスボウを投げ捨てて、あたしは両手で抱きかかえた。離すわけには、いかない。絶対にいかない。
「良いから、離し。フジコちゃんじゃ無理や、それは」
「で、でも!」
また同じ言葉を叫んで、あたしはとうとう膝を折った。
――っ、腕が……。
「リュウくん! お願い、落ち着いて!」
それが何のお為ごかしにもならないと分かっていても。そう言うことしかできなかった。あたしを信じて、この子はここに来てくれたのに。
「パパ!」
あたしの腕から抜け出して、小さな身体が走り出す。後ろに倒れ込んでしまった体勢から急いで起き上がる。けれど、もう既に距離が開いている。向かって行くのは、父親のところだ。桐生さんのところだ。ハヤギ・リュウトの方を向いていた切っ先が変わる。
「止めて下さい、斬らないで!」
その子は。あたしが連れ込んだ子どもで。まだ、ほんの小さな子どもで。お父さんが殺されるところを見せたくなかったのは、あたしのエゴだ。
「桐生さん!」
あの日の自分に重ね合わせた、あたしの勝手だ。
「パパを苛めるな!」
リュウくんが叫ぶ。間に合わない。間に割って入ろうとした腕を掴まれたと思った次の瞬間。身体が宙に浮いて、世界が白んだ。
「っ、い……た……」
なんとか足から着地できたけれど、ピリピリとした衝撃を肌に感じて、小さく呻く。噴煙で一メートル先も見えない。床を弄った指の先がクロスボウに触れて、元いた場所に飛ばされたのだと悟った。
――今、あたし、突き飛ばされた……よね。
そうでなければ、たぶん、あたしは爆発の中心にいたはずで。突き飛ばしてくれたのは、間違いなく桐生さんで。
「桐生、さん……?」
爆風に咳き込みながら、あたしは喘いだ。あたしが無事にここにいると言うことは、桐生さんはどこにいるの。不安を呑み込んで立ち上がる。
「桐生さん!」
クロスボウを握りしめて、叫ぶ。けれど、返事はない。一歩足を踏み出す。大丈夫、身体はどこも痛まない。でも、じゃあ、桐生さんは? リュウくんは?
頼りない声に、あたしははっと我に返った。見せてはいけなかった。連れて来ては、いけなかった。
「リュウくん」
「パパ、パパ!」
ハヤギ・リュウトは動かない。けれど、「鬼」の姿のままだ。
「フジコちゃん。それが子ども?」
「そうです! 子どもです、リュウくんです!」
桐生さんの問いに、あたしは叫び返した。子どもだ。あたしがあたしの私情で連れ込んだ。だから、と言う甘えが、もしかしたら潜んでいたかもしれない。けれど、返ってきたのは淡々とした応えで。
「鬼やで、子どもでも」
「っ、でも!」
腕のなかでリュウくんがしゃにむに動き出した。暴れているからなのか、重さがひどく増したような感覚を覚えて、抱える力を強くする。
「パパ、パパ! パパ、起きて!」
必死の声にも、ハヤギ・リュウトはぴくりとも動かない。
……いや、でも、死んではない……んだよね。
桐生さんの言を信じるならば、だけど。
「フジコちゃん、離し、それ」
桐生さんの声に、あたしはびくりとリュウくんに視線を落とした。腕のなかで、リュウくんの幼くどこか柔らかかった身体つきが、硬く変化しているような気がする。
「リュウ、くん」
そうだ。見た目は子どもでも、この子は「鬼」の――。
クロスボウを投げ捨てて、あたしは両手で抱きかかえた。離すわけには、いかない。絶対にいかない。
「良いから、離し。フジコちゃんじゃ無理や、それは」
「で、でも!」
また同じ言葉を叫んで、あたしはとうとう膝を折った。
――っ、腕が……。
「リュウくん! お願い、落ち着いて!」
それが何のお為ごかしにもならないと分かっていても。そう言うことしかできなかった。あたしを信じて、この子はここに来てくれたのに。
「パパ!」
あたしの腕から抜け出して、小さな身体が走り出す。後ろに倒れ込んでしまった体勢から急いで起き上がる。けれど、もう既に距離が開いている。向かって行くのは、父親のところだ。桐生さんのところだ。ハヤギ・リュウトの方を向いていた切っ先が変わる。
「止めて下さい、斬らないで!」
その子は。あたしが連れ込んだ子どもで。まだ、ほんの小さな子どもで。お父さんが殺されるところを見せたくなかったのは、あたしのエゴだ。
「桐生さん!」
あの日の自分に重ね合わせた、あたしの勝手だ。
「パパを苛めるな!」
リュウくんが叫ぶ。間に合わない。間に割って入ろうとした腕を掴まれたと思った次の瞬間。身体が宙に浮いて、世界が白んだ。
「っ、い……た……」
なんとか足から着地できたけれど、ピリピリとした衝撃を肌に感じて、小さく呻く。噴煙で一メートル先も見えない。床を弄った指の先がクロスボウに触れて、元いた場所に飛ばされたのだと悟った。
――今、あたし、突き飛ばされた……よね。
そうでなければ、たぶん、あたしは爆発の中心にいたはずで。突き飛ばしてくれたのは、間違いなく桐生さんで。
「桐生、さん……?」
爆風に咳き込みながら、あたしは喘いだ。あたしが無事にここにいると言うことは、桐生さんはどこにいるの。不安を呑み込んで立ち上がる。
「桐生さん!」
クロスボウを握りしめて、叫ぶ。けれど、返事はない。一歩足を踏み出す。大丈夫、身体はどこも痛まない。でも、じゃあ、桐生さんは? リュウくんは?
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