隣のチャラ男くん

木原あざみ

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隣と修羅場①

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 ガチャンと鍵をかける音がして、夢見荘の廊下が軋んだ。階段を下る音が遠ざかっていく。
 あぁ、また、あいつどこか行ったな、とすぐにわかった。というか、よくそれだけ出かけるところがあるよな。そんなふうにも思いながら、真白は布団の中で寝返りを打った。
 おかしい。なんというかおかしい。隣から例のギシアンは聞こえなくなったのに、なんだかまったく眠れない。
 スマホに手を伸ばして時間を確認する。二十三時三十四分。もう日付変わるじゃねぇか。
 慎吾がいたら、そっちに行くのに。
 自然と思い浮かんでしまった案に、真白は頭を敷き毛布に擦りつけた。

「しばらくって、どれくらいなんだろ……」

 ぽそりと頼りない声が漏れる。
 正直、あんな突き放すような言動を取られたことははじめてで、だから、どうするべきなのかがよくわからなかったのだ。
 怒っているわけじゃない。ちょっとびっくりしただけで、それだけだ。少なくともそう自分は思っている。慎吾も、たぶん怒っているわけじゃない。でも――。
 もやもやを抱えたまま、もう一度寝返りを打つ。ずっとそばにいたから、わかる。あれは本気だった。冗談だと幼馴染みは取り繕っていたが、それは違う。一度も自分の目を見なかったことが良い証拠だ。

 ――でも、じゃあ、本気って、なにが本気だったんだ。

 幼馴染みである自分相手にでも、そういうことができる、と。そういうことだったのだろうか。よくわからない。わからないが、数多いる慎吾のセフレと同じ列に並べられたのかと思うと、なんだか無性にカチンとくるものがあった。
 自分の感情が理解できなくて、真白は深々と溜息を吐いた。眠れない。
 本当に意味がわからない。でも、似たようなもやもやは、あの夜よりもずっと前から、真白の中にあったものだった。
 三度、寝返りを打つ。隣からは物音ひとつしてこない。あれだけうるさかった隣が静かなんだ。喜べばいいのに。それなのに、なんで。気配が感じられないことを寂しいなんて、思ってしまっているのだろう。



  【隣と修羅場】



 アルバイト先の店内は、クリスマスムードでいっぱいで無駄にハッピーそうだ。
 バックヤードから出るなり、真白はぱしぱしと目を瞬かせた。眩い蛍光色は、寝不足続きの目に優しくない。そしてあいかわらず客はいない。

「おつかれ」
「城崎くん、なんかすごい凶悪な顔してるけど。どうしたの。その隈」

 レジカウンターの前を通った真白を呼び止めて、田崎が自身の目の下を指さしてみせた。そんなにひどいのだろうかと疑いながらも、真顔で首を縦に振る。

「たぶんもう見れねぇぞ」
「いや、べつにそれはどうでもいいけど。というか、大丈夫? この時期、レポートとかあったっけ。忙しいの?」
「そういうわけじゃねぇけど」
「じゃあ、もしかしてふられた? 慰め会とかしちゃう? 夕勤の美帆ちゃん、けっこうかわいいよ。誘ってあげようか」
「おまえがしたいだけだろ」
「えー、そういうこと言う? 俺には城崎くんと違って、大事な大事な彼女ちゃんがいるんだってば」

 大事な大事な彼女ちゃん。
 田崎のなんでもない軽口に、なんだかまた気持ちが沈んでしまった。そして再認識する。睡眠は大事だ。
 頭がしっかり働いていないと、人間ろくなことを考えない。真白の脳内はマイナス思考がエンドレスにループ中だ。いいかげん、それも終わりにしてしまいたい。

「いや、ちょっと、あれだったんだけど。面倒だしもういいわ」

 理由にまったくなっていない答えに、田崎が苦笑する。

「面倒って。城崎くん。そうやって考えるの放棄してたら、脳みそ腐っちゃうよ?」
「腐るか」

 そのくらいで腐るなら、とっくの昔にそうなっているに違いない。
 そもそも今回は最長記録ではないかというくらい考えたのだ。めちゃくちゃえらいと真白は自分で自分を褒めた。だって誰も褒めてくれない。

「まぁ、俺は本当にべつにいいけどさ。でも、面倒くさいばっかりでやり過ごしてたら、そのうちどっかで爆発するよ?」
「そういうのでもないから」

 心配してくれているらしいことは伝わってきたので、真白はひとまず否定をしておいた。
 本当に、そういうことでもないのだ。
 顔を合わせても、気まずく感じるのは、きっと一瞬だ。慎吾だって、「しばらく」と言ったのだ。いつかはまた今までどおりに戻るつもりでいるのだろう。
 ちょっと苛々している、と言っていたのも、嘘ではないと真白は思う。なにが原因なのかは知らないが、最近の幼馴染みは、たしかに苛立ちを持て余していた。その結果の、「やりすぎた」で、認めたくはないが、自分がちょっとビビったような反応をしてしまったから、一回クールダウンしたくて距離を置いた。
 そう考えると、いかにも慎吾らしい思考回路だった。そういうところあるよなぁ、と真白はひとりでうんうんと頷いた。思ったことをそのまま言ってくれたらいいのに、頑ななまでに口を割らない。自分の感情を完璧にコントロールしたがって、それをできない自分を恥じるような、そういう面倒くさいところ。
 でも、だから、逆に考えると、感情が落ち着きさえすれば、慎吾はまたいつもの笑顔で自分の部屋に現れるのだろうと思う。自分は、何食わぬ顔で出迎えさえすればいい。その日が来るのを待ちさえすれば。
 俺のことをセフレと同列に扱っていたのは腹立たしいが、ちょっと我慢をすればいい。そうすば、今までどおりに戻っていく。
 自分の抱えるもやもやも、そうこうしているうちに時間薬で薄れていくかもしれないし。だから、それでいいのだと思う。

 ――いや、でも、なぁ。

 本当の本当に流してしまっていいのだろうか。その答えが出ないから、真白は自分から動くことができないでいた。らしくない長考をおともに、夢見荘までの道をてくてくと歩く。
 アルバイト先から夢見荘までの距離は、たったの五分。面倒くさいけどバイトしなきゃなぁ、と言うだけで動く気配のなかった真白に代わって慎吾が見つけてきた好物件であった。
 何日か見てみたけど、治安も問題ないし。夢見荘からも近いし。オーナーのおじさんもいい人そうだったから大丈夫。なんて、保護者すぎるお墨付きを与えられた上に、履歴書もつきっきりで書かされた。いわく、「放っておいたら、おまえ絶対に書かないだろ」。
 甘やかされてんだろうなぁ、これ。ふと、そう思った。
 そのときはあたりまえすぎて、なにも感じなかったけれど、今ならわかる。
 朝ひとりの部屋で目覚めることだとか。誰とも喋らないまま一日が終わることだとか。ひとりだと使い道のない押し入れの中のガスコンロだとか。あたりまえだと傲慢に受容していたすべては、あたりまえではなかったのだ。
 この調子だと土鍋が埃を被る日も、案外と早くにやってくるのかもしれない。嫌な想像に、道端でぷるぷると頭を振る。溜息ひとつで見上げた慎吾の部屋は、真っ暗闇のままだった。

 ――どっかに遊びに行ってんだろうな、どうせ。

 再びもやもやとしたものがせり上がりそうになって、頭を捻る。なんなのだろう。慎吾に友達が多いことはいまさらで、羨んだこともないはずなのに。

「……あ」

 階段を上ったところで、真白は足を止めた。二〇一号室の前に見覚えのある男が座り込んでいたからである。
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