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6:終わりと始まり 編
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「あの……」
「僕は寝られへんかったらしいよ。初めての出動って、ほんまに小さい頃のことやで、はっきりとは覚えてへんけど」
あたしの問いかけを遮って、桐生さんが続ける。
「普通に怖がってたらしいよ、僕も。まぁ、兄貴が言うには、やけど。たぶん、あれ……いくつのときや。十になる前くらいの話やし、記憶の彼方で」
「十になる前……」
思わずあたしは反復していた。十になる前、って。怖い怖くない以前の問題じゃない、とも少し思ったけれど、桐生さんや所長のお家だったら当たり前なのかもしれない。
鬼狩りのライセンスを取るには二つの道がある。一つは、あたしのように鬼狩り育成校を卒業して、一年間の研修ののち、国家試験を受けること。
もう一つは、五年以上の実戦経験のある人が三名以上の推薦を得て、国家試験に臨むことだ。
後者は圧倒的に旧家や大家の人たちばかりで、……最近は余程じゃない限り、みんな学校に通っているから、本当に稀ではあるらしいのだけれど、ゼロではない。
桐生さんは育成校を出ていないと言っていたから間違いなくそうなんだろうし、所長もきっとそうなんだろう。
幼いころからずっと、そうやって戦ってきて、今の二人があるのだとしたら。配属されてすぐのころ。「どうせこの人たちはあたしとはすべてが違う」と感じたそれが、ひどく失礼だったのだと改めて思い知る。
追いつくためには、本当に文字通りの血を吐くような努力が必須だなぁ、とも思いながら。
「でも、良くも悪くも、その感覚も麻痺してまうんやねぇ、いつの間にか。それが当たり前になって」
「……怖くなくなるってことですか?」
問いかけたあたしに、桐生さんは笑って、それからあまり答えにはなっていないことを口にした。
「そういう意味では、蒼くんの言う通り、たまには研修生の面倒を看るのも良いのかもしらんね」
それが、あたしを採用して下さった経緯、だったのだろうか。
以前、みっちゃんに説明した通りだったのだろう、と。あたしは勝手に思っている。たぶん、良い意味でも悪い意味でも誰でも良かったのだ、きっと。もしかしたら、みっちゃんがここに座っていたかもしれないし、違う誰かが座っていたかもしれない。
嫌だな、と思った。たぶん、他の人なら、あたしより面倒をかけなかったと思う。桐生さんたちにとっては、その方が少しであれ楽だったのではないかなとも思う。でも。嫌だと思った。
あぁ、でも、そうだ。だからこそ。結果論であれ、選んだのがあたしで良かったと。少しでも思ってもらえるように、あたしは頑張らなきゃいけない。
「さて。と言うわけで、あと残り二時間ほど頑張りましょうか。ある程度の形にできるまで」
「はい、お願いします」
「帰りは送ってあげるから、安心して良いよ。蒼くんじゃなくて申し訳ないけど」
決意を新たに勢い込んだあたしは、その言葉にも「いえ」と元気よく返事をして。……しばし、沈黙。ちょっと待って。ちょっと、待って。今、桐生さんは何て言った?
「え、いえ、えぇ!?」
「ほんまに素直やねぇ、フジコちゃんは」
しばしの間の後、叫んだあたしに、しみじみと桐生さんはそう言って。いや、違う。違うんです、と自分あてなのか桐生さんあてなのか分からない言い訳を繰り広げながらも、きっと桐生さんは信じてくれないのだろうなぁと知る。
信じてくれないだろう理由には、あえて触れないことにしたい。
「僕は寝られへんかったらしいよ。初めての出動って、ほんまに小さい頃のことやで、はっきりとは覚えてへんけど」
あたしの問いかけを遮って、桐生さんが続ける。
「普通に怖がってたらしいよ、僕も。まぁ、兄貴が言うには、やけど。たぶん、あれ……いくつのときや。十になる前くらいの話やし、記憶の彼方で」
「十になる前……」
思わずあたしは反復していた。十になる前、って。怖い怖くない以前の問題じゃない、とも少し思ったけれど、桐生さんや所長のお家だったら当たり前なのかもしれない。
鬼狩りのライセンスを取るには二つの道がある。一つは、あたしのように鬼狩り育成校を卒業して、一年間の研修ののち、国家試験を受けること。
もう一つは、五年以上の実戦経験のある人が三名以上の推薦を得て、国家試験に臨むことだ。
後者は圧倒的に旧家や大家の人たちばかりで、……最近は余程じゃない限り、みんな学校に通っているから、本当に稀ではあるらしいのだけれど、ゼロではない。
桐生さんは育成校を出ていないと言っていたから間違いなくそうなんだろうし、所長もきっとそうなんだろう。
幼いころからずっと、そうやって戦ってきて、今の二人があるのだとしたら。配属されてすぐのころ。「どうせこの人たちはあたしとはすべてが違う」と感じたそれが、ひどく失礼だったのだと改めて思い知る。
追いつくためには、本当に文字通りの血を吐くような努力が必須だなぁ、とも思いながら。
「でも、良くも悪くも、その感覚も麻痺してまうんやねぇ、いつの間にか。それが当たり前になって」
「……怖くなくなるってことですか?」
問いかけたあたしに、桐生さんは笑って、それからあまり答えにはなっていないことを口にした。
「そういう意味では、蒼くんの言う通り、たまには研修生の面倒を看るのも良いのかもしらんね」
それが、あたしを採用して下さった経緯、だったのだろうか。
以前、みっちゃんに説明した通りだったのだろう、と。あたしは勝手に思っている。たぶん、良い意味でも悪い意味でも誰でも良かったのだ、きっと。もしかしたら、みっちゃんがここに座っていたかもしれないし、違う誰かが座っていたかもしれない。
嫌だな、と思った。たぶん、他の人なら、あたしより面倒をかけなかったと思う。桐生さんたちにとっては、その方が少しであれ楽だったのではないかなとも思う。でも。嫌だと思った。
あぁ、でも、そうだ。だからこそ。結果論であれ、選んだのがあたしで良かったと。少しでも思ってもらえるように、あたしは頑張らなきゃいけない。
「さて。と言うわけで、あと残り二時間ほど頑張りましょうか。ある程度の形にできるまで」
「はい、お願いします」
「帰りは送ってあげるから、安心して良いよ。蒼くんじゃなくて申し訳ないけど」
決意を新たに勢い込んだあたしは、その言葉にも「いえ」と元気よく返事をして。……しばし、沈黙。ちょっと待って。ちょっと、待って。今、桐生さんは何て言った?
「え、いえ、えぇ!?」
「ほんまに素直やねぇ、フジコちゃんは」
しばしの間の後、叫んだあたしに、しみじみと桐生さんはそう言って。いや、違う。違うんです、と自分あてなのか桐生さんあてなのか分からない言い訳を繰り広げながらも、きっと桐生さんは信じてくれないのだろうなぁと知る。
信じてくれないだろう理由には、あえて触れないことにしたい。
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